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447. ヨトヴィラ視察前夜

新知事閣下への御説明は続きますが…

 旧サイティオ郡の治水を巡って、フォルド副知事が、将来への危機感から提示した「新治水構想」は、その場で全否定した。


「ちなみに、どの地域を開発するという構想があるのでしょう? 鉄道の路線を敷くという話も聞きましたけど……」


 昨日の鉄道に関する説明の際に、ハフリオ交通局長がそんなことを言っていた。


「クシピナ市の東隣に当たりますキヴェリナ村を開発する、というのが基本構想となっております」


 クシピナ市は、コーシア川とサイティア川の合流点までが、東の市境とされている。

 その「東隣」は、2つの川が合流してすぐの箇所になる。

 地図を見ると、流路は程なく南北に枝分かれして、4本から5本の流れが東に進んでいた。


「鉄道を敷設するに当たっては、東西方向はベニリア鉄道が、南北方向はアトリア・メトロが建設する、という合意はなされております。ただ、キヴェリナ村の西部は、このような状態でして……」

 シヴィルノ基盤局長は、そう言って2枚のフォトを由真に見せる。


 1枚は背の高いヨシの群生、もう1枚は泥水の広がった土地が写っている。


「合流点の近くは、今の季節は、こちらの通りヨシが生い茂っておりますが、雪解けの時季になりますと、こちらのように沼地同然となります」


 コーシア川とサイティア川の合流地点は、典型的な氾濫原だった。


「これは、この地区は調節池にするしかないような気がしますね。その先にしても、ただ堤防を作るだけじゃなくて、河床を掘り下げて放水路をきちんと整備しないと、増水には対応できないのではないでしょうか」

 素人考えなのは承知の上で、由真はそう口にする。


「確かに、仰せのとおり抜本的な対策が必要かと思われます。今後、構想が具体化に向かう際には、御指摘も踏まえた治水計画を盛り込むよう、しかと備えて参ります」

 フォルド副知事は、そんな言葉を返した。


「そうですね。そこは、有識者としてのタツノ副知事の考えも聞いて、きちんと進めるようにしてください」

 由真はそう応えた。



 この日の午後は、1時半からニクルモ副知事と警察局の次長兼総務部長、刑事部長、保安部長、警備部長による治安に関する説明、3時からエクレノ副知事とラクティナ経済局長による産業全般の説明、5時からヴィルニオ副知事とシエルスタ文教局長による学校教育の概要説明と続いた。


 治安に関しては、派出所も配置し保安巡回を入念に行うことで防犯に取り組んでいるものの、人口2800万の巨大都市だけに、窃盗や詐欺のたぐいから殺人事件と犯罪の発生は不可避ということで、刑事警察も早期解決に全力を挙げているという。

 幸い、ホノリア紛争以降は、警備警察を動員して「鎮圧」に当たらなければならないような事案は生じていないということだった。


 産業に関しては、三次産業、ことに小売業が脆弱ということは経済局も課題として認識していると説明され、由真も「公爵殿下も憂慮されていますので、対応をよろしくお願いします」と応えた。


 学校教育に関しては、宅地開発に際して学校整備も行っており、また若年人口が多いため教員となる人材も十分確保できているとのことだった。

「教員の質の確保」については――召喚前は高校生だった立場としては気がかりになり――「引き続き努力をお願いします」と告げた。



 一連を終えて、知事公邸居住区画に戻ったのが午後6時20分。

 応接室で、ユイナ、衛、沖田の3人が待っていた。


「3人とも、待たせて済みません」

 由真は、ユイナ相手の敬語で3人に声をかける。


「いえ、こちらこそ、お疲れのところ済みません」

 ユイナがそう応える。


「ユイナさん、明日は、済みませんけど、よろしくお願いします」

「いえいえ。祈祷の依頼もありましたので」

 由真の言葉に、ユイナはそう言って微笑する。


「ユイナさんが祈祷するっていうのは、相当の大事(おおごと)になるんじゃ……」

 神祇長官に次ぐS1級神祇理事が自ら乗り出すというのは――


「製油所の祈祷は、きちんとやらないといけない大事(おおごと)なんです。それに、トリミア製油所は、アスマでも最大規模のところですから」

 ――その「S1級神祇理事」は、穏やかな笑みを崩さずに応えた。


「最大規模、っていうと、他にもあるんですか」

「ベニリア魔法油の製油所は、ヨトヴィラだと、南部のオスカティアにもありますね。それに、旧サイティオ郡のセルフィア市にも計画は出たらしいんですけど、それは沙汰止みになって、ヒルティアのアンネリアに作られました」


