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449. ヨトヴィラ視察 (2) 製油所と工場

午前の視察先に到着しました。

 由真たちの前方には、係留された黒い貨物船――タンカーに見えるものや、多数並ぶタンク、それに高くそびえる塔も現れる。


 臨港道路を進んだバソは、ランプウェイを降りると、正門から敷地の中に入り、2階建てのコンクリート製の建物の前で停車した。

 玄関先に、「ベニリア魔法油株式会社 トリミア精油所」「ヨトヴィラ合成ゴムノ株式会社 トリミア工場」という2枚の看板が立っている。

 車止めには男性が4人待っていた。


「お疲れ様でございます。ベニリア魔法油株式会社代表理事社長、オルコ・フィン・ルデルトと申します。本日は、当社系列の施設に御視察を賜りありがとうございます」

 先頭に立っていた初老の男性が、そう言って頭を下げる。


「ベニリア魔法油トリミア精油所長のナスト・リカフィオと申します。本日は、よろしくお願いします」

 ルデルト社長の隣に立っていた男性も、そう自己紹介して一礼した。


 由真たちは、ルデルト社長とリカフィオ所長に案内されて、建物の中に入り、2階の会議室に通された。


「ベニリア魔法油は、第二次ノーディア王朝成立に伴い、旧ベニリア州におきます魔法油の供給体制を確保するため、大陸暦73年に発足いたしました。

 このトリミア製油所は、その主力工場としまして、76年に操業開始して以来、地下油から精製いたしました灯油、軽油、重油、瀝青(れきせい)を出荷しております」

 ルデルト社長は、そんな説明を始める。


「地下油からは、他に燃気(ねんき)と揮発油も精製されます。これらから、異世界『ニホン』の技術により、ゴムノの合成ができますので、当社の完全子会社でありますヨトヴィラ合成ゴムノが、そちらを担当しております」

「当社は、このトリミア製油所に隣接してトリミア工場を設置しております。こちらにて、燃気と揮発油を処理し、合成ゴムノを製造しております。製油所と工場は、一体的に操業しております」

 ルデルト社長の言葉を引き取って、フィレニオ社長がそう説明する。


「揮発油成分からのゴムノ製造という技術は、いつ頃からあったのでしょうか?」

「ノーディア王国は、ナロペア大戦に敗戦して以来、天然のゴムノはダスティアから高値で買い取ることを余儀なくされました。

 その後、50年代に入りまして、熔解油を水系統魔法により改質した『ゴムノ剤』と酒精を蒸発させて風系統魔法で改質した酒精気によってゴムノを合成する技術が、『ニホン』の召喚者から伝えられました」

 由真の問いにフィレニオ社長が答える。


「当初は、熔解油は石炭油から抽出したものを使っておりましたが、60年代に入り、溶解油も酒精気も地下油からの採取が可能となりましたので、カンシアでは、64年にトルピアの製油所にゴムノ工場が併設されました。

 本日御視察いただきますトリミア製油所とトリミア工場では、トルピア製油所で成熟を見ました技術を当初より導入しております」

 フィレニオ社長はそう言葉を続ける。半世紀前は、アスマがカンシアの技術を導入したらしい。


「ヨトヴィラ市南部にございますオスカティアの製油所は、燃気処理の機能しか有しておりませんが、108年に操業開始いたしましたヒルティア県アンネリアの製油所は、当製油所と同様の体制を採っております」

 ルデルト社長が言う。


「それでは、早速御視察いただきたいと思います。高い構造物が多数ございますので、念のためこちらの兜を着用ください」


 リカフィオ所長が言うと、従業員たちが銅製とおぼしきヘルメットを配る。

 かぶってみると、さすがに若干重く感じられる。両脇から麻紐が伸びていて、それを結ぶと位置は固定できた。


「あちらに停泊しております油槽船から原油を荷下ろししているところです」

 ルデルト社長が、そう言って窓外を指さす。

 2階の会議室からは、臨港道路の向こう側に停泊している油槽船(タンカー)も見えた。


「原油は、船で輸送されるのですか」

「トビリアからの原油は、輸送力に勝る油槽船が使われます。当社では、こことアンネリアはトビリアの原油を精製し、ミノーディアから列車で送られるものは、主にオスカティアで精製を行っております」


