438. 北コーシニア支部に日帰り (4) 帰途
用件を終えて、主人公は帰途につきます。
「閣下、お疲れ様でございました」
第1会議室を後にしたところで、セルギオ支部長が由真に声をかけてきた。
「任官の稟請依頼の方は、決裁が済み次第本部にお知らせいたします。神祇官猊下のステータス判定結果に、閣下からも要請書をいただきましたので、本局の手続もすぐに完了すると思われます」
支部長はそう言葉を続ける。
由真の手元にも写しのある「要請書」は、こんな内容だった。
民政尚書閣下
元「勇者の団」C1班・C2班の14人につき、本日ステータス判定を行い、その結果を受けて本日任官を稟請いたしました。
彼らの有する工業技術関連のスキルは、当県のみならず州全体にとっても有益なものと考えられます。
彼らの生活基盤の早期確立の観点からも、速やかに任官がなされるよう、御配慮のほどよろしくお願いいたしします。
大陸暦120年初秋の月1日
コーシア方伯ユマ
盛夏の月のときは、愛香の任官を急ぐようにというエルヴィノ王子の意向が働いて、全員の任官が即日完了した。
今回も、手続を速やかに進めさせる「上の意向」があった方がよい。
メリキナ女史にそう示唆されて、由真の名義で「一筆」を添えることにした。
「アオキさんには、演算水晶板をお貸しします。エノモトさんは、来週からの実習で、まず当支部の通信課を見ていただきます」
「ありがとうございます。いろいろとお手間をおかけしますけど、彼らのこと、よろしくお願いします」
由真は、そう言ってセルギオ支部長に頭を下げる。相手は、「かしこまりました」と応えてくれた。
それでセルギオ支部長と別れて、由真は衛とユイナとともに1階に降りて玄関に出る。
車止めに停車していたバソには、タツノ副知事とメリキナ女史が乗車していた。
「やっぱり、ダメだね、僕は」
バソが動き出したところで、由真の口から、ため息とともにそんな言葉が漏れてきた。
「由真?」
「ユマさん?」
衛とユイナが声を上げる。
「どうしても、うまく話せなかった。それに、青木君と榎本君、それに沖田君をひいきしてるみたいな、そんな感じになっちゃったしね」
先ほどの会議室での話と、その後の3人との個別の会話。それを思い出すと、再びため息が出てしまう。
「それに、榎本君は、第3級アマチュア無線技士の資格を持ってるんだ。無線機とかアンテナなんかも自作してたらしくてね」
「そうなのか。そういえば、榎本もB組だったな」
A組で交流のあった衛は、さすがにそのことを認識していた。
「例の父方の祖父が、昔からアマチュア無線をやっててね。入る人がずいぶん減ってる趣味だから、若い人が始めてるのを見つけると世話を焼いたりしててさ、それで、榎本君のことも聞いてたんだ。
……ってことを僕が聞いてる、ってことは、僕のことも、当然知ってるはずだしね。無線に興味があったら、余計ね」
「それは、そういう話とかは、榎本とは、したことがなかったのか?」
「こっちからは、できなかった」
衛の問いかけに答えて、由真は窓外に目線を移す。
「僕は、3アマは中1のときに取ったんだけど、2アマは家じゃ設備が持てないって思ってね、中2で四海通と三海通を取ったんだ。中3の1月に一陸技を受けて、1回で全科目通って、一海通は全科目免除、高1の秋に一総通も取ってる」
そこまで言い切って、由真は衛に目を向ける。
「……これ、知ってる人が聞いたら、ものすごい嫌みな自慢話なんだよね」
そんな言葉を続けると、衛は曇り顔を見せた。
「青木君は、あのスキルからして、プログラミングをマスターしてて、基本情報技術者にも通ってるか、次回を受けたら通るか、そのくらいの水準って感じだったからね。所詮ITパスポートごときの僕は、変に気を遣わなくてもよかったんだけどね」
「それは、そんなに違うのか?」
「プログラミングの試験がね、基本情報技術者はきっちりやられるんだ。でもITパスポートは、参考書をちょっとやれば簡単に合格できるから」
由真がそんなことを言っている間、衛の表情は曇ったままだった。
「とにかく、C1班の方は、なんかろくに相手をしなかった感じになっちゃったし……だから、僕は、人付き合いが苦手なんだよね」
そう言って、由真は再び目線を伏せて、そしてまたため息をついてしまう。
