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448. ヨトヴィラ視察 (1) 往路

新知事一行初の視察が始まります。

 ユイナも、衛と沖田も、食事はそれぞれの部屋に配膳されるということだったため、由真たちは6時40分過ぎには解散した。


 書斎に入ると、机の上に封筒が載せられていた。

 中に入っていた紙には、明朝8時10分に集会区画の玄関に集合し、8時20分までには知事公邸を出発するという予定が記されていた。



 一夜明けて、朝食を済ませた由真は、小型背嚢に筆記用具と地図帳を詰めて、8時に書斎を出た。


「あ、渡良瀬君!」


 1階に降りたところで、沖田が声をかけてきた。

 振り向くと、彼は小さい背嚢――カンシア事務局で渡されたものを背負っていた。


「おはよう、沖田君。荷物、それで大丈夫?」

「大丈夫だよ。1泊しかしないしね。支部でもらった筆記用具も入ってるけど、まあ、そのくらいだよ」


 出張扱いの視察とあって、北コーシニア支部も筆記用具を提供したらしい。


 集合区画の玄関に入ると、メリキナ女史だけでなく、えんじ色の神官服を着たユイナも既に来ていた。

 直後に、香織も姿を現した。


「おはよう。沖田君、今日はよろしくね」

「花井さん、こちらこそよろしく」

 香織と沖田はそんな言葉を交わす。



 8時10分に、小型バソが玄関先に到着した。

 由真、ユイナ、メリキナ女史に香織と沖田の順で乗り込み、早速出発する。

 道路は往来するバソやトラカドで賑わっていたものの、渋滞に巻き込まれることはなく、8時25分にはアトリア西駅に到着した。


 出迎えに来た駅員たちに誘導されて、特等待合室のある区画を通ってコンコースに抜ける。


 由真たちの乗るコノギナ線は7番線・8番線から発着する。

 ホームに降りると、7番線に「8:52 快速 コノギナ行 15両」「特等・一等-1号車 二等-6・7号車」の表示があった。


 程なく、その7番線にGTOの磁励音が響き、列車が入ってくる。

 緑地で窓の下に白線が引かれたその車両は、ファニア線で特別快速「ファニア3号」に使われていたのと同じ鋼製車体だった。


 最後尾の1号車は、中間が仕切られていて、前側は一等室、後側は特等室という構造だった。

 由真たちは特等室の方に入る。


「これ、すごいわね」

 ソファの1つに腰を下ろした香織が、驚きをあらわに室内を見回す。


「あっちで乗った三等車とは、別世界だね」

 沖田もそう言って嘆息する。


「これ、通勤列車にもついてるんですね」

「郊外まで出るものには、大抵ついてますね。実際、こういうときに使いますから」

 由真の言葉に、ユイナがそう応える。


 発車した列車は、すぐに地上に出て、高架の複々線の内側を進む。窓外は、途切れることなく建物が続く。


「まもなくシルフィアです。出口は左側です。第1環状線と、アトリア・メトロ南西線、シルフィア線、ソストリア線はお乗り換えです。

 この列車はコノギナ線、快速コノギナ行です。次はアトリア南に止まります。エスミニア、東望海(ひがしぼうかい)公園方面は、お隣の第1環状線にお乗り換えください」


 程なくそんな案内が流れて、列車はシルフィア駅に到着した。

 駅を出て、しばらく高架線を走り続けた列車は、やがて地下に潜る。


「まもなくアトリア南です。出口は右側です。シンカニア・ナミティア線とベニリア本線はお乗り換えです」


 そんな案内が流れる。由真たちも乗り換えのためここで下車することになる。

 地上に戻った列車は、程なくホームに滑り込んだ。

 下車すると、駅員が待っていた。


「お疲れ様でございます。こちらへどうぞ」


 そう言って先導する駅員に従い、いったんコンコースに上ってホームに降りる。


「次に参ります、9時11分発のフルリニア行特別快速にお乗り換えとなります」


 程なく、銀地緑帯の列車がIGBTの柔らかい磁励音とともに到着した。

 やはり最後尾の1号車が、前方が一等室、後方が特等室という構造になっている。

 駅員に見送られて特等室に乗り込むと、列車はすぐに発車した。


「この特別快速で、9時34分にトリミアに到着します」

 席に落ち着いたところで、メリキナ女史が言う。乗車時間は20分ほどで、目的地まで乗り換えはない。


「ところで、魔法油って、『魔法』ってつくってことは、火系統魔法とかと関係するんですか?」

 ここに至って、由真はそんな基本的なことを尋ねる。


「地下油は、そのまま燃やすと空を汚してしまうので、水系統魔法で選り分けないといけなかったんです。それと、選り分けた揮発油と灯油は、燃やすと光系統の『ラ』が出てくるので、魔法適性がなくても魔法道具を使えるんです」

