432. 青木修介のステータス
これまで不遇の身だった青木君。彼のステータスが、今回示されます。
セレニア神祇官は8時40分にロビーに姿を見せた。
彼女は――青木たちがいつも見ていた黒ではなく――えんじ色の服を着ていた。
他の面々も徐々に集まり、9時まであと5分というところで全員そろった。
「皆さんそろいましたね。それでは、これからステータス判定を行います」
セレニア神祇官はそう言って歩き出す。
その後ろに続いた14人と仙道は、2階の1室に通された。
そこは、女神像が据えられた礼拝堂だった。
「こちらは、この支部の礼拝堂です。ステータス判定と、その結果を受けたクラスの変更は、大地母神様への祈祷になりますので、こちらの方で行います」
以前のステータス判定も、召喚された神殿の聖堂で行われた。
今回も、同様の場所を使うらしい。
となると、その手順は――
「それで、これまでは、礼拝堂に皆さん並んで判定を受けていただきましたけど、今回は、ここの礼拝堂に皆さん並んで……というのだと、ちょっと手狭になりますので、皆さんお一人ずつ、こちらに来ていただく形にします」
――これまでは、全員がそろった状態で受けていたものが、今回は「お一人ずつ」になる。
「控室を2室確保していただきましたので、2班に分かれて、控室に入って待っていてください。アルファベタ順にお呼びしますので」
2班に分かれて、と言われて。
結局、14人はC1班とC2班に別れて、控室とされた小会議室に入った。
呼び出されるのは、2年F組の出席番号――日本語の五十音順のそれではなく、アルファベタ順――ローマ字のそれと同じ文字で同じ順番だった――になる。
2年F組の出席番号は、1番が相沢晴美、2番が青木修介、3番が秋本礼夫、4番が浅野紀之、5番が阿部清と続いていた。
相沢晴美は盛夏の月にアスマに移っていて、秋本と浅野はB2班のためカンシアにとどまっており、阿部はC1班だった。
アルファベタ順となると、青木と阿部の順序が逆転する。
まず阿部がステータス判定を受ける。
それが終わってから、青木は礼拝堂に呼ばれた。
女神像の前に、机を挟んで向かい合う席があり、女神像側にセレニア神祇官が座っていた。
机の上には、大きな水晶玉が載せられていて、その両側に水晶板が置かれている。
「アオキさん、こちらにおかけください」
そう言って、セレニア神祇官は机を挟んで反対側の椅子を指す。
「あの、アオキさんには、ベルシア神殿では、不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って、セレニア神祇官は青木に頭を下げた。
「あの、ベルシア神殿……っていうのは……」
「皆さんが召喚されて、途中まで初期教育を受けられてたところです」
青木の上げた声に、セレニア神祇官はそう答える。
「それで、アオキさんは、いつも、ハルミさんの次になってしまって……」
2年に進級時の文系・理系のコース分け。
理系クラスで、理科は必修化学に選択物理、地歴は地理を選択した青木は、2年F組に配属された。
そのクラス名簿を見て、「1 相沢晴美」の次に「2 青木修介」とあるのを見たときから、彼は強烈な比較対象の存在を意識させられた。
名簿の一番下に掲げられた「40 渡良瀬由真」とは異なり、連番となるとどうしても意識せずにはいられない。
実際、2ヶ月遅れの始業式の直後は、青木は相沢晴美の真後ろの席を割り当てられて、その後ろ姿にも畏怖を覚えていた。
そして、この異世界召喚の結果。
定期的に行われるステータス判定で、「デュアルSクラスギフト」の相沢晴美に続いて呼ばれた青木は、衆目の中で「Cクラス」と評価されてきた。
それに不満がないはずはない。しかし――
「それは、仕方ないですから……」
――結局、そう言うしかない。
相沢晴美の才能を恨むのは筋違いであり、セレニア神祇官も単に与えられた仕事をしているだけだった。
「今回は、皆さんお一人ずつ判定を行いますので、安心してください」
他の面々にステータスを知られ、まして嘲笑されるようなことはない。
情けない話とはいえ、「安心できる」のは確かだった。
「それでは、こちらに、手を添えてください」
そう言われるがままに、青木は水晶玉に手を添える。
NAME : シュウスケ・アオキ
AGE : 16 (12 UA / 103 UG)
SEX : 男
LV : 7
STR : 30
DEX : 30
AGI : 30
VIT : 30
INT : 170
MND : 130
CLASS : 衛兵 LV 2
GIFT : 町の番人 (C) //
SKILL
標準ノーディア語翻訳認識・表現総合 LV 6
光系統魔法 LV 4
火系統魔法 LV 3
経営学 LV 5
計数管理術 LV 3
地理学 LV 3
( )
久しぶりに見た「ステータス」は、「レベル7」に「衛兵レベル2」のままだった。
