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440. アスマの鉄道 その制度と歴史

「御説明」の午前の部が始まります。

 知事室の時計が10時を指したところで、扉がノックされた。


 入室してきたのは、カプリノ陸運総監、パスフレト副総監兼総務局長、TA旅客のリフティオ社長、TA貨物のモナリオ社長、ベニリア鉄道のヤマナ社長、そしてアトリア市庁のハフリオ交通局長だった。

 交通局長とは昨日顔合わせをしていて、それ以外の5人は北シナニア対魔大戦の際に意見交換をしている。


「カンシア御出張、お疲れ様でございました。それで、御出張の際に、鉄道庁の方から、鉄道法の改正案を巡る御説明を受けられたとのことで、アスマの現状など、御説明に参りました」

 カプリノ陸運総監がそう切り出す。


「現行の117年鉄道法につきましては、鉄道路線と列車運行の分離、旅客列車と貨物列車の分離、鉄道事業と列車運行事業の許可制と安全基準、主任運行権の制度が適用されております」


 基本原則の部分だけでなく、例の「主任運行権」の制度も適用されていたらしい。


「ただ、アスマにおきましては、州内全域における鉄道の円滑な利用を確保する観点から、州の地域法制により、『一般旅客列車運行事業』と『一般貨物列車運行事業』というものを設けておりまして、主任運行権が得られますのは、これらの事業の免許を受けた事業者に限ることとされております。

 一般旅客列車運行事業の免許を受けておりますのはアスマ旅客列車運行株式会社のみ、一般貨物列車運行事業の免許を受けておりますのはアスマ貨物列車運行株式会社のみとなっております。

 王国経済省は、この現状と、一般列車運行事業の免許制そのものを問題視しているものでしょう」


 経済省の資料には「巨大事業者が市場を独占する体制が公認されており、競争が著しく制限され」と記されていた。

 この説明を聞く限り、確かに、TA旅客とTA貨物の独占体制が「一般列車運行事業の免許制」として認められていることになる。


 もとより、この制度が「州の地域法制」で導入されているのには、相応の理由があるはずだ。

 それを立案したのは、他ならぬカプリノ陸運総監だった。


「そもそも、その、一般列車運行事業、というものを、あえて作ったのは……」

 由真はそう問いかけてみる。


「アスマの鉄道は、この地を統一支配するために欠かせません」

 そんな言葉が返ってきた。


「アスマの長い歴史においては、ベニリアとナミティアの統一支配ですら、しばしば困難に面しておりました。

 南北間は、スイニア朝が整備してタグリア朝が拡充した運河により連絡されておりました。ですが、その運河も、王朝の力が衰えるたびに荒廃しておりました。

 ミグニア朝の支配がわずか150年で終わったのも、ベニリアに手が届かなくなったためです」


 その歴史は、由真もアスマに来た直後に図書室で調べていた。

 ミグニア朝末期のベニリアの状況は、「鬼ごろし」の逸話からも容易に推察できる。


「ミグニア朝は、鉄道は整備したものの、シアギアから先は全て単線で、しかも蒸気機関車が牽引しているという有様で、ヨトヴィラから先の輸送手段としては使えない代物でした。

 ナミティアへの侵攻は、南シナニアからナミティア川に沿って進み、コスキアから先は舟運に頼ったのですが、それでシアギアまで一気に陥落することができました。

 残党がホノリアに向かったものの、シアギア以南の鉄道路線は雷動化されており、鹵獲した雷動機関車を使うことができました」


 前代のミグニア朝アスマ帝国を征服したときは、既に鉄道が進軍の手段として活用されていたらしい。


「第二次ノーディア王朝は、ホノリア紛争の危機を迎えましたが、幸い、幹線鉄道網は全て複線雷動化を完了しておりましたので、冒険者の戦力を柔軟に運用することが可能となり、最終的に制圧がかないました」