 ヨトヴィラ市にある2カ所の製油所は、主力のトリミア製油所をオスカティア製油所が補完するという分担なのだろう。


「それでは、精製の現場の方に参ります」

 リカフィオ所長がそう言って、一行は1階に降りて事務所の外に出る。


「原油は、いったんあちらの油槽に貯蔵されてから、蒸留塔に送られます」

 リカフィオ所長が言う。


 その油槽(タンク)は、競技場を思わせるほどに巨大だった。


(こっちにも、こんなのがあったんだ……)


 この世界に召喚されて初めて見る巨大な構造物だった。


「まず、こちらの主蒸留塔で精製を行います」


 リカフィオ所長が指さした蒸留塔は、この世界で3ヶ月過ごした身には圧倒的に見える高さだった。


「原油に若干の水を加えて十分混合して不純物を除いた上で、これを加熱炉で約350度に熱してから、この主蒸留塔に通します。内部はしずくを受け蒸気を通す棚を多数据えて、多段階の蒸留を行います。

 ここで、頂部からは燃気(ねんき)を抜き、中間は上から順に揮発油、灯油、軽油、重油を抽出し、底部の残渣と分離いたします。燃気以外の油は、いったんこちらの浄化前油槽に入ります」


 4つ並んだその「浄化前油槽」も、十分に巨大だった。


「燃気は、後ほどご覧いただきます施設において処理の上、当製油所の燃料として利用しております。揮発油も、爆発の危険がありますので、基本的に当製油所の燃料としておるのですが、ゴムノの製造のために一部を抽出しております。

 それと、主蒸留塔の残渣ですが、そのまま瀝青として出荷する業者もございますが、当社では、こちらの真空蒸留塔に通します」

 そう言って、リカフィオ所長はもう1つの蒸留塔を指さす。そちらは、主蒸留塔よりも太いのが特徴的だった。


「真空蒸留塔は、内部がほぼ真空となっておりまして、主蒸留塔では蒸発しなかった成分を蒸発させることができます。蒸気は浄化前の重油に含め、残渣を瀝青として出荷しております」


 絞れる油を更に絞り出した上で、瀝青としての純度を高めて製品にしているということだろう。


「製油所内で使用します揮発油、製品といたします灯油、軽油、重油は、そのままで燃焼すると空を汚す、ということで、天空神様の神託に従って浄化の処理を行っております」


 浄化前油槽の先に、主蒸留塔などよりは小さい塔と建屋が並んでいた。


「こちらで、油を極軽気(ごくけいき)と混合して、高温高圧で輝水銀(きすいがね)青染銀(あおぞめがね)を入れた処理塔を通しますと、油と強い臭気が分離されます。

 この臭気が、空を汚す毒素となるということで、こちらの2つの蒸留塔によってこれを取り除き、残りました油をあちらの油槽に貯蔵し、順次製品として出荷いたします。

 臭気の方は、燃やしてから冷却しますと硫黄が出て参りますので、こちらも副産物として出荷しております」


 つまりは脱硫装置だった。


「その『極軽気』というのは、どこから調達しているのでしょう」

 名前からして「水素」であろうそれについて問いかける。


「極軽気は、燃気に含まれます沼気(しようき)を処理すると得られます。当社の製油所では、燃気は全てあちらの方で処理に回します」

 リカフィオ所長がそう答える。沼気(メタン)と水蒸気から極軽気(水素)を得るという手順は、地球のそれと同様だった。


 由真たちは、その燃気処理施設に向かう。


「ちなみに、こちらの魔法油は、どういったところに供給されるのでしょうか」

「当製油所のものは、主にアトリア市内に供給しております。コーシア県や北シナニア県には、オスカティア製油所から専用貨物列車で輸送されております」


 そんな問答をしているうちに、最初に案内された建物――製油所とゴムノ工場の事務所を通過した。


「ここからは、ヨトヴィラ合成ゴムノのトリミア工場となります」

 今度はフィレニオ社長が言う。


「こちらでは、燃気と揮発油の処理を行っております。燃気は、先ほど話題に上りました極軽気を回収するために全量を処理、揮発油は、ゴムノ合成に必要な分量を処理しております。

