444. アスマの冒険者ギルド その生産活動
今回は、生産の方面に関する説明です。
「アトリアのギルドは、生産の方も、相当力を入れてるんですよね」
ヴィルニオ副知事とカルミスト民政局長による冒険者ギルドに関する説明の席。
せっかくの機会なので、由真は生産の関係についても尋ねてみることにした。
「はい。アスマのギルドは、生産に関しましては、生産者の就職や転職の就業斡旋、社外教育の支援、就業条件に関する折衝、それに従業環境の監査などを行っております」
ヴィルニオ副知事が答える。
「それは、賃上げとか労働時間とか、そういう交渉も、ギルドが行っている、ということですか」
「はい。それに、経営環境が悪化した企業からは人材を引き上げ、経営環境が向上している企業に斡旋するということも行っております」
つまりは、ハローワークと労働基準監督署の機能だけでなく、労働組合と人材派遣業と転職エージェントの仕事まで担っていることになる。
「更に、タツノ長官の在任中に、業界別ギルドの再編にも協力して参りました」
ヴィルニオ副知事は、そう言葉を続ける。
「業界別にも、ギルドがあるんですか」
「農業や漁業は、地域ごとにギルドがございます。医師、弁護士などの専門職もそれぞれのギルドがあるほか、商工業の分野でも、ミグニア朝時代からのギルドがございました」
農協や漁協、医師会や弁護士会に当たるものも「ギルド」というらしい。
もっとも、「商工業の分野」のそれは、地球の西洋におけるギルドと同じようなものだろう。
「商工業関係のギルドは、技術の高度化に対応できないところも多く、新技術の習得を支援し、解散するところについては、企業化支援や就業斡旋なども行って参りました」
ヴィルニオ副知事の言葉は、いずれも「過去形」だった。
それで、由真も察しがついた。
商工業のギルドは、多くは産業高度化に追随できずに解体を余儀なくされ、既に冒険者ギルドの生産活動の中に取り込まれたのだろう。
「農業や漁業につきましては、農務省の行っております品種改良や栽培法の改善、養殖の促進などについて、人的な支援を行っております」
「アトリアでも、内陸の郊外では野菜の栽培などが行われております。漁業は、工業化の進展により、かなり下火になっておりますが、沖合では現在でもそれなりに漁獲があります」
ヴィルニオ副知事の言葉をカルミスト民政局長が補う。
アトリア市では今も一次産業が営まれている。
その事実は、知事として忘れてはいけないことだろう。
「なるほど。そうすると、冒険者ギルドに生産者として入るのは、こちらでは一般的なのでしょうか」
「自営業で家業に就く者、統治官吏や専門職に就く者などは、ギルドには入りません。その他にも、ギルドが斡旋する前に就職が決まった学生などは、そちらの方を選びます」
「そういう人は、多いんですか?」
「ナロペア資本には、そういうところもございます。イデリアなどは、店員も含めて、ギルドを通さずに雇用しておりました」
ヴィルニオ副知事は、唐突に撤退した企業の名を挙げた。
「我々としましては、企業と人を奪い合うより、人の融通を巡って協力し合う関係を構築すべき、と、これもタツノ長官のお考えだったのですが、そういう方針で、新卒者の加入を促進するとともに、企業側にも連携強化の働きかけを続けておりますし、学校側にも、中学校以上の場合は、就職支援担当の方との連携を図っております。
そういった努力も続けておりますので、学校を卒業して就職する者は、基本的にはほぼ全員ギルドに入るものと、そうお考えいただいて差し支えございません」
「なるほど。生産管理官とか、技師とか、その辺は、どういう仕組みになっているのでしょう」
今の由真にとって身近な官職に話題を移す。
「冒険者ギルドの生産管理官以上は、大会社の経営理事に求められる企業管理者の資格が認められております」
ヴィルニオ副知事が答える。
「その、企業管理者、というのは……」
「資本金100万デニ以上、又は負債額1億デニ以上の株式会社につきましては、経営理事は企業管理者をもって充てなければならないこととされております。
