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434. ユイナとの通信 - 14人のステータスを巡って

14人のステータス判定が終わったところで、主人公に視点が戻ります。

 知事公邸居住区画に戻った由真は、背嚢が置いてある寝室の方に入った。


 棚が据えられた物置が備えられていたため、水筒、ランタン、火起こし、方位磁針、紐、ナイフに革幕は、そちらに収納した。

 棍棒は、常に使えるようにベッドの傍らに立てかけておく。


 それから、手元にある書籍を隣の書斎に移す。


 本棚に収納されたのは、アスマ州総図、アトリア市地図帳、コーシア県地図帳の地図3組、TA旅客の時刻表、アトリア冒険者ギルド消防本部の年次報告書、そして『鬼ごろしの生涯(上)』、『鬼ごろしの生涯(下)』、『若き英雄の悲劇 鬼ごろし2世の生涯』の伝記3冊で、合計8冊だった。


(まだまだ、本は足りないな)


 先月――晩夏の月は、前半は北シナニア対魔大戦、後半はカンシア出張で、本を入手する機会がなかった。

 ここに腰を据えて、アスマの社会や経済のために働き、そしてカンシアの貴族たちと戦っていく。

 そのためには、もっとこの世界を知る必要がある。

 まだまだ、本は圧倒的に足りない。


 そんなことを思っていたところに、扉がノックされた。

 由真が「はい」と応えると、ネストロ用務主任とともに、メリキナ女史が姿を現した。


「ジーニア支部の宿舎引き払い手続は、神祇官猊下とセンドウ男爵以外の皆さん完了いたしました。それと、閣下のお住まいがこちらの知事公邸になる旨は、コーシア県庁、北シナニア県庁、ナスティア市役所に通知してあります」

 メリキナ女史は、そう口を切る。


「それで、神祇官猊下から、先ほど知事宛として雷信がありました」

 そう言って、メリキナ女史は由真に紙を差し出した。



初秋の月1日11:18受信


アトリア市知事 コーシア方伯ユマ閣下


 お疲れ様です。

 旧C1班・C2班の14人のステータス判定とクラス変更登録は無事終了しました。

 生産者として任官しギルド登録することになると思われますが、この件について相談できればと考えています。

 こちらは北コーシニア支部におりますので、時間ができましたら通信をいただけると幸いです。


大陸暦120年初秋の月1日

セレニア神祇官ユイナ



 14人のステータス判定とクラス変更が終わった。

 その件を巡る相談は、雷信のやりとりでできることではない。


 知事公邸の通信室は、渡り廊下で結ばれた集会区画の1階にあった。


「こちらは、市庁の通信室とつながっております。カルセロ前知事は、邸宅からの通信を好まれませんでしたので、こちらは、主に用務係の連絡に使っておりました」

 ネストロ用務主任は、そう言ってから市庁の通信室を呼び出し、コーシア冒険者ギルドの北コーシニア支部との接続を指示する。


「神祇官猊下につながるそうです」

 そう言われて、由真はヘッドホンを装着してマイクに向かう。


『ユマさん、お疲れ様です』

 ユイナの声が聞こえる。


「ユイナさん、お疲れ様です。ステータス判定、終わったんですね。どんな感じだったんでしょうか」

 由真は、挨拶を返してから問いかける。


『基礎レベルの方は、皆さん変化が見られませんでした。むしろ、『マ』は弱まってましたから、セプタカにいた1ヶ月で、食環境は相当ひどかったように見受けられました』


 やはり、彼らの置かれていた環境はひどく厳しかったらしい。


「それは、こっちで、環境が改善されれば、多少は上がったりする感じですか?」

『とは、思います。ただ、皆さん、大なり小なり、生産関係のスキルをお持ちでしたので、大地母神様の推奨で、そちらの方向にクラスは変えられましたね』

 ユイナは、そう言って本題に話を移した。


「というと、どんな感じなんでしょうか」

『C1班は、アベさん、サカイさんは『雷動装置技師』、カワイさん、ミズノさんは『機械装置技師』、マツカワさん、ミナミダさん、タダさんは『水晶制御技師』を選ばれました』


 ユイナが列挙したクラスは――


「『管理者』じゃなくて、『技師』なんですか」

『ええ。スキルのたぐいが技術寄りの場合は、『技師』が推奨されます。ユマさんが持っている『都市技監』の『技監』が、その上位クラスですね』


 確かに、由真が最初の時点で選択したクラスには「都市技監」というものもあった。


『C2班の方は、コンドウさんが『輸送車両製造技師』、ドイさんが『原動機技師』、エノモトさんが『通信・雷信装置技師』、オキタさんが『素材鑑定技師』、オグリさんが『鉄道車両技師』、ヤマガミさんが『機械制御装置技師』に限定されていますね』