 確かに、北はアトリアから、南はホノリアにほど近いコグニティアまで、アスマ全土で冒険者が活動できたのは、鉄道が円滑に利用できたからだろう。


「シンカニアの開通により、シンカニオを使えばコグニティアにも1日で到達可能となったことで、第二次ノーディア王朝のアスマ統一支配の基盤は、一通りの完成を見ました。

 その鉄道による輸送を地域別に分割しては、この基盤が崩壊いたします。例えば、ホノリアが再び動き出したとき、これに対抗することは困難となると、そう考えております」


「そうすると、経済省の例の方針については……」

 半ば念のため、そのことを問いかける。


「陸運総監府としましては、受け入れる余地は全くない、と考えております」

 カプリノ総監は言下に言い切った。


「当社としましても、強制的な解散に、八つ裂きにされるような新事業者への事業継承は、社として受け入れられるものではございません」

「貨物につきましても、旧州をまたいで長距離を直結する特急貨物列車が中心となっておりますので、経済省の示した分割の案は、到底承服できかねます」

 TA旅客のリフティオ社長とTA貨物のモナリオ社長も、そんな言葉を返した。


「ただ、カンシアが殊の外強硬な態度を崩していないことも、承知しております。今回も、総監の職務は副総監に代行させて、私がカンシアに入るつもりでおります」

 カプリノ総監は、淡々とした口調で言う。晩夏の月29日の元老院決議とその後のカンシアの「反動」は、彼も当然認識しているのだろう。


「ちなみに、今の制度の、上下……鉄道と列車の分離、とか、主任運行権とか、そういった辺りは……」

 由真は、更にそう問いかける。

 

「鉄道と列車の分離は、大陸暦108年にダスティアが行い、一定の成果が上がったということで、ノーディアとベストナも模倣したものです」

 その経緯は、ここで初めて聞かされた。


「114年鉄道法で、国営ないし州営であった鉄道は、公営の鉄道路線から、旅客列車と貨物列車の公社を分離することとされました。

 アスマにおきましては、ベニリア、ナミティア、コグニアの3鉄道総監府と鉄道総局が資産と人員を拠出して、アスマ旅客列車運行公社とアスマ貨物列車運行公社を創設いたしました。

 117年鉄道法の施行に伴い、3総監府はベニリア鉄道、ナミティア鉄道、コグニア鉄道となり、アスマ旅客列車運行公社とアスマ貨物列車運行公社が、今のTA旅客とTA貨物となっております」


「鉄道総監府と鉄道総局、というのは……」

「鉄道総監府は鉄道事業を運営する州庁の機関、鉄道総局は鉄道事業の監督と調整を担当する特別機関でした」

「州が、鉄道を運営していたんですか」

「はい。ミグニア朝が整備したアスマの鉄道は、第二次ノーディア王朝に移行した際にアスマ総州庁が継承いたしました。以来、アスマの鉄道網は、総州を経てアスマ州の資産とされております」

「総州の資産、ですか?」

「ミノーディアの鉄道は、建国騎士団の意向もありまして、カンシアの王国政府ではなく総州庁が運営しておりました。そのため、ミノーディアの先に当たるアスマとメカニアの鉄道も、それぞれアスマ総州とメカニア州が運営することとされたものです」


 それは――今の「アルヴィノ体制」を巡る対立とは別の経緯によるものらしい。


「ベニリア州におきましては、コーシア県に鉱山が多数ありましたので、ヨトヴィラよりコーシニア、更にファラゴ鉱山まで路線が延びておりました。

 ただ、これらの路線はダスティアの指導により建設されたものでしたので、軌間が、ノーディア標準の1435ミリではなく、ダスティアの1600ミリでした。

 当時からノーディア王国領であったシナニア辺境州は、今のシナニア本線がカリシニアまで開通しておりましたので、ベニリア侵攻に向けて、69年から71年にかけて、ユリヴィア回廊に秘密裏に線路を敷設しました」