ただ、光系統魔法は「レベル3」から「レベル4」に、火系統魔法は「レベル2」から「レベル3」になっている。
そして、「生産」に関しては、「経営学」と「計数管理術」がある。
「それで、アオキさんのこのステータスですけど……」
セレニア神祇官が口を切り、青木は顔を上げる。
「ギフトの斜線と、スキルの括弧は、私も、今まで見たことがなかったんです。けど、ベルシア神殿にいるときは、これを女神様にお尋ねできずにいて……」
華麗なステータスを誇る相沢晴美に続く「Cクラス」の青木。
彼のステータスに多少奇妙なところがあったとしても、それを追求できる空気ではなかった。
「今回は、余裕もありますから、女神様にお伺いをしてみます」
そう言うと、セレニア神祇官は背後の女神像に向き直る。
「女神様、セレニア神祇官ユイナがお尋ねいたします。シュウスケ・アオキ殿のギフトの斜線2本、そしてスキルの括弧、これはいかなる意味のあるものなのでしょうか」
すると、女神像が見えない光を帯びたように感じられた。
「セレニア神祇官ユイナを認証しました。シュウスケ・アオキを認証しました」
剣と魔法の異世界には不似合いの機械的な声。その声を聞くのは、召喚されて「クラス」の登録が行われたあの日以来だった。
「それらはいずれも、軍神ナルソの申し出により、カンシアにおける閲覧を一切禁止させていたものです。これについては、軍神ナルソをして答えさせます」
そんな言葉とともに、今度は水晶玉が見えない光を帯びる。
「我ナルソより、セレニア神祇官ユイナに答える」
水晶玉から男性の声が聞こえてきた。
その声は――セプタカの砦で、モールソ神官が相沢晴美たちを「追放」しようとしたときに、青木も傍らで聞いていた。
「現在のカンシアは、我の意に反する軍備の改変を進めている。ことに、海軍を蹂躙し、その通信士官を陸上の検閲部隊に配置した。
我は、海軍力を維持し、その骨髄というべき通信の機能を損なわぬよう、たびたび神託を下した。しかし、神祇長官以外の者は、それを聞くことも能わず、神祇長官の言にしても、今の王国には、国王のほかに聞く者もおらぬ」
現在の王国で、国王の意向をも無視して軍と貴族たちが暴走していること。
それは、あの詔書などから、青木も漠然と知っていた。
「よって我は、情報関係、及び通信関係のギフトとスキルについては、問答無用で閲覧を禁止する旨、大地母神様に御了解を賜った。セレニア神祇官、たとえ卿が祈祷しようとも、これらについて、カンシアにおいては閲覧は認めない。
しかし今、コーシア方伯ユマによって、カンシアの影響力は制限されつつある。ことに、ここアスマにおいては、ユマの意に反してカンシアの者どもが権力をほしいままにすることは、もはや不可能であろう」
――「コーシア方伯ユマ」の力。それは「カンシアの者ども」に十分対抗できるものとして、軍神も認めるに至った。
「現状においては、ユマ自身、そしてその朋友と認められる者については、情報関係ないし通信関係のスキルを開示しても差し支えない、と我は判断した。
よって、ここに、シュウスケ・アオキのステータスに関する閲覧制限を、全て解除する」
その言葉とともに、今度はステータスが表示された水晶板が見えない光を帯びた。
そして現れたのは――
NAME : シュウスケ・アオキ
AGE : 16 (18 AP / 103 UG)
SEX : 男
LV : 7
STR : 30
DEX : 30
AGI : 30
VIT : 30
INT : 170
MND : 130
CLASS : 衛兵 LV 2
GIFT : 町の番人 (C) // 情報の守り人 (S)
SKILL
標準ノーディア語翻訳認識・表現総合 LV 6
光系統魔法 LV 4
火系統魔法 LV 3
経営学 LV 5
計数管理術 LV 3
地理学 LV 3
(以下極秘)
情報仮想機構学 LV 8
情報処理仮想機構制御法 LV 9
情報蓄積仮想機構制御法 LV 8
情報通信仮想機構制御法 LV 7
情報仮想機構防御法 LV 8
情報仮想機構管理法 LV 5
「これはっ……」
セレニア神祇官が息を呑む。
「シュウスケ・アオキの持つ情報関係スキルを分類表示したものです」
今度は、最初に答えた女性の声が返ってきた。
「女神様、この、『情報仮想機構』というのは、いったい……」
「演算水晶、記憶水晶、通信水晶を組み合わせて情報の処理を行う装置、その『情報機構』に、あなたたちは光系統魔法の術式によって所定の機能を持たせていますが、これを仮想的な機構のように利用できるもの、それが『情報仮想機構』です。
異世界『ニホン』では、そのような機構が高度に発達を遂げており、シュウスケ・アオキは、これを御する高いスキルを持っている、ということです」
セレニア神祇官の問いに対して、女性――女神は、淡々と、しかし蕩々と答える。
「はあ、術式を、仮想的な、機構のように、ですか……」
セレニア神祇官は、眉をひそめて首をかしげて、当惑をあらわにしていた。
