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435. 北コーシニア支部に日帰り (1) 急行

ユイナさんから14人のスキルやクラスを聞いた主人公は――

「閣下、神祇官猊下のお話は……」

 そう問いかけてきたメリキナ女史は、ヘッドホンを装着していなかった。


「あの14人のステータス判定が終わって、全員が『技師』の方向にクラスを変えたんだそうです。ただ、ほとんど全員が、スキルは『基礎』で、実習のたぐいが必要らしいんです。ユイナさんは、それで、僕の考えを聞きたい、という話でした。

 僕としても、自分の責任で彼らをこっちに引っ張ってきた以上、仕事先を見つけるまできちんと世話をしないといけない、とは思ってて……それで、今日の午後は空いてるので、これからコーシニアに行った方がいいか、と……」

 ユイナとのやりとりを聞いていなかった相手に、その要点を答える。


「閣下のコーシニアへの御移動は、6日、慰霊祭の終了後に、タミリナ駅から、と想定しておりました」

 メリキナ女史は、そんな言葉を返してきた。


「明日2日は、10時からカプリノ陸運総監、パスフレト副総監にTA旅客のリフティオ社長、TA貨物のモナリオ社長、ベニリア鉄道のヤマナ社長から鉄道関係の御説明、13時半からヴィルニオ副知事とカルミスト民政局長がアトリア冒険者ギルドについて御説明の予定となっております。

 明後日以降につきましては、御視察の可能性もあろうかと思い、現時点では予定を空けております。先ほどのお話からしますと、旧サイティオ郡の治水、それにヨトヴィラ市の市政全般などは、優先度が高いものかと思いました。

 ただ、そこは、明日以降、閣下がフォルド副知事に御指示されると認識しておりました」


 その淡々とした言葉で、由真は重大なことに気づかされた。


 メリキナ女史は、いくら優秀な人物ではあっても、「秘書官」でしかない。

 アトリア市の長として判断し行動するのは、あくまでも「知事」である由真の責務だった。


「北コーシニア支部に早期に入られる、ということであれば、確実に時間が確保できますのは、確かに本日の午後のみになります」

 メリキナ女史は、そう言葉を続ける。


「そうですね。ヨトヴィラ市の工業地帯は、早期に見に行きたいと思っていました。旧サイティオ郡の関係も、とりあえず、治水の担当の部署から詳しく説明を聞いて、対策を考えないといけませんし……明日以降、できるだけ早く、どちらも手をつけたい、と思っています。

 ただ、14人の関係も、彼ら全員と面談する時間まではとれないとしても、セレニア神祇官とは直接話さないといけない、と……」

 由真は、当面の3つの課題について口にする、


「お求めであれば、午後に発つシンカニオを往復で手配いたします」

「お願いします。僕は、旧サイティオ郡とヨトヴィラ市の関係を、市庁に申し入れます」

 メリキナ女史の言葉に、由真はそう応えた。


 メリキナ女史は、例の水晶板を持って、通信室の奥にある雷信室に入る。


「閣下、市庁は、どちらをお呼びいたしましょうか」

 傍らに控えていたネストロ用務主任が問いかけてきた。


「……フォルド副知事をお願いします」

 由真は、一瞬迷ってから、知事代理として全体を統括しているフォルド副知事を指名する。


 ネストロ用務主任が通信を接続している間で、由真はヘッドホンを装着する。


『フォルドでございます。お疲れ様でございます、知事』

 フォルド副知事の声が聞こえてきた。


「明日以降ですけど、先ほどのお話も伺って、旧サイティオ郡の治水の関係、それにヨトヴィラについては、現地視察も含めて、状況を詳しく知りたい、と思いまして」

『なるほど。旧サイティオ郡に関しましては、基盤局に説明に備えるよう指示しております』

 さすがに老練な高級官僚だけあって、先ほどの説明から「知事の御関心」を部下たちに指示していたらしい。


『ヨトヴィラの方は、市長を呼び出しましょうか』

 そんな言葉が続き――由真はさすがに焦る。


 人口450万人の市の長を、自らへの説明のために「呼び出す」。

 さすがに気が引ける話であり、それに――

 