 コーシア県のユリヴィアと北シナニア県のカリシニアの間の区間。ということは――


「それは、国境をまたいで?」

「はい。タツノ副長官が、斥候として陣頭指揮に当たったそうです」


 タツノ副知事はそんな任務まで果たしたらしい。

 国境を越える侵攻経路となる鉄道の敷設。「斥候」「工兵」としてのその「戦果」は、決定的なものといえる。


「第二次ノーディア王朝の成立後、今のシナニア本線のユリヴィアからコーシニアまでを延伸した上で、コーシニアからヨトヴィラまでを1435ミリに改軌し、その先は、ミグニア朝より接収した列車で対応いたしました。

 その上で、メカニア・ソアリカ戦争に勝利し、アスマ支配の体制が盤石となった段階で、ヨトヴィラ以南の改軌と鉄道網の拡充に向けて、アスマ総州庁の地方機関としての鉄道総監府が各地に置かれました。

 ただ、改軌に当たりましては、鉄道総監府によって温度差もありました」

 そう口にしたカプリノ総監の表情が曇る。


「ベニリア鉄道総監府と北ナミティア鉄道総監府は、メカニア・ソアリカ戦争が75年に終結してから、78年までの3年間で、アトリアとシアギアを結ぶベニリア本線を初めとする全路線の改軌を完了させました。

 しかしながら、南ナミティア鉄道総監府と西ナミティア鉄道総監府は、ホノリアとの関係もあってか、改軌には全く消極的で、ホノリアからシアギアまでのナミティア南線はもとより、シアギアからコスキアまでのナミティア北線さえも、ダスティア軌間のままという状態が続いております。

 むしろ、コグニア鉄道総監府は、コグニティアとメカニアのハイニアを結びますコグニア本線を初め、新設路線は全て軌間1435ミリで建設しております」


 中北部と南部が軌間1435ミリに移行したのに対して、中南部は軌間1600ミリのままだった。ということは――


「そうすると、アスマの中では、2つの軌間が混在する状態が続いていた、ということですか」

 その問いに、カプリノ総監は「はい」と答えた。


「客車に関しましては、召喚者が開発いたしました『タルゴ型台車』というもので、軌間変更が可能となりましたので、それで直通列車を運行しておりました」

 TA旅客のリフティオ社長が答える。その経緯は、王都列車ナスティア車両基地で聞かされていた。


「貨物は、無蓋車に積載する輸送函(ゆそうかん)を用いて、これをシアギアで積み替える方式が導入されまして、ベニリア本線からナミティア南線の経路は、輸送函専用の輸送函車が広く用いられております」

 続けてTA貨物のモナリオ社長が答える。その説明からすると、「輸送函」とは「コンテナ」のことだろう。


「専用の車両まで作ったんですね」


 客車の「タルゴ」に貨車の「コンテナ車」。

 軌間が異なる状態で、長距離輸送を円滑にするため、そのようなものまで開発されていた。


「はい。旅客・貨物ともに、長距離輸送は当初から重要なものでしたので、車両の開発もなされました。鉄道総局も、当初は王国鉄道省の地方機関でしたが、大陸暦76年に、アスマ総州尚書府長官の監督も受ける特別機関とされております」


 監督体制についても整備されて、以来半世紀にわたって長距離輸送の円滑化に向けた努力が続けられてきた。


「そのような経緯もありましたので、114年鉄道法による公社化は、アスマの鉄道関係者としては好機と捉え、列車運行事業の全州一元化を実現いたしました。

 116年の王国議会に提出された法案が原案のまま可決されては、この成果が水泡に帰する、と考え、公爵殿下とタツノ副長官のお力で、どうにか現行法のところに落ち着かせることがかないました。

 今回の王国議会におきましても、この全州一元運営の体制を崩す訳にはいかないと、そのように考えております」

 カプリノ陸運総監は、そのことを改めて口にする。


「確かに、そういう歴史があるなら、カンシアの案は、絶対受け入れられない話……ですよね」

 アスマの体制を守り抜く、という思いとともに、由真はそう応えた。

半世紀かけて実現された「統一」の維持は、彼らにとっては切実な課題です。

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