「まして、あんな風にみんなの前に立つなんてのは……平田君が向いてるよ」
「いや、平田に向いてるのは、人の前に立つことだけだ。人をおもんばかって、人を動かすような、そういうことは、あいつは全くできてない」
由真が続けた繰り言に、衛は即座に強い言葉を返した。
「セプタカのとき、あいつは、最初の『クラス会』のときから、俺の話にも耳を貸さなかった。ダンジョンに入ったときも、セレニア神祇官の言うことを聞かないで突入して、結局あの決戦になった」
セプタカの砦への遠征。
それに先だって2年F組の40人が開いた「クラス会」で、班編制――武芸担当のグリピノ神官が決めたそれを巡って、衛は「S・Aの班以外は戦線に立てない」と忠告したものの、平田はそれを聞くことはなかった。
いざ現地に赴いて、決戦の戦力になったのは、由真、ユイナ、ゲントの他は「S・Aの班」の面々だけだった。
その決戦のときも、「邪眼のダニエロ」を倒したところで、いったん撤収すべきとユイナが提案したにも関わらず、平田はそれを無視して進軍を続けた。
結果、魔将マガダエロと七首竜との戦闘に至り、しかもそこでは、平田自身は戦力として何も貢献できなかった。
「C1班とC2班のみんなのことだって……そもそも、平田が、リーダーとしてきちんと配慮していたら、こんなことにはなってないだろう」
C1班・C2班の14人は、「勇者の団」が王国軍に編入された際に兵卒とされた。
そんな彼らを、軍曹とされたB1班・B2班の12人が虐げた末に、由真を襲撃するよう命じた。
それが、今回の「亡命」につながった。
B1班・B2班とC1班・C2班の間に形成されてしまった「支配・被支配」の関係。
全体の長である平田が、ことあるごとに言う「一致団結」に向けて、そのゆがんだ状態を正すよう配慮していれば、「勇者の団」がここで「分裂」することはなかっただろう。
平田に、指導者としての資質があるとはとてもいえない。それは確かかもしれない。しかし――
「それは、そうだけど……でも、僕も、『有益なスキル』を持ってる、青木君、榎本君、沖田君の相手しかしなかったし……」
――平田と同じ「配慮の欠如」という過ちを、自らも犯しているのではないか。そんな思いが湧き上がってくる。
「ユマさんは、気を回しすぎてるような気がします」
そこに、ユイナの穏やかな言葉が耳に入ってきた。
「アオキさんとエノモトさんは、ステータスに閲覧制限がかかっていた方たちですし、情報や通信に関しては、即戦力になっていただく訳ですから、そういう話をするのは自然だと思いました。
それに、オキタさんにしても、こちらに来ている今のうちに言っておいた方がいいお話に聞こえました」
ユイナにそう言われると、あの3人にだけ話をしたことも別段不当ではないと思われてくる。
「C3班にいた皆さんは、こちらに来て1ヶ月が経って、皆さんそれぞれに、スキルを活かして動かれていますよね」
そのことは、午前中、新居に入った彼女たちの様子を見に行ったときに、本人たちから直接聞いていた。
「C1班とC2班の皆さんも、ギルドの技監と技師に任官されれば、相応の生活の基盤はできますし、研修を受けられたら、皆さんなりのお考えもできてくる、と思います」
「C1のみんなは、今は、方向が絞り込めてないにしても、そのうち、方向が絞り込めてきたら……由真に、相談することも出てくるかもしれない。そうなったら、そのとき、相談に乗ってやればいいんじゃないか」
彼らが将来を見定めたら、それを全力で後押しする。可能な限り、相談事にも乗る。そういう心づもりは、もちろんあるが――
「ユマさんのお仕事は、首席国務大臣、尚書府副長官、コーシア県と北シナニア県の領主にアトリア市知事、と、ただでさえ広がってきてますから、その上にこちらに来られた23人のことまで全部『一人で背負い込む』となると、今度はハルミさんの胃が痛くなるかもしれませんしね」
ユイナが冗談めかして言う。
由真があまり思い詰めると、晴美が心配する。
それに、ユイナも衛も、由真のことを心配して、こんな話をしている。
周囲に余計な心配をかけさせることは、褒められたものではない。それこそ「配慮の欠如」だろう。
「そう……ですね」
由真は、ユイナにそう応えた。
身近な人たちもまた、気を配ってくれています。