436. 北コーシニア支部に日帰り (2) 方針
タツノ副知事とともに支部に入ります。
小型バソは、コーシア川を渡る長い橋を越えて、午後4時過ぎに石造り風6階建ての建物の前に到着した。
車止めで下車すると、玄関先に男性が迎えに来ていた。
「お疲れ様でございます、方伯閣下。北コーシニア支部長のカルロ・セルギオでございます」
ナギナ支部のクシルノ支部長と同年代と思われるその男性――セルギオ支部長は、そう言って由真たちに一礼する。
「早速ですが、こちらへ」
セルギオ支部長は、そう言って由真たちを連れて中に進む。
案内された先は、2階の支部長室だった。そこには、ユイナと衛が待っていた。
「お疲れ様です、ユマさん。こちらが、14人のステータスです。クラスは、皆さん女神様に変更の登録をいただいたものになっています」
ユイナは紙束を差し出した。
自分自身や晴美たちのものは何度も見てきた。
とはいえ、今目の前にあるものは、それぞれ本人とユイナしか知り得ないはずの「個人情報」になる。
自分は、彼らとは対等の「同級生」という立場でしかない。そんな自分が、踏み込んだ「個人情報」をのぞき見るべきではない。
そう思って、由真は、クラス、ギフト、スキルの欄だけ目にすると、すぐにタツノ副知事に手渡した。
タツノ副知事も、紙束に一通り目を通すと、そのままユイナに返す。
「コーシアギルドの生産技師は、機械装置、魔法装置、素材、土木、建築、農林の標準6分野に、雷動装置、浄化の2分野がございます」
タツノ副知事は、そう口を切った。
「コーシア県は、雷動装置産業が発達しておりますので、雷動装置が魔法装置から分かれております。また、古くから鉱山を抱えておりましたので、水の浄化に関する技術も発達しております」
そう言葉を続けると、タツノ副知事はセルギオ支部長に目を向ける。
「今回の14人の皆さんに関しましては、神祇官猊下が行われたステータス判定に基づきまして、アオキさん以外は皆さん技師に任官する方向で、本局に決裁手続の要請をしております」
セルギオ支部長は、手元の帳面を見ながら言う。
「旧C1班の皆さんに関しては、アベさん、サカイさんは雷動装置生産技師、カワイさん、ミズノさんは機械装置生産技師、マツカワさん、ミナミダさん、タダさんは魔法装置生産技師に任官することになると考えております。
旧C2班の皆さんは、コンドウさん、ドイさん、ヤマガミさんは機械装置生産技師、オキタさんは素材生産技師に任官する、と考えておりますが……」
セルギオ支部長の言葉がいったん止まる。
「エノモトさんは、クラスが『通信・雷信装置技師』ですが、『通信』であれば魔法装置、『雷信』ですと雷動装置となります。
オグリさんも、クラスは『鉄道車両技師』ですが、『雷動機制御基礎』や『情報機構基礎』というスキルもあり、雷動装置や魔法装置の適性もありますので、単純に機械装置生産技師としてよいか、ということもあります。
何より、アオキさんの『情報仮想機構技監』は、どのように扱うのがよいのか、我々には、皆目見当もつきません……」
これまでの制度の枠組みには収まらないクラスとスキルの主。
それをいかに扱うか。
それだけでなく、彼ら全体の今後の研修と仕事先の斡旋という課題もある。
これまで「C1班・C2班の14人」という集団として行動してきた彼ら。
元を正せば、それは召還後のステータス判定の結果を受けて、武芸担当のグリピノ神官が「Cクラスの男子14人」を2つに分けただけのものに過ぎない。
しかし、班編制から2ヶ月近くが経過して、彼らの中には仲間意識もあるだろう。
そのことも考慮しながら、彼らの当面の待遇を決めなければならない。
「旧C1班のみんなは、『雷動装置』、『機械装置』、『水晶制御』という以上には絞り込んでいないんですよね」
その7人は、対象が限定されるスキルも示されていなかった。
「そうですね。女神様からは御示唆もありませんでしたし、皆さんも特に申し出はありませんでした。オグリさんは、私の方から『お好きなものを選ばれては』と申し上げたら、鉄道を選ばれましたけど、C1班の皆さんは、そういうお話にもなりませんでしたね」
答えたのはユイナだった。
小栗は、特急「ミノーディア11号」を見て「連節」という言葉を口にした。