 午前中話題に上った干拓地にも、製油所を整備する計画があった。「沙汰止みになった」のは幸いというべきだろう。


「アンネリアは、操業を始めるときに、当時の総主教猊下が祈祷をされて、それからはヒルティア司教府で見てますね。毎年1回は、司教様が祈祷されているらしいです。

 オスカティアは、ヨトヴィラ中央神殿が見ているんですけど、司教府に依頼があって、一昨年、研修に出る直前に祈祷しました」


 アトリア司教府に依頼のあったものは、ユイナが自ら祈祷していたらしい。

 今回も、その一環として引き受けたのだろう。


「衛くんは、部屋に入った?」

 由真は、今度は衛と沖田に問いかける。


「ああ。4LDKだとは思わなかった。使い道に困るくらいだな」

 由真が問うと、衛はそう答えた。


「おかげで、僕も個室を貸してもらえるよ」

 そして沖田が言う。


「沖田君の布団とかは……」

「畳部屋に布団があったから、使わせてもらうことにしたよ」


 あの部屋には和室も備わっていたらしい。


「食事は、頼めるって話だったけど……」

「ああ。俺は、朝晩は頼むことにした。今晩と明日の朝は、沖田の分も頼んである」


「あっちは、どんな感じ?」

「昨日、任官されたときに、分野別の担当者と顔合わせをした。それに、七戸も顔を出してくれた」

 衛がそう答える。


「愛香さん、忙しいみたいだけど……」

「本人も、昼は時間がとれない、とは言っていた。それでも、夕方は支部にいるから、何かあれば支部長なりに話はつなぐ、と、そういう話もしてくれた」

「まあ、担当の人もついてくれるから、そんな心配はしてないよ」

 衛に続いて、当事者の沖田が言う。


「あれ、でも、担当の人って、分野別なんだよね? そうなると、機械装置は6人相手?」

「近藤と土井、それに山上も、コーシア車両工業ってとこの工場で実習を受けることになったよ。あと、小栗は鉄道の方の基地に出るから、現場に出る4人は、行き先の工場で面倒を見てくれるって話になってるね」

「山上君も、コーシア車両に行くんだ」

「近藤と土井も誘ってたからね。それに、小栗は、鉄道の方で、機械の他にもいろいろやるみたいな話だったからさ」


 小栗は、機械装置だけでなく、雷動装置や魔法装置のスキルも持っている。

 対象を鉄道に絞る代わりに幅広いスキルを活用するには、1人で集中した方がよいと判断したのだろう。


「青木君と榎本君は、実習に出るの?」

 旧C2班の残り2人のことを尋ねる。


「青木と榎本は、とりあえず魔法装置の研修を受けるみたいな話をしてるよ」

 沖田はそう答えた。


「あれ? 支部で実習、とかじゃないの?」

「昨日、支部から説明を聞いたらしいんだけどさ、榎本は、なんだったっけ……魔法を使う奴と電気を使う奴があって、魔法の方は初見じゃわからない、って言ってたよ」


 ――「雷信」の方は理解可能な「電子回路」でも、水晶を使う「通信」の方はさすがに初見で理解するのは無理だったらしい。


「青木も、ハードの勉強もしておきたい、って言って、来週は研修の方に入ろうか、って榎本と話してたね」


 対象が魔法で動くものとあっては勝手が違うということだろうか。

 あるいは、青木が榎本に気を遣ったのかもしれないが――


「魔法装置の担当の人も問題ないみたいだから、来週は、松川、多田、南田に青木と榎本で研修になるね」


「そうなんだ。それじゃ、沖田君は、担当の人、って……」


 14人の中で素材系の技師になったのは、沖田しかいない。


「一応ついてくれてるよ。僕一人に、っていうより、コーシア大学の素材学科の人たちの面倒も見るみたいだけどね」


「それじゃ、研修は……」

「コーシア大学の人たちと一緒に受けるって話だった。そこは、他のみんなもそうみたいだけどね」


 彼らが受ける実務研修は、元々学生を対象としたものだということは、セルギオ支部長から聞かされていた。


「それに、今回のも、一応研修の一環ってことになって、旅費とかは出してもらってるよ」

 沖田はそう言葉を続ける。


「これ、出張の扱いなんだ」

「そうだね。だから、明日終わったらあっちに戻るよ」

「オキタさんとカオリさんは午前までなので、午後戻ったら、オキタさんはアトリア西駅からシンカニオで帰ります。そこまでは、私がお見送りします。コーシニア中央駅には、さっき話に出た北コーシニア支部の担当の方が、お迎えに来てくださるそうです」

 沖田の答えをユイナが補う。


 北コーシニア支部に帰り着くところまで支援が受けられるなら、今週来たばかりの土地での出張旅行も不安はないだろう。


「それはよかったです。……でも、そんな出張を急に決めちゃって、ほんとに大丈夫だった?」

 ユイナに応えてから、由真は沖田に問いかける。


「あ、僕の方は全然。研修が始まる前に済ませられるから、かえって助かったよ」

 沖田は、苦笑交じりでそう応えてくれた。


「ユマさんも、6日の慰霊祭からは、またここを外しますからね」

 そして、ユイナが穏やかに言う。


 6日に予定されている、「鬼ごろし」一家の慰霊祭。

 その「祭主」を務めるユイナは、淡々として見えた。


「そういえば、そちらもありましたね。ユイナさん……大変ですね」

 由真は、そんな気の利かない言葉しか返すことができなかった。


「いえ。これも仕事ですから」

 対するユイナは、穏やかな表情を崩さなかった。

ユイナさんと衛くんは入居の挨拶、沖田君も出張前の顔見せです。

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