 続けて列挙されて、一瞬聞き逃しかけたが――


「え? 沖田君も、生産の方向なんですか?」

 由真はそのことに気づいてユイナに問いかける。


『ええ。オキタさんは、『(つるぎ)取る(つわもの)』と『鑑定人』のデュアルギフトを持っていて、『鑑定』の方で『素材鑑定技師』を選ばれてますね』


 沖田は、剣術に関するギフトも持っていた。


『怪我の後遺症、というお話はお聞きしていましたし、実際、大地母神様からは、療養後のステータスのお示しもありました。基礎レベルは24でしたし、『(つるぎ)取る(つわもの)』もAクラスギフトだったんです。

 けど、オキタさんは、『ニホンの剣とは勝手も違う』とおっしゃってました』


 確かに、この世界の剣は西洋剣の形状で、日本刀を前提とした剣術・剣道の技量をそのまま転用するのは容易ではない。

 晴美はドイツ剣術の心得があり、衛と和葉はその晴美からドイツ剣術の基礎を学んでいた。

 先代「勇者」マリシア公爵やタツノ副知事は、日本の剣道の心得でこの世界の剣にも対応した――とはいえ、怪我の後遺症が残る沖田は、同じ道を選ぶつもりにはなれなかったということか。


『オキタさんは、『鑑定人』のギフトもAクラスで、スキルも『金属類鑑定術基礎』と『樹脂類鑑定術基礎』が両方ともレベル6でしたから、そちらを選ばれたみたいです。結局、クラス『素材鑑定技師』もレベル26でした』


 沖田本人が望んだその方向で、「レベル26」のクラスが認められたのなら、他人が異を唱えるべきではないだろう。

 そして、「金属類」と「樹脂類」の双方の「鑑定術基礎」があるということは、例えば、香織が構想する石油からの高分子化合物生成から「プラスチック」の技術を確立することにもつながる――


『それと、実は、カンシアにいたときには、私にも開示が許されていなかったギフトとスキルがあったんです』


 その言葉で、由真は我に返った。


「ユイナさんでも? というと……」

『実は、あちらでは、王国軍が海軍を乗っ取って、提督は王国軍の将軍とか士官がなっています』


 ――それは、セントラを出発する前夜にサニアからも聞かされた話だった。


『それだけじゃなくて、王国軍は、海軍にいる通信士官を、陸に回して検閲をやらせているんです。それで、軍神ナルソ様は、『海軍の通信の機能を損なってはならない』とお考えになっているんです。けど、神託を下されても、長官台下以外は聞くこともできず、長官台下の御言葉にも耳を貸す人がいないという状態なんです。

 ナルソ様は、それにひどくお怒りになって、情報関係と通信関係のギフトとスキルは、誰が祈祷しても秘匿する、と、そうお決めになられていたそうなんです』


 思いも寄らない話だった。


 モールソ神官は、晴美たちを「追放」しようとして軍神ナルソを頼った。

 軍神ナルソの影響力が強いベルシア神殿は、旧C3班の女子6人のステータスを完全に見誤った。

 アスマ公爵王都邸宅を包囲したメレスコ衛兵将軍も、軍神ナルソのアマリトに頼み傲岸不遜な態度を貫いていた。


 軍神ナルソは、ギリシア神話のアレースのような野蛮な神、あるいは災いのみをもたらす禍神のたぐい――とすら由真は思っていた。

 しかしそのナルソは、「海軍の通信の機能を損なう」という蛮行に対して、是正させるための神託を下そうとした。

 その神託に対してカンシア貴族たちが聞く耳を持たない状態が続くに及び、「情報関係と通信関係のギフトとスキル」の閲覧禁止にまで踏み切っていた。


(さすがに、『三主神』の一柱……ってことか。考え直さないといけないな)


 神格と信者は分けて考えるべきだろう。

 その神格を崇敬する人々にしても、カンシア貴族たちだけではなく――


『それで、アオキさんが、情報の……』


 ユイナのその声で、由真は再び我に返った。


「あ、ユイナさん、済みません、ぼうっとしてました。それで、青木君が、いったい……」

 由真は、慌ててユイナに応える。


『……はい。アオキさんが、『情報の()(びと)』というSクラスギフトも持っていて、『情報仮想機構』というものに関係するスキルも持っていた……というのが、今回、初めてわかったんです。