この企業管理者は、商工尚書の行う選考に合格した者となりますが、この選考を受けるには、当該株式会社又はその関連会社の従業員として25年以上の勤続経験を有し、うち5年以上経営管理の職務に従事していたという条件がございます。
そして、冒険者ギルドの生産管理官は、商工尚書の行う選考に合格した者と同じ企業管理者とみなされることとされております」
カルミスト民政局長がそう説明する。
「生産管理官候補生試験に合格した者は、生産者として原則5年勤務すると生産管理官に任官されます。優秀者は勤務年数が短縮される場合があるほか、ステータス判定によって高度なスキルが認められた場合は、即座に任官されることもあります」
「技師の方は、どうなっているのでしょうか」
「企業に勤務する技師は、技術系の従業員を統括する立場となりまして、会社の主要事業に携わる技師は、その会社において企業管理者とみなされることとされております。
技師の任官は、生産管理官とは別枠となっておりまして、工科学院の修了者から冒険者ギルドが候補生を選考します。合格した者は、やはり原則5年間技手として5年勤務すると技師に任官されます。優秀者の年数短縮やステータス判定による特例も、管理官と同様です」
2年F組の面々は、ユイナのステータス判定の結果を受けて、その制度により管理官と技師の地位を認められたということになる。
「理事官とか、技監とかは……」
「生産理事官は生産管理官の上級、技監は技師の上級となります。企業管理者の上級として企業理事者というものもありまして、生産理事官と技監は、この資格が与えられます。経営理事の中でも、企業理事者は企業管理者より優越しますので、優先的に代表理事社長となります」
「生産理事官は生産管理官として経験を積み力量を認められた者が選抜され、技監は技師を統括できる知見を有すると認められた者が選抜されます。
こちらも、一応ステータスによる抜擢の制度もございますが、実際に抜擢されるのは極めてまれです」
生産理事官となった愛香と、生産技監となった青木は、その「極めてまれ」なケースに該当する。
「ちなみに、それはどのくらいいるものなのでしょう」
「企業理事者は、盛春の月1日現在で、アトリアには211人おります。うち、ギルドのS級生産理事官が3人、A級生産理事官が116人、A級技監が82人です」
カルミスト民政局長が挙げた数を合計すると201人。つまり、ギルドの生産理事官・技監ではない者は10人となる。
「午前中、TA旅客、TA貨物、ベニリア鉄道の社長さんたちと話したんですけど、あの人たちは、どういう扱いなのでしょうか」
鉄道官僚から転じた彼らは、ギルドに属していないのではないか――
「リフティオ社長、モナリオ社長、ヤマナ社長は、統治官吏から転じたA級生産理事官で、皆さんジーニア支部に所属されています」
――あの3人もギルドの生産者、それもジーニア支部の所属だった。
「役所から移る場合もあるんですか?」
「制度上は、同じ級で移行することは可能です。シチノヘ理事官が一時冒険者局の方を兼職したのは、それになります。また、官吏任用試験と管理官候補生試験の双方に合格した場合、官吏の勤務年数が生産者の勤務年数として計上されます。
ただ、実際問題としては、統治官吏が企業管理者として採用される場合はほとんどありませんので、生産管理官に転じるという例もまれです。
鉄道3社は、州営の実業を管理されていた方たちが、事業の株式会社化に伴って身分が変更されましたので、社長から駅員に至るまで、およそ全員が冒険者ギルドの生産者となっております」
鉄道員たちさえも「生産者」として取り込んでいたらしい。
「あの、鉄道の人たちは、どこのギルドに所属することになるのでしょう?」
アスマ全域で事業を展開している彼らの扱いが気になって、由真はそう尋ねる。
すると、ヴィルニオ副知事とカルミスト民政局長が一瞬互いの顔を見合わせた。
「失礼いたしました。そのお話がまだでした」