 答えたのはユイナだった。


 水系統魔法で石油を精製する。「水と油」ではなく「液体」という扱いになる。

 他方で、揮発油(ガソリン)と灯油の炎には魔法の力もあるらしい。


「ただ、『ニホン』の銃器を使わせないために、爆発が起きやすくなってしまってからは、揮発油は使えなくなりました」

 ユイナがそう言葉を続けると、香織と沖田は、「え?」と声を上げて目を見開く。


「揮発油って、使えないんですか?」

「ええ。この世界では、密閉された空間の中で火をおこすと、極端な大爆発になるんです。なので、揮発油は使えません」

 沖田に問われて、ユイナはそのことを説明する。


「図書館でいくら調べても、揮発油のことがわからなかったんですけど、そういう事情だったんですか」

 香織が眉をひそめて言う。


 この「爆発しやすい」物理法則の話をユイナとウィンタから聞かされていたのは、由真、晴美、衛、和葉の「冒険者組」の他は愛香だけだった。


「そういうことになったんですけど、その代わり、召喚者が提案した蒸留の技術を実用化して、灯油、軽油、重油は魔法を使わなくても選り分けられるようになったんです。それに、残った黒い泥で、道路も舗装できるようになりました。

 ただ、精油するときには、燃気(ねんき)と揮発油はどうしても出てきますし、灯油とかにしても、油断すると大火事になりますから、闇系統魔法で反応を抑え込む必要があるんです」


 蒸留により、燃気(ガス)揮発油(ナフサ)、灯油、軽油、重油を精製する。基本は地球と同じだった。


「その精製されたものは、どう使ってるんでしょうか」

 翻訳スキルの通り方でおよその察しはつくものの、由真は念のためそう尋ねる。


「重油は、雷動力を作る発雷所とかで使われてます。軽油はディゼロの燃料ですね」


 重油と軽油は、地球と同じ使われ方だった。


「『ラ』を取るのは、雷動力に置き換わってますから、灯油は、調理と暖房に使いますね。燃気と揮発油は、製油所の中の燃料ですけど、一部は今日一緒に見に行くゴムノ工場に一部を回してます。その辺りは、カオリさんが前々から御関心だったところですね」

 ユイナは、そう言って香織に話を向ける。


「そうだったんだ」

「こっちの『ゴムノ』って、『酒精気』と『ゴムノ剤』を混ぜて作るらしいんだけど、『酒精気』は最初酒精からとってたのが魔法油からとるようになって、『ゴムノ剤』っていうのも魔法油からとれた溶解油と燃気を混ぜて作る、っていうのよね」

 沖田が反応すると、香織はそう言葉を返す。


「それって……スチレン・ブタジエンゴム?」


 そう言われて、由真も「スチレンとブタジエンを共重合させて合成するゴム」のことを参考書の知識として思い出した。


「たぶんね。だから、エチレン、ベンゼン、ブタジエンは採取してるはずなのよ」

「まあ、そうだよね。……あれ? でも、こっち来て、ポリ袋とか全然見てないな」

「アスマに来ても、布袋と紙袋しか見当たらないのよ。だから、今でもスチレンにするエチルベンゼンにしか使ってないと思うわ」

「それだと、ベンゼンも、溶剤にしか使ってなさそうだよね」


 沖田は、香織の話に当然のように応えている。

 素材鑑定のギフトとスキルが認められたのも、化学への知見があったからなのだろう。


「それで、実は、ラウレス硫酸ナトリウムを試作したのよ」

 香織は淡々と言う。

 アスマに来た次の日にラウリル硫酸ナトリウムを試作した彼女は、ラウレス硫酸ナトリウムの試作まで進めていたらしい。


「ただ、還元もエトキシ化も、魔法でごまかしたから、量産ができそうにないのよね」

「ってことは、ラウリン酸とかはあったんだ」

「椰子油は、神殿で石けんを作るのに使ってるから、そこは大丈夫なのよね。量産の見通しが立てば、高温高圧の準備もできると思うわ」

「そういえば、石けんはあったね。ってことは、苛性ソーダはあるのか」

「かん水で使うから炭酸ナトリウムはあるし、硫酸も、緑礬油(りょくばんゆ)って名前で実験室にもあったわ」

 香織の言葉に、沖田は、なるほど、と応える。


「ただ、エチレンオキシドは、ものすごく危ないでしょ? まして、こっちだと爆発が起きやすい、って言ったら、なおさらよね。それに、この国って銀本位制だから、銀を触媒にするのもあり得ないし……」