 それで、女神様の推奨で、クラス『情報仮想機構技監』、レベル33で登録されました』


 そう口にするユイナは、「情報仮想機構」という言葉を理解できているようには思われなかった。


 由真にしても、それが「情報システム」のたぐいを指しているのだろうとは察しがつくものの、それをユイナに説明できる自信は持てない。


『それに、エノモトさんも、ギフト『通信の匠』も持っていて、それにスキルも、『通信術基礎』と『雷信術基礎』がレベル5、『通信装置製作術基礎』がレベル6、『雷信装置製作術』がレベル7でした。

 特に『雷信装置』は、基礎スキルでもない上に高レベルだったんですけど、それも、あちらにいたときには秘匿されていたんです。

 もちろん、こんなスキルを持っている、なんてことがカンシアでわかったら、問答無用で検閲部門行きですけど……』


 ユイナがそう認識する。その程度には、王国軍は「通信員」を貪欲に集めて検閲に血道を上げているのだろう。


「そんなスキルが、アスマ(こっち)だと判定できたんですか」

『ナルソ様は、ユマさんの力でカンシアの影響力は制限されていて、特にアスマには、カンシア(あちら)の力はもう及ばない、だから、ユマさんと関係者のスキルは開示する、と仰せでしたね』


 他ならぬ自分に対する評価によって、軍神ナルソはスキルの閲覧制限を解除したらしい。

 悪意すら抱いた自分を、軍神が評価していた、というのは、さすがに申し訳が立たないだろう。


「それで、彼らは、これからどうなるんでしょう」

 由真は、目下の最優先課題に話題を移す。


『実は、そこを御相談したいと思ってまして』

 ユイナは、そんな言葉を返してきた。


『今回は、アオキさん以外の皆さんは、クラスが『技師』になりましたから、ギルドでも技師に任官して登録していただくことになります。

 ただ、C3班の皆さんの場合、こちらでは専門の研修とか教育とかができない分野でしたし、皆さん、すぐにお仕事にかかられましたけど、C1班とC2班の皆さんの場合、アオキさんとエノモトさん以外は、皆さん『基礎』のスキルしかないので、これから実習が必要になります』


 旧C3班の6人は、「化学」の香織も含めて、すぐさま「仕事」に取りかかった。

 しかし、今回の14人は、ほとんどが「実習」が必要になるらしい。


「瑞希さんみたいには行かない、っていうことですか」

『ミズキさんも、ベルシア神殿にいた頃は『基礎』スキルでしたけど、セプタカで工房に入ったら、その日のうちに順応していて、こちらで判定したときには『基礎』スキルではなくなってましたから』


 セプタカにいた頃に取り組んだ「仕事」が、瑞希にとっては「実習」の代わりになったということだろう。

 しかし、旧C1班・C2班の14人は、スキルが活用できるような「仕事」には従事していなかった。


『それで、ユマさんも、生産の関係は、いろいろお考えもあるでしょうから、どうしたものか、と……』


 カンシアに向かう前には、C1班・C2班の中から理工系の人材が獲得できないか、とは思っていた。


 とはいえ、その「C1班・C2班」の全員がコーシニアに入り、しかも全員が「技師」にクラスを変更するというのは、さすがに想定を大きく超えていた。


 もとより、自らの責任で彼らを引き取った以上、カンシアにいた頃の「不遇」から救済して「能力を活かした生活」を保証するのが当然の筋だった。

 その判断は、300キロ離れた場所からできることではない。

 コーシニアに入るには、最低でも半日を要する。それができる時間は――


「それは……これから、ちょっとそっちに行きます」

 由真は、そんな言葉を口にしていた。


『え? 今から、コーシニアに……ですか?』

 ユイナは、当惑をあらわに問いを返してきた。


「ええ。少なくとも、青木君の件は、通信でできる話でもなさそうですし、それに、北コーシニア支部の方に、僕も一度は顔を出しておいた方がいいかな、と。

 今日は、引っ越しの関係で、午後は丸々休みですけど、明日からは、いろいろ忙しくなりそうですから」


 そこで顔を上げると、ちょうどメリキナ女史と目線が合った。


「とりあえず、メリキナさんと相談します」

 そう言葉を続けると、ユイナは「わかりました」と応えた。

通信の最中にも物思いに入ってしまい、ユイナさんの声で2度ほど我に返る状態では、直接会って話すべきところでしょう。

幸い、この日の午後は空いていますので…

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― 新着の感想 ―
[一言] ちゃんとまとめずに感想を書くとこうなる、と言う典型例をかましてしまいました。 ご指摘の通りアスマでの事柄は由真単独ではわかりかねるので、ユイナさん、 さらにできるならばより詳しそうな女史に…
[良い点] 確かに青木君に関してもそうですが、他の面々にしても技能等絞った上で推奨されたクラスとはいえ、実際日本にいた時どんな進路を考えていたか、とかアスマではどんな業務体系かなど由真、本人、ユイナさ…
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