 装置の構成はほぼ同様なのですが、燃気と揮発油では分量が大きく異なりますので、それぞれの系統は分けられております」


 気体の燃気(ガス)と液体の揮発油(ナフサ)は、当然ながら別々に処理される。


「まず、燃気、揮発油ともに、水蒸気を混入した上で、こちらの加熱炉に通します。加熱炉は、内部に細い管を蛇行させておりまして、800度まで加熱いたします」


 その加熱炉は2つ並んでいた。試しに魔法解析してみると、確かに細い管が蛇行している。

 その管には、燃焼を抑止する闇系統魔法が非常に強力に施されていた。


「加熱炉を通過したものは、ただちにこちらの水冷管で冷却いたします。それから、揮発油の方は、こちらの揮発油成分蒸留塔を通しまして、蒸気として揮発油成分を抽出し、残渣は重油といたします。

 その後、燃気、揮発油ともに、それぞれこちらの燃気冷却蒸留塔に通しまして、蒸気として燃気を抽出し、残渣は揮発油といたします」


 加熱炉の先に立つ3本の蒸留塔の間には、多数の管が張り巡らされている。


「ここまでは、燃気が処理された系統と揮発油から蒸留された系統が分かれておりましたが、ここで、蒸留後の燃気と揮発油はどちらも一本化されます。以後は、この燃気と揮発油の別に系統が分かれます」


 現物が気体と液体に分かれる以上、系統も組み替えられることになる。


「燃気の方は、圧力を加えてから、石灰かん水により浄化して、吸水の処理を行います。それから冷却してこちらの軽質燃気蒸留塔に送り、蒸気として軽質燃気を抽出いたします。

 その軽質燃気は、更にこちらの抽出装置に通しまして、風系統魔法により、軽い成分として極軽気と沼気を抽出しております」


 フィレニオ社長が「抽出装置」と呼んだものは、小ぶりな蒸留塔のような外観だった。


「沼気の一部は、この処理装置に通します。ここで、水蒸気を加えて加熱して、偽銅銀を入れた管を通してから赤さびを入れた管を通しますと、極軽気が得られますので、これは全て製油所の方に戻します。

 極軽気の他に重い空気も出ますが、こちらは燃えないため、風系統魔法により分離して排出しております」


 極軽気(水素)を得る部分は科学的だった。

 他方で、「燃えない重い空気」――おそらく二酸化炭素であろうそれは、比重によって魔法でより分けられ、単純に排出されている。


「残りの沼気を含みます燃気は、外気より軽い沼気と軽質燃気と、外気より重いそれ以外のものとに分けて、当工場の燃料といたします。

 ゴムノを製造する場合には、燃気の一部も使いますので、これから御覧いただきます処理工程に入ります」


 そう言われて進んだ先に、細長い蒸留塔が立っていた。


「極軽気と沼気を抽出した残りの軽質燃気ですが、これには爆発力の強い燃精気が含まれておりますので、そちらの対応が必要となります。

 まず追加の闇系統魔法により燃焼力を弱めた上で、こちらの燃精気抽出塔に通して、油として燃精気を抽出し、燃料用の沼気と混ぜ合わせます」


 ことさら「爆発力の強い燃精気」と強調するだけあって、その蒸留塔にはひときわ強い闇系統の力が込められていた。


 更に進むと、再び蒸留塔が2つ現れる。その周囲には、管や円筒状の装置などが配置されている。


「軽質燃気蒸留塔の残渣は、ここで酒精気をとるための工程に入ります。まず、こちらの中質燃気蒸留塔を通して、中質燃気を抽出いたします。

 残渣をふすま油に混ぜ合わせますと、酒精気だけが溶けますので、こちらを蒸溜して酒精気を分離いたします。酒精気は、あちらのゴムノ合成施設に送り、いったん油槽に貯蔵されます」