本人に鉄道への関心があり、それに対応したスキルが確認され、「鉄道車両技師」のクラスを選んだ。
それは、極めてまれなケースというべきだろう。
由真自身が、進路にも迷っていて、召喚されたら「ギフト『ゼロ』」という結果になっている。
ここに来る途中に副知事が言っていた「功を焦るべきではない」という言葉を思い出す。
C1班の7人にしても、ここで更なる選択を急ぐよりも、いったん研修を受けるなどして熟慮の機会を与える方がよいだろう。
「彼らが、今の状態でギルドに入ると、どうなりますか?」
「技師や技手の志望者……基本的に工科学院や大学工学部の学生ですが、ギルドでは、このような学生を対象とする4週間の実務研修を実施しておりまして、今月は7日から始まります。
こちらは、機械学科、魔法装置学科、雷動装置学科、素材生産学科のそれぞれごとに課程がございまして、この課程で実務に携わることで仕事先を固める向きも少なくありません。
これという仕事先をこれから見定めるということでしたら、そちらに参加していただくのが、一番よろしいかと思われます」
今度はセルギオ支部長が答える。
この世界の大学は、日本の高校に相当する15歳から18歳までの学校になる。
その学生とともに実務研修を受けて、打ち込む分野を考えていく。
それは、妥当な方向と思われた。
「すると、C1班のみんなは、そちらの方向でしょうか」
由真がそう言うと、セルギオ支部長は「それがよろしいかと」と答えた。
「旧C2班のみんなの場合、行き先も結構決まってる感じもしますね。こういう場合、より実践的な研修が受けられる場所というのは、どこかありますか?」
「コーシア車両工業というバソとトラカドを製造する会社が、コーシニア東部のトマスリナに工場を置いております。コンドウさんとドイさんは、そちらの現場で研修を受けられてもよいかと思われます。
オグリさんも、TA旅客のコーシニア車両基地で研修を受けていただくことができるかと思われます」
セルギオ支部長は3人の名を挙げる。
「ヤマガミさんの『制御』と『計測』に関するスキルも、コーシア車両工業で実習をされることも考えられます」
確かに、抽象的な「『制御』と『計測』」より、具体的な対象に取り組む方が実践的かもしれない。
「エノモトさんにつきましては、通信機器か雷信機器の工場に配属ということになろうかと思われますが……」
セルギオ支部長の言葉がそこで止まる。
「それは、違う工場なんですか?」
「片や通信水晶を使うもの、片や電磁波を発信させるものですので、工場は別になります」
答えたのはタツノ副知事だった。
確かに、そもそも原理が異なる以上、製造ラインは別々とされているのも道理だろう。
とはいえ、榎本のスキルは、「通信」と「雷信」の双方にわたっている。
その両者を包含する広義の「通信」の環境を向上させていくことを考えると、いずれか一方を選択させることは好ましくない。
「その……『通信』と『雷信』の両方を扱うような、そういうところは、ないのでしょうか?」
念のために、という思いとともに問いかける。
「強いて申し上げれば、ギルドの通信部門になります」
タツノ副知事がそう答えた。
「アクティア湖出張所のあの装置は、通信装置と雷信装置を一つにまとめたものですが、あれが配置されているのは、ギルドの支部と主要な出張所のみです」
アクティア湖出張所の食堂にあった装置は、確かに通信も雷信も送受信できた。
「ギルドだけ、なんですか? すると、例の全県同報通信は……」
北シナニア対魔大戦の際に、アスマ軍が使わせた機構。
内務省と全県庁の間で音声と動画のやりとりができるというそれは――
「あれは、内務省からの請負で、ギルドが運営しているものです」
タツノ副知事はあっさりと答えた。
「あの、ギルドは、県単位で『民間化』されたのでは……」
「県内の通信は各県のギルドに移行いたしましたが、県をまたぐ通信と雷信につきましては、『民間化』以降も冒険者局通信部が運営しております。それとは別に、通信と雷信の監督は、県間・県内を問わず、民政省通信局が所管しております」
通信と雷信の監督と実業。その双方を民政省が担当しているらしい。
「必要でしたら、御説明を調整します」
メリキナ女史が横から耳打ちしてきた。由真は「お願いします」と応える。