他方で、当の青木は、その言わんとするところは察しがついた。
(それ、『情報システム』……だよな……)
小学校3年生の夏、Scratchでプログラミングというものに触れた。
ブロックの組み合わせにはすぐに飽き足らなくなって、html、CSSと併せてJavaScriptを学んだ。
以来、小学校時代の主な「おもちゃ」は、インターネットのホームページ作りだった。
小学校6年生に上がった春に、背伸びをしてCに手を伸ばして、苦労しつつも徐々にコードを書けるようになった。
流行りのPythonは、後付けで学習できる。
そう考えて、オブジェクト指向言語は腰を据えてJavaに取り組んだ。
その延長で、SQLも一通り身につけた。
高校に進学してから、社会的な資格を取得した方がよいと考えて、基本情報技術者試験を受験した。
プログラミングやコンピュータシステムなどのいわゆる「テクノロジ系」だけでなく、プロジェクトマネジメントなどの「マネジメント系」、更に経営戦略、技術戦略、企業活動などの「ストラテジ系」なども出題される。
試験対策のサイトで見た参考書と過去問題集をネットで購入して「受験勉強」に取り組んだ。
10月に実施された試験は、午前は「マネジメント系」と「ストラテジ系」もどうにか得点して、午後はプロジェクトマネジメントやシステム戦略の選択問題を避けて、プログラミングはJavaで得点して、結果合格を果たした。
元から表示されていた「経営学」と「計数管理術」は、おそらくその試験対策で得た知識によるものだろう。
「それは……確か、ユマさんが、御関心の……」
セレニア神祇官がもらした言葉で、青木は我に返る。
「女神様、私は、その『情報仮想機構』というものについて、想像を巡らせることも難しく……」
「それについては、あなたの言ったとおり、コーシア方伯ユマが、その活用について深い関心を有しています。シュウスケ・アオキの処遇とスキルの活用については、彼女と話し合うのがよいでしょう。
この場では、クラス『情報仮想機構技監』の登録を推奨します」
セレニア神祇官の問いに、女神はそう答えた。
「と……いうことですけど、アオキさん……」
セレニア神祇官は、そう言いつつ女神像から青木の方に向き直る。
「えっと、その、『技監』っていうのは……」
「あの、こちらでは、生産者のうち、スキルや能力が技術寄りの人は、クラスが『技師』か『技手』になります。『技師』は、高度な知識を持っていて、『技手』を指導できる人です。
そして、それよりもっと高度な知識があって、『技師』も指導できるような人は、クラスが『技監』になります。
それと、ギルドでも官庁でも、A級が『技監』、B級が『技師』、C級が『技手』になります」
要するに、エンジニアの最上位階層ということだろう。
「それで、女神様は、『情報仮想機構技監』を推奨されていますけど……」
――「情報システム」に関するエンジニア、その最上位階層を女神が推奨した。となれば、否やのあろうはずもない。
「あの、わかりました。それで、お願いします」
「了解しました。クラス『衛兵』レベル2を破棄し、『情報仮想機構技監』レベル33を登録しました」
青木が答えると、女神はそんな言葉を返して、それで女神像の帯びた見えない光は消えた。
「あの、アオキさん、お疲れ様でした。こちら、新しいステータスです」
セレニア神祇官は、そう言って青木に紙を手渡す。
それは、「CLASS : 情報仮想機構技監 LV 33」という部分が変更されたステータス表だった。
「それで、僕は、どうなるんでしょうか」
「それが……この『情報仮想機構技監』というのが当てはまる官職は、私の知る限り、ギルドには、例がないんです」
この剣と魔法の異世界に、コンピュータシステムなど創造すら難しいだろう。
「近いのは、魔道具製作技監だと思いますけど、扱いは、ユマさんと相談して、ということになると思います」
セレニア神祇官は、そう言葉を続ける。
「ただ、クラスとして『技監』とされていて、しかもレベルは33ですから、アスマでは、間違いなく厚遇されるはずです。それに、ユマさんにお考えがあるみたいですから、そちらに期待していただいていいと思います。私からも。ユマさんにはよくお伝えしておきますから……」
自分が召喚前に蓄積してきたコンピュータ関連の知識。
それが「大恩人」渡良瀬由真――コーシア方伯ユマの役に立てるなら、最大限のことはする。
青木は、そんな思いとともに女神像を見上げていた。
軍神ナルソも実は怒っていて、カンシア当局に神罰を与えていたのでした。
その「閲覧禁止」が解除された彼のステータスは、実はかくのごとしでした;
小学生がC言語を習い始めて、「Pythonは後付けで学習できる」といってJavaに向かう。
でもって、高校1年生の10月に基本情報技術者合格。
経営学と計数管理は、その余録です。
この「高度IT人材」は、愛香さんとは違う意味で中心的な役割を担います。