 香織は、そう言って表情を曇らせる。


「え? そうだったんだ。全然知らなかったよ……」

 沖田は目を見開く。「勇者の団」の中では、そのことを未だに教えていなかったらしい。


「それは、私たちも、アスマに来てから教えてもらったから……」

 香織は曇り顔のまま言う。彼女たちが明確に説明を受けたのは、他ならぬエルヴィノ王子の昼食会のときだった。


「とにかく、こっちだと、殺菌も闇系統魔法を使うから、そっちでもエチレンオキシドの出番はないのよね。一応、緑礬油で酒精を脱水してエチレンは出せたんだけど、試薬としても使い道がなくて、結局水系統魔法でエタノールに戻したのよ」


 香織は、「緑礬油(硫酸)酒精(エタノール)を脱水して」エチレンを得ることはできていた。

 とはいえ、彼女の持つスキル「錬水術」をもってしても、エチレンは酒精(エタノール)に水和させるのが限界だったらしい。


「スチレン・ブタジエンゴムを作ってる現場に行けば、エチレンとかベンゼンとか、どう処理してるかがわかるかな、って思って」

 香織はそう言葉を続ける。


「僕は、まだ右も左もわからないから、とにかく勉強だね」

 そう言って沖田は苦笑する。彼らは、先週の今日まではカンシアにいて、生産関係の知識に触れる機会もなかった。



 列車は住宅街を走り続けて、9時25分頃に橋に入った。

 見ると、ナギナ市内のアスニア川よりも小規模ながら、河川敷も伴った川が流れている。


「こちらはタミリア川です。直轄区とヨトヴィラ市、旧コノギオ郡の境界となります」

 メリキナ女史が言う。


「そういえば、メリキナさん、この辺の出身なんですよね」

 知事室での最初の説明の際に、そんな話をしていたのを思い出す。


「私の実家がありますクロエナは、トリミアからは第2環状線で20分ほどですが」

 メリキナ女史は淡々と答える。


 時計の針が9時35分にさしかかる頃合いに、列車はトリミア駅に到着した。

 ホームに降りると、クロド支部長と4人の男性が待っていた。


「おはようございます、閣下。こちらは、本日案内をしていただく、ヨトヴィラ合成ゴムノのフィレニオ社長です」

「ヨトヴィラ合成ゴムノのソフノ・フィレニオと申します。本日はよろしくお願いいたしします」

 クロド支部長の隣に立っていた男性が、そう言って由真たちに頭を下げる。


「お疲れ様です。今日は、こちらのハナイ管理官にオキタ技師と一緒に視察させていただきます。よろしくお願いします」

 由真はフィレニオ社長にそう応えて、後ろの香織と沖田も礼を返した。


 階段を降りるとコンコースで、壁に設けられた扉を抜けると、赤絨毯の重厚な空間に入る。

 正面には「特別待合室」という看板があり、右側に下り階段が設けられていた。


「こちらの階段へどうぞ」

 男性の1人――「トリミア駅長」という名札が見えた――に言われて、由真たちはそちらに進む。


 その階段は、踊り場を挟んで折り返しながら延々と続いていた。

 何気なく数え始めて、104段に達したところで「2階 駅窓口・一般改札口」の看板がついた扉にたどり着いた。


「この区間は、高架橋が地上20メートルになりますので、階段の上り下りが多くなります」


 ベニリア本線がヨトヴィラ市を通る区間は、「大洋神の手」の被災状況を考慮して地上高20メートルの高架橋を通した、とは聞かされていた。

 その区間に設けられた途中駅は、乗り降りに100段の階段を使うことになる。


 扉を開けた先は、自動改札機も備わったコンコースだった。

 その改札口とは反対の方向にある出入口を通り、更に11段の階段を降りた先に、駅前広場があった。

 正面にはバソが停車している。見上げると、2つの高架橋が垂直に交差していた。


「あの高架橋は、上がベニリア本線、下がトリミア線です。トリミア線は、当社の輸送にも利用されております」

 フィレニオ社長がそう説明してくれた。


 由真たち5人にクロド支部長、フィレニオ社長ともう1人が乗車して、バソは発車した。


「これより、トリミア運河沿いの臨港道路に入りまして、製鉄所の先に、当社のトリミア工場とベニリア魔法油のトリミア製油所が併設されております」

 やはりフィレニオ社長が言う。


「トリミア製鉄所は、今月は高炉の1つを止めて点検をしているということで、視察は来月以降で、との申し入れがございました」

 クロド支部長が耳打ちする。視察の打診はしていたらしい。


 程なく、右側に大きな川が現れる。対する左側は大きな建屋と高炉が目立つ。

 その製鉄所を通過したところで、道路は軽く左に曲がる。


「正面に見えて参りましたのが、当社のトリミア工場です」


 煙突や巨大な構造物が建ち並んでいる。それは、由真の目には「コンビナート」そのものと見えた。

いわゆる臨海工業地帯になります。

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