「そうすると、榎本君は、ギルドの通信部門で働いてもらう方向として……あとは、魔法装置か雷動装置か、どちらかを選ぶことになるのでしょうか」
「そこは、先ほども申し上げましたが、冒険者ギルドの生産技師の分野としては『魔法装置生産技師』が標準で、当県は、雷動装置生産が発達したため『雷動装置生産技師』が分かれたという経緯がございます。
ですので、魔法装置生産技師として任官して、雷動装置に関係する仕事にも取り組んでいただく、という方向も考えられます」
由真の問いにタツノ副知事が答える。
この民政省の大御所が認めるのであれば、その方向で大丈夫だろう。
「小栗君も、『鉄道』というところが決まっているなら、官職は機械装置の技師ということにして、雷動装置とかにも知見を発揮してもらう、という方向でいいと思いますけど……」
「そうですね。オグリさんは、クラスとして『鉄道車両』を選ばれていますから、官職の方を機械装置にしても、スキルが制限されるようなことはないと思います」
ユイナがそう答える。クラスの決定に関わった彼女が言うのだから間違いないはずだ。
「そうしますと、あとは、アオキさんの関係ですが……」
セルギオ支部長が、最大の懸案に言及する。
「『情報仮想機構技監』というものに任官する、というのは……お役所的には、不可能ですよね?」
まずそう問いかけてみる。
「……分野新設には、就労環境の実情に関する情報の積み上げなどが求められますので、作業だけでも、数年を要するものと思われます」
答えたのは、若手官僚であるメリキナ女史だった。「お役所」の実務に関しては、彼女が最も精通しているといえる。
「『情報機構』というのは、例の演算水晶を使うものですけど、そうすると……」
「演算水晶を使う装置については、通信水晶のものと同様に、魔法装置生産技師の担当になります」
今度はタツノ副知事が答える。
「そうなると……多少方向性は違っていても、魔法装置の技監に任官するしかありませんよね」
本来は、演算水晶を使うハードウェアに関するエンジニアの職だとしても。
ソフトウェアに関する新たな職を用意するには途方もない時間と労力を要することを考えると、関連性のある既存の職を使うのが合理的だろう。
「……確かに、仰せのとおりかと」
少しの間を置いて、タツノ副知事がそう応えた。
これで、全員に関する課題に解決の道が見えた。
「そうすると、任官とギルド登録の手続は、今後どのようになるのでしょう」
今後の具体的な手順について、由真は問いかける。
「生産者も冒険者も、任免は知事の稟請により民政尚書が奏薦して行われ、事務は冒険者局が担当しております。
技監はA級官で、本来勅許が必要とされていますが、陛下はアスマについては公爵殿下に委任されています。技師はB級官で、アスマでは尚書府長官としての殿下が任官を行うことになります。
ギルド登録は、各ギルドが行いますので、皆さんが差し支えなければ、コーシア冒険者ギルドで登録いたします」
タツノ副知事が答える。
「冒険者局内の手続は、能力と実績の査定が主になります。アイザワ子爵やシチノヘ理事官の場合は、神祇官猊下のステータス判定がありましたので、局内は小一時間程度で終わりました。
尚書府は、B級官の任免も殿下が御覧になりますが、官房長に話が通っていれば、こちらもすぐに終わります」
メリキナ女史がそう補う。
晴美たちを冒険者や理事官・管理官に任官したときの実務から、彼女が関わっていたらしい。
そして、「神祇官猊下のステータス判定」があれば、手続は相当迅速に済む。
「それでは、ここまでの御指示に従い、……アオキさんは魔法装置生産技監、アベさん、サカイさんは雷動装置生産技師、カワイさん、コンドウさん、ドイさん、ミズノさん、オグリさん、ヤマガミさんは機械装置生産技師、エノモトさん、マツカワさん、ミナミダさん、タダさんは魔法装置生産技師、オキタさんは素材生産技師に任官する方向で、本局に決裁を要請いたします」
セルギオ支部長が手元の帳面を見ながら言う。
由真は「よろしくお願いします」と応えた。
対象を絞り込んでいない人たちから、前例がない上にハイレベルなスキルの主まで、多種多様な14人。
その処遇を巡る方針が、ようやくまとまりました。