「いえ。その、実は、こちらで、いささか考えていることもあって……」

『考えていること、と、おっしゃいますと……』

「ヨトヴィラ市には、魔法油精製工場とゴムノの工場がある、という話でしたけど、そこを見学させてもらえないでしょうか。

 もちろん、都合が取れるなら、ヨトヴィラの市役所なども含めて、訪問なり視察なりはしますので」


 どうにか、その「意思」を言葉にすることができた。


『かしこまりました。取り急ぎ調整の上、明日には御報告いたします』

 フォルド副知事は、そんな言葉を返してくれた。



 程なく、メリキナ女史が雷信室から戻ってきた。


「閣下。アトリア西駅14時発の『コーシア27号』と、コーシニア中央駅18時半発の『白馬12号』の、二等乗車券と二等特急券が確保できました。私も同行いたします」


 往路の「コーシア27号」がコーシニア中央駅に到着するのが15時40分で、3時間近く滞在できる。


「そうしますと、お帰りは……」

 傍らのネストロ用務主任が問いかけてきた。


「えっと……午後8時を回ります。夕食は、列車で済ませます」

 由真は――間投詞を挟んで呼吸を置いてから――ネストロ用務主任に答える。


「かしこまりました。御昼食は、書斎の方にお持ちすればよろしいでしょうか」

「それは……2階まで運ぶのは、大変ですよね?」

「食器のたぐいは、荷物昇降機に載せて運びますので、さほどの負担はございません」


 ――「荷物」に関しては昇降機(エレベーター)まであるらしい。「荷物」と限定しているということは、人は乗らない前提なのだろうが。


 2階の書斎に戻ると、野菜麺が2人分用意された。

 メリキナ女史とともにそれを食べて、小型背嚢に筆記用具だけを入れて、午後1時過ぎに出発する。


「休暇中の扱いではありますが、知事車を手配いたします」

「あ、いえ、メリキナさんが普段使ってるものに、僕も乗りますから」

 メリキナ女史の提案を、由真はそう言って断る。


 21世紀に生まれ育った由真は、「休暇中」に「公用車」を使う気にはなれなかった。

 その「メリキナさんが普段使ってるもの」は、市庁からアトリア西駅前を経て、アトリア宮殿に至る定期バソだった。

 内装は、セントラで乗ったものより広い乗合バスで、2人並んで座っていくことができた。


 アトリア西駅を14時ちょうどに発車した「コーシア27号」は、15時40分にコーシニア中央駅に到着した。

 ホームに降りると、タツノ副知事が待っていた。


「お疲れ様です、閣下」

 午前中にも話した副知事は、そう言って頭を下げる。


「お疲れ様です、副知事。あの、どうして、こちらに……」

「私は、『白馬9号』で2時前に県庁に戻ったのですが、閣下が来られるという雷信の他に、神祇官猊下からも県庁の方に雷信をいただいておりましたので」


 ユイナもタツノ副知事に連絡していたらしい。


「ともかく、時間もありませんので、こちらへ」

 そう言ってタツノ副知事は階段の方に由真たちを誘導する。


 自動改札を抜けると、駅前に小型バソが停車していた。

 タツノ副知事に由真、メリキナ女史が乗って、そのバソは出発する。


「14人が『技監』や『技師』のクラスを持っているとなりますと、就業斡旋は、ギルド本部に、県庁民政部、商工部も関わるレベルのことになります。それであれば、私1人が出るのが最も手っ取り早い、と思いまして」


 確かに、タツノ副知事はコーシア冒険者ギルドの理事長でもある。迅速な対応という点からは、彼が臨むのが最善だろう。


「それに……『勇者の団』で虐げられていた彼らのことは、私にとっても他人事(ひとごと)ではありません」


 確かに、召喚直後の「勇者の団」で斥候兵扱いされていて、アスマに移ってからは土木技師・政治家として立身出世を果たしたタツノ副知事にとっては、今の14人に自らの境遇を重ねるところもあるのだろう。


「副知事は、オルヴィニアに移って、ギフトが再評価された、という……」

「はい。実は、ナイルノ神祇官……今の長官台下の祈祷で、クラスも『工兵』から『土木建設技監』に変更されました」


 当時から、カンシアのステータス判定は軍事に偏っていたらしい。

 それでも、ミノーディアの都オルヴィニアでは「土木建設技監」という新しいクラスを得ている。


「そういえば、長尾男爵も、Bクラスだった、と……」

「長尾は、アスマに移った時点で30歳でしたから、ステータス再判定やクラスの変更などはしておりません。ただ、その金融家としての才覚が、こちらで発揮されたのは、紛れもない事実です」


 カンシアでは、その才能が軍事的な観点から過小評価されていた。

 そして、埋もれていた才能が、アスマに移って発揮された。


「あの14人も、副知事と長尾男爵には及ばないにしても、こちらで能力が発揮できそうなのは、何よりです」

「それは……半世紀を経て、高度化した技術を知る人々ですから、我々の世代よりも更に、その能力を発揮していただけるものと、そう思います」

「そうですね……今日の時点で、みんなの進路を決めきるのは、難しいと思いますけど……」

「それは、功を焦るべきではない、と……70歳を過ぎた年寄りとしては、そう思います。皆さん未だ10代です。進むべき道を慎重に選ぶ、それだけの時間もありますし、今決めた道でも、今後変えていくこともできますから」


 その言葉は――未だ16歳の由真にとって、心に強く響くものがあった。

 ここで焦る必要はない。ただ、将来を適切に選べるよう、環境を整えてやることを何よりに考えるべきだろう。


「そう……ですね。肝に、銘じます」

 由真は、この副知事に、そんな言葉を返した。

副知事もあえて出迎えに来ました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついついストーリー上登場数の多い人やC班と面識のある人で相談役を考えてしまってましたが、頼りになる御人が居ましたね。 由真にとってと言うだけでなく、C班の面々にとっても、召喚されて以来のほ…
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