 フィレニオ社長が指さした先には、建屋と油槽(タンク)があった。


「残りました重質燃気を中質燃気に混ぜ合わせて、燃気の処理は完了となります」


 酒精気(ブタジエン)を抽出するための工程は、由真の耳には複雑に聞こえた。


 少し歩いた先に、また蒸留塔と配管・装置が並んでいた。


「こちらは、燃気冷却蒸留塔から出ました揮発油の処理施設になります」


 そう言われてみると、配管は先ほどの燃気冷却蒸留塔まで伸びていた。


「揮発油は、こちらでふすま油と混ぜ合わせて、真揮発油と溶解油とを分離いたします。真揮発油は当工場の燃料としております。

 溶解油は、こちらの溶解油蒸留塔を通して、蒸気として軽質溶解油を抽出いたします。残渣の方は、ゴムノ剤のような需要もございませんので、一部は溶剤として利用いたしますが、多くは真揮発油に戻します」


「そうすると、溶剤に使われている溶解油というのは……」

 そこに香織が問いかける。


「こちらで残りました、いわば重質溶解油となります」

 フィレニオ社長がそう答えると、香織は「なるほど」と言ってメモを取る。


 溶解油蒸留塔から少し離れた場所に、縦長の釜のようなものが並んでいた。


「こちらでは、塩漬け軽銀を置いて、軽質溶解油と軽質燃気を混入いたします。これにより、軽質燃気が軽質溶解油に溶け込みます」

「塩漬け軽銀?」

「軽銀を塩に浸して地系統魔法で変質させたものです。召喚者の開発した術式が、現在まで継承されております」

 思わず声を上げた由真に、フィレニオ社長が答える。


「軽質燃気を溶け込ませました軽質溶解油に、600度に熱しました水蒸気を混入し、赤さびに通します。出て参りました蒸気を冷却したものがゴムノ剤となります。ゴムノ剤も、やはりゴムノ合成施設の油槽に貯蔵いたします」


 これでようやくゴムノ剤(スチレン)の用意もできたことになる。


 由真たちは、そこからゴムノ合成施設に向かう。


「ちなみに、この工程に回っているのは、全体のうちどの程度になるのでしょうか」

「アンネリア製油所が操業開始してからは、揮発油全体のうち4割程度になります」

「合成ゴムノも、過剰に生産しては売れ残りも出ますので、酒精気の分量を見て、ゴムノ剤の合成処理を行っております。揮発油は、貯蔵も輸送も困難ですので、我々の中でどうにか処理しておる状態です」

 リカフィオ所長の答えをフィレニオ社長が苦笑交じりで補う。


 ゴムノ合成施設の建屋の中には、円形の釜が据えられていた。


「こちらがゴムノの合成装置になります。酒精気とゴムノ剤を、こちらで松ヤニ剤をいれた水と混ぜ合わせますと、ゴムノの素が出て参ります。

 ただ、残りが出ますので、まず気抜きと水抜きを行います。ここで取り出されました酒精気とゴムノ剤は、いずれも貯蔵油槽に戻します。

 残りましたゴムノの素を、固めた上で洗浄して乾燥し、あちらの形で製品といたします」


 あちら、といってフィレニオ社長が指さした先には、四角く切られた白い塊が多数並べられていた。


「あの製品の納品先は、どういったところになるのでしょう」

「車輪製造業者が主になりますが、他にも、可動式の管や幕、石墨用の字消しなど大小様々な製造業者に販売しております。

 最終製品とする前には、炭や硫黄などを、用途に応じて混ぜ合わせて調合する必要もありますので、そこは各専門業者が行い、当社は合成ゴムノまでを担当しております」

 フィレニオ社長はそう答える。


 ゴムノの合成に関してはこの施設で完結しているものの、ここに至るまでの複雑な処理を全て担っている以上、更なる「下流」への進出は現実的ではない。


(できれば、コンビナートの方向だよな。……できれば……)


 並べられた合成ゴムノを見つめつつ、由真はそんなことを思っていた。

あえて希望した視察――ということで、相当細かく記述しました。

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