そう言って、ヴィルニオ副知事が頭を下げる。
「生産者の所属支部は、まず最初に登録を受けます『本籍支部』、勤務先の人事管理者の所在地にあります『人事支部』、そして現に勤務する職場のあります『職場支部』の3つがございます」
「就業斡旋は本籍支部で受けます。就業条件に関する折衝など、人事管理の関係は人事支部が担当し、社外教育や各種生活支援などは職場支部が担当します。従業環境の監査は、職場となる事業所が対象ですので、そちらへの通報のたぐいも職場支部が窓口となります」
ヴィルニオ副知事が続けた言葉をカルミスト民政局長が補う。
「鉄道3社は、いずれもジーニア区に本社がありますので、本社が人事を担当している社員については、人事支部はジーニア支部となります」
「そうすると、職場支部が、アトリアの外にある場合も、当然ありますよね」
「はい。例えば、コーシニア中央駅の駅長以下は、コーシニア支部が職場支部となりますので、その面ではコーシアギルドの所属となります」
「その辺の調整は、県をまたぐと、大変になるのでは……」
「人事異動で職場支部が移る場合は、人事支部から通知がなされます。『民間化』以前から、県をまたぐ場合は本部間で連絡がなされておりまして、『民間化』以降もギルド間で同様に連絡がなされております」
「ただ、実際問題としましては、ギルドによって対応の差もございます」
カルミスト民政局長が答えたところで、ヴィルニオ副知事が曇り顔で言う。
「北シナニアは、ギルド本部は全く機能しておらず、民政部も、就労の斡旋は動きが鈍く、それでいて労務監査の立入検査はしきりに行い、しかもその場に憲兵が来て職場内をあれこれ調べ回る、ということで、我々の方に苦情も多く寄せられておりました。
幸い、ナギナ支部のクシルノ支部長が属人的に働きかけてくれたおかげで、職場支部としての支援はどうにか続いておったのですが……」
エストロ前知事とエンドロ前民政部長は、「労務監査」の名目で県内の企業を「監視」していたらしい。
そんな中で、クシルノ支部長は生産面でも裏で立ち回っていた。
前民政次官のヴィルニオ副知事が名前を挙げたことからも、その苦労は容易に推察できる。
「他にも、そういうギルドは、あるのでしょうか」
「そこは……私も、『民間化』と同時に民政省よりアトリア市庁に移りましたので、噂話がちらほら聞こえる程度ですが……」
ヴィルニオ副知事は、そう言葉を濁した。
「あの、個人的な話に、なってしまうんですけど……」
由真は、最大の懸案を話すべく、そう切り出す。
「コーシアギルドの北コーシニア支部に、例の『勇者の団』の14人が技師として所属しているんですけど、今後、アトリアとかに転属する場合も出てくると思うんです。それに、シチノヘ理事官が、コーシア県内で、例の『駅前市』を常設店舗にする方向で動いていて、その辺りの、ギルド間の調整は、大丈夫か、と……」
加えて、牧場の関係でも、ジーニア支部に所属している恵と明美がコーシア県で活動することになる。
「コーシアギルドとは、生産の面でも協調しております。機械装置や魔法装置は、用地が豊富にありますコーシア県に工場を置いている会社も多くございますので、アトリアとコーシアの間の転勤も頻繁に行われております」
「コーシア大学も名門校ですから、北コーシニア支部を本籍支部として、アトリアの会社に就職するという学生も多くおります。そちらの方向でも、コーシアギルドとは連携して動いております」
ヴィルニオ副知事とカルミスト民政局長は、そんな言葉を返してきた。
コーシア冒険者ギルドは、タツノ副知事のお膝元だけあって、冒険者も生産者も順調に動いている。
北シナニア冒険者ギルドは――他ならぬ自分が知行を預かり、現地に慣れたロキモルト副知事を起用した以上、これから体制を立て直していくことになる。
「わかりました。アトリアギルドのことは、よろしくお願いします」
由真がそう言うと、2人は「かしこまりました」と応えた。
生産者になった面々も、腕を振るうための地位は与えられています。