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45. 度会聖奈の憂鬱

一方その頃幼馴染みは…というお話です。

 ドアを開ける。


 右手にバストイレ、正面にはベッドとテーブルと椅子。

 小綺麗な――けど殺風景な部屋。


「なんなのよ、もう」

 思わず漏れる声。ため息をついて、ベッドに倒れ込む。バネがきいてるのか、ベッドはきしんだ音を立てて体を受け止めてくれる。

 ここに来て一月、帰ってくると必ずしてしまう。習慣になってしまった。


「ああ、もう」

 そんな声が漏れるのも、いつものことだった。


「ヨシったら、今日も、あたしを無視して……」

 一月前まで、この異世界に召喚されるまでは、いつでもそばにいた。あたしの言うことは何でも聞いた。


 そのヨシ――渡良瀬由真(よしまさ)とは、この一月、ろくに会話もしていない。

(最後に話したのって、確か、セーラー服着てきたとき……)

 相沢さん――相沢晴美が用意したという、うちの学校の制服と同じセーラー服。それに身を包んだヨシに声をかけた。


「これは……ご主人様より賜ったお洋服でございます、賢者様」


 他人行儀なその言葉が、今でも耳から離れない。

 その甘ったるいソプラノの声を思い出すだけでも苛立ちが抑えられない。


 どう話を続けたらいいかわからなくなってる間で、毛利が横から絡んできて、そこに仙道君が割り込んできて、結局、その場はヨシと別れてしまった。

 それ以来、ヨシとは挨拶もできてない。


「なんなのよ、もう」

 また繰り返してしまう、その言葉。


 今日も、ヨシは相沢さんたちと一緒にいた。今でも、ヨシは相沢さんの部屋にいる。

 1分も歩けばたどり着けるその部屋。それが、今のあたしには、海の果てより遠い。


「この状況で、一切手をさしのべなかったあなた。もういいでしょう? 私は、渡良瀬君をかばったわ。だから、あなたが今まで占めてきた立場は、これからは私のものにするから。わかったら、自分の部屋に戻ってもらえる?」


 この世界に召喚されたあの日。相沢さんは、あたしに向かってはっきり言い切った。


 相沢晴美。


 長身の黒髪美人。学年5位以内をキープしていて、才色兼備・文武両道で有名な人。

 背丈からしてヨシと同じくらい。ヨシのことなんて、眼中にもないと思ってた。

 そんな彼女にあんなことを言われて、あたしは押し切られてしまった。


「私と違って、渡良瀬君といつも一緒にいる幼馴染みが、今回だってすぐそばで見てたはずなのに、どうして、彼が『女の子になった』ことを指摘しなかったの?」


 それは――あたし自身、今でもわからない。


 ヨシもあたしも地べたに座ってたから、背丈が縮んだとかには気づかなかった。

 あたしも自分のことで精一杯で、ヨシが普段とは違ってることに気づく余裕もなかった。

 でも、あんなに激しい変化が起きたのに、どうしてわからなかったのか。


「連中が渡良瀬君を追い出そうとしたとき、どうして、あなたは留め立てしなかったの? 私が、彼らとクラスのみんなを敵に回すようなまねまでしてやったこと……本来は、全部あなたの仕事じゃないの?」


 それは――それだけは、今でもはっきり言える。


「そんなこと、しなくてもいいじゃん。だって、ヨシはヨシなんだから……」


 昨日の試合。


 桂木さんのスイングを、ヨシは全部紙一重でかわした。

 毛利と柔道で対決したヨシは、あの巨体をあっさり投げ飛ばした。

 それが、渡良瀬由真(よしまさ)だった。


 普段は、引っ込み思案で前に出てこない。けど、ちょっと本気を出せば、どんな相手でも簡単に蹴散らせる。

 中国拳法と柔道をマスターしてる。足も滅茶苦茶速い。3000メートル級の岩山にもあっさり登ってくる。


 毛利を柔道で倒す。仙道君をバスケで翻弄する。桂木さんにバドで勝つ。そんなことが当たり前にできる。それがヨシだった。


 この異世界の連中が、ヨシを放り出したところで、あっさり殺されるなんてあるはずがない。

 ギフトがゼロとかなんだとか言っても、本当に危なくなったら、ヨシは本気を出す。それだけで、神殿の兵隊なんて簡単に返り討ちにされる。

 だから、あたしはヨシをかばうなんて考えもしなかった。


「だいたい、相沢さんだって、おかしいじゃない」


 この異世界に召喚されたその日に、氷の魔法を思うままに使いこなして、こっちの人たちに真っ向から喧嘩を売った。


 先々週の試合のときは、グリピノ神官の頭を槍で殴って出血させた。


 あたしの「Aクラス」よりさらに上の「Sクラス」。

 同じSクラスの平田君が2週間で大きく伸びても「レベル58」なのに、相沢さんは「レベル72」。

 次元が違いすぎる。だから、神殿と喧嘩だってする。

 同じことが、あたしにできるはずもない。それも、その気になればどんな奴でも蹴散らせるヨシのために、なんて。


「こんなの……」


 セレニア神官が紙に打ち出したステータスの表を開いてみる。


NAME : セイナ・ワタライ

AGE : 16 (24 AP / 103 UG)

SEX : 女

LV : 36


STR : 120

DEX : 190

AGI : 190

VIT : 140

INT : 1300

MND : 220


CLASS : 賢者 LV 18

GIFT : 魔法の王者 (A) / 傾国妃 (B)

SKILL

標準ノーディア語翻訳認識・表現総合 LV 5

火系統魔法 LV 5

風系統魔法 LV 5

雷系統魔法 LV 5

地系統魔法 LV 5

水系統魔法 LV 5

氷系統魔法 LV 5

光系統魔法 LV 5

闇系統魔法 LV 5

地理学 LV 2

生物学 LV 2

歴史学 LV 1


 先々週までは、全く伸びなかった。

 ヨシのことを多少振り切れたのか、この2週間は調子がよかった。


 けど、レベルの数字は、相沢さんのちょうど半分。「賢者様」なんて言われても、相沢さんと勝負なんてとても無理。それどころか、風系統と雷系統に特化してる嵯峨さんの方が、あたしよりよほど戦力になる。


(ヨシが……いたら……)


 気分が少しは落ち着くだろうか。

 魔法のことでアドバイスでも聞けるだろうか。


 ヨシは――渡良瀬由真(よしまさ)という男子は、もういない。

 七戸さんや島倉さんから「由真(ゆま)ちゃん」と呼ばれるあの少女。それは――あたしにとっての「ヨシ」じゃない。


「なんなのよ、もう」

 同じ言葉が、また口から漏れてきた。

貴重な感想をいただきましたので、「賢者様」の心境を描いてみました。


次回からは、「新展開」になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 幼なじみ「リアルチートな超人ヨシならそのぐらいは大丈夫なはず」 ハルミ「だからってスキルがゼロだから切り捨てるって許せない」 確かにユマちゃんが本気を出せれば一撃だったし、あの時苦境に立た…
[一言] 賢者様は典型的な甘えの構図なのかな 由真は何でも許してくれる、由真は何でもやってくれる そう言う事に慣れすぎてて謝るって発想自体できなくなってそう 才色兼備言ってたけどそれらも由真の導きでや…
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