46. ダンジョンへの誘い
「剣と魔法」のお話なので、この舞台装置に挑まないと…ですよね。
その週末、晴美たちは、土曜日の午後は自主練に取り組み、日曜日は一日休んだ。
週明け月曜日の朝、2年F組の面々は常のとおり会議室に集まる。
「盛夏の月に入り、諸君の『初期教育』も残り3週間となった。そこで、いよいよ実戦訓練に臨んでもらう」
モールソ神官は、開口一番にそう宣言した。
「ドルカオ方伯領にあるダンジョンが、このところにわかに活発化しており、方伯より討伐要請が出され、このほど王国軍の出撃が決まった。その部隊に、諸君も同行し、レベルに応じて実戦に当たってもらう」
続く言葉に、クラスメイトたちの多くは、眉をひそめて目を見合わせる。
「そのダンジョンは、冒険者では対応できない、ということですか?」
声を上げて問いただしたのは晴美だった。それができる人物は、残念ながら他にはいない。
「冒険者? そんな無頼など、全く頼りにならん。まあ、案内やら雑魚の始末やら、下働きには使えるがな」
モールソ神官は、冷笑をあらわに答える。
「冒険者で対応できないなら、ただの学生の私たちに対処するのはなおさら無理ですね。少なくとも私は、お断りします」
対する晴美も、やはりあからさまな冷笑を浮かべていた。
「ふん! 何を勘違いしているかはしらんが、冒険者などは、まともな兵士にもなれぬクズどもがなるもの。掃きだめも同然だ。諸君は、すでにレベル58に達している勇者殿を筆頭に、騎士団にも匹敵する基礎力がある。ダンジョンの制圧程度の仕事が、むしろ鍛錬にはちょうどいいくらいだ」
「そうですか? ちなみに、そのダンジョンって、あると何か被害でもあるんですか?」
「当たり前だ。地下に魔族どもが本拠地を構え、魔物どもの数が増える。その魔物どもが農地を襲撃してくるため、税収が減ってしまう」
「あら? 税収が減るだけ? 農民に人的被害はないのかしら?」
モールソ神官の言葉尻を捉えて、晴美は指摘する。
「相沢、お前、なにけんか腰になってるんだ。少し頭を冷やせ」
横から響く声。振り向くまでもなく、平田正志が口を切っていた。
「農村が襲われる。それで被害が出るから、領主が討伐要請を出した。なら、当然討伐しないといけない。俺たちが、その戦力に見込まれてるなら、参加するのが当然じゃないか」
そういいつつ、平田は立ち上がり、そしてクラスメイトたちを睥睨する。多くの者が、それに目を伏せてしまう。
「その『俺たち』って、どの範囲? まさか、私たち40人全員、とは言わないわよね?」
しかし晴美は、そんな言葉とともに、頭だけを向けて、そして冷たい目で平田を見返す。
「なっ……できるなら、俺たち全員、ということじゃないのか?」
「それじゃ聞くけど、その『全員』って、『40人』? それとも、『39人』? どっちかしら?」
晴美の重ねた問いの意味。
「39人」と「40人」は、晴美や由真にとってはきわめて重要な数字だった。
しかし、神殿側に乗せられている「勇者」平田は、その「意味」をどの程度認識しているのか。
「相沢! いい加減にしろ! 俺たちは今、このノーディア王国で、一致団結して生きてかなきゃならないんだ! こんなとこで仲間割れしてる場合じゃないだろ?!」
その「数字」の問題に対して、平田は、即座に逆上した。
「平田君、あなた、一ヶ月で何も成長してないのね? まあいいわ。『40人』なら別にいいけど、『39人』なら、そのうち『1人』は『仲間』には入らないから」
「きっ、貴様!」
「相沢! お前!」
「てめ! っざけんな!」
一斉に上がる男たちの声。モールソ神官、平田正志、そして毛利剛は、この場で「一致団結」していた。
「……『39人』なら、俺も『仲間』には入らない」
そこに上がった声。仙道衛が、会議室に通る声ではっきりと宣言した。
「仙道、お前までっ!」
平田の額に青筋が浮かぶ。平田は毛利の前を横切って仙道の席に詰め寄り、彼に手を伸ばす。
その瞬間、仙道の眼前に板状の白光が展開し、平田はそれに激突した。
「セレニア!」
「少なくとも、今日明日のうちに出立するのは、とても無理そうですね、モールソ神官」
叫ぶモールソ神官に対して、ユイナは涼しい顔で答える。
「皆さんの共通認識の形成、『ダンジョン』というものに対する理解の浸透、『パーティー』編成に向けた気構えと『パーティー』による戦闘の訓練。これらを経て……出るとしても、早くて来週初めの出立とすべきでしょうね」
ユイナの言葉は、由真にとっても説得力があった。
「39人」と「40人」の問題すら冷静に議論できない状態で危地に赴くなど、命を自ら捨てるも同然だった。
「一ヶ月で何も成長してないのね?」
「少なくとも、今日明日のうちに出立するのは、とても無理そうですね」
…この台詞につきます。