430. 生産女子たちの休み明け
他の6人も、管理官住宅に入居します。
由真と和葉は、晴美の部屋から廊下に出る。
ちょうどそこで、最奥の部屋の扉が開き、愛香と美亜がそろって姿を現した。
「愛香さん! 美亜さん!」
「由真ちゃん! お疲れ!」
「お疲れ様」
由真が声をかけると、そんな言葉が返ってきた。
「先週のロンディアの騒ぎのとき、出店を出してくれたんだってね。おかげで助かったよ」
何よりもまず、由真は愛香に感謝の言葉を向ける。
「あれは……ロンディアがお客さんをなめてたから、少し本気を出しただけ」
愛香は、特に表情を変えずにそう応える。その傍らで、和葉が軽く手を振って、自らの部屋へと戻っていった。
「それで、タツノ副知事には相談してあるけど、今月中に、コーシニア・メトロとファニア線の駅前に常設のお店を開くから」
昨夜晴美から聞かされた件が、愛香本人の口から語られた。
「それは、コンビニ?」
「品揃えは、スーパー寄りになる。今なら、生鮮食料品の市場も十分狙える」
出店を開いたことで、愛香は確かな手応えをつかんだらしい。
「店の用地とかは、大丈夫?」
「あのフィルシアのやつみたいな空き店舗は、だいたい確保できた。メトロの市役所前は後回し」
盛夏の月の月末にコーシニアを視察した際に、メトロを途中下車して立ち寄った、空き店舗の並ぶ駅前の光景が脳裏によみがえる。
「あ、そうだ由真ちゃん!」
そこで美亜が声を上げる。
「あの葡萄色ってやつ? ドレス、あれにしないといけないじゃん?」
この世界で長衣と呼ばれるドレス。
来る8日と11日のパレードの際には、それを着て勲章を佩用しなければならない。
その長衣の色は、身分によって許されたものを使う。
ポルト大帝騎士団SS級命婦としては、譜代衆までに許された淡青色。
今回、あの詔書で由真は「葡萄色」を許された。
「あれ、服を単色染めにするのはダメだけど、財布とか小物入れとかだと大丈夫らしくてさ。だから、色自体は出せるんだけど、染めて布地を作るのが大変だったんだ」
めったに許されない色ではあっても、再現することは――手間をかければ可能だった。
「染めるとこもあるからさ、今回は、布を織るのは職人さんを当たってやってもらうことにしたんだ。それで、今日の午後にできるって」
以前フランネルを織った美亜も、ドレス用の布は職人に外注したらしい。
「届いたらドレス作るから。明後日の夕方にはできると思うから、試着とかお願いね」
「……わかったよ」
私服ならともかく、既に開催が決まっているパレードで使う公式な装束なら、断ることもできない。
「ドレスが終わったらさ、次はワンピかな」
美亜は、更にそんなことを言い出す。
「ワンピース?」
「この格好だと、こっちでも『学生さん』だからさ。こっちだと、ワンピがリクスーみたく使えるっぽいから、それで一応『生産管理官』って感じにしようかな、って思って」
由真に着せる服ではなく、自分が着る服の話だったらしい。
「それ、美亜さん、外回りでもするつもりなの?」
「まあ、ね。あたし一人じゃ、みんなの普段着だって手が回らないからさ。それじゃ服屋なんてとても開けないから、今月は、ちょっと職人さん探しをしようかな、って」
美亜も、「店舗」を開いて「商品」を提供する段階に進もうとしている。
玄関と渡り廊下が直結されたその箇所に、階段も設けられていた。
美亜と愛香とともに、由真はその階段を上る。
2階には、左右ともに5室ずつの部屋があった。
右側の最も手前の部屋は、扉が開けられていて、香織と瑞希の声が聞こえる。
「こっちは、香織ちゃん、瑞希ちゃん、あたしが入ることになったんだ。あっちは、恵ちゃんと明美ちゃんね」
渡り廊下側から見て、右側、左側の順に指さして、美亜が言う。
「それじゃ、あたしたちは部屋に戻るから」
「それじゃまた」
そう言って、美亜と愛香は右側の方に向かった。
由真は、左側にある恵の部屋の扉をノックする。「どうぞ」という声が帰ってきて、扉を開けると、恵だけでなく明美もいた。
「由真ちゃん、お疲れ!」
「お疲れ様」
2人がそんな声をかけてきた。
「2人ともお疲れ様」
由真は、室内に入りつつそう応える。
「恵さんは、牧場の方は、どんな感じになりそう?」
夏休みにファニア高原に入った最大の理由を巡って、由真はそう問いかける。
「とりあえず、チーズは、圧搾したものを、あの地下倉庫に入れさせてもらったわ」
恵はおっとりと答える。「圧搾してハードに仕込んだ方がいい」という考えを、早速実践に移したということだろう。
「それは、熟成期間は……」
「半年、って考えてるけど、2個くらいは、3ヶ月後に開けてみるつもり」
――「3ヶ月後」ですら「早期熟成のサンプル」という扱い。どうしても、時間がかかるのはやむを得ないところだった。
「あの家には、瑞希ちゃんが見繕ってくれた家具も入れてもらったから、今月は、あっちで、飲み物とか、いろいろ試してみようかな、って思ってるの」
恵は、そう言葉を続ける。
「そうなんだ。まあ、冬は厳しそうだから、今のうちにいろいろやっておいた方がいいよね」
標高1000メートル級で、冬は列車が1日3往復になる。できることは、秋のうちに進めておくべきだった。
「それで、家具は、あたしの分も入れてもらったから、恵ちゃんと一緒にあっちに入ろうと思うんだ」
そこに明美が言う。
「明美さんも?」
「うん。あのサブレは、愛香ちゃんが量産体制を作る、って話になったんだけど、あのバター、他にも使い道ありそうだから、ちょっとじっくり研究してみようかな、って思って」
確かに、サブレ以外にも多様な菓子類が提供されるなら、それに越したことはない。
「そうだね。販路の方は、愛香さんが頑張ってくれるみたいだしね」
「そうそう。それで、恵ちゃんと一緒に、今月いっぱいくらいは、あっちに詰めようって思うんだ」
由真の言葉に、明美はそう応える。
「なにか、僕の方から言っておいた方がいいかな?」
「大丈夫。牧場の人たちとは、顔なじみになったから」
恵がおっとりと答える。それなら、安心していいだろう。
恵の部屋を後にして、由真は香織の部屋に向かう。
そちらには、香織のほかに瑞希もいた。
「由真ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ! 大変だったね!」
由真が顔を覗かせると、2人はそう声をかけてきた。
「瑞希さんは……」
「タンスの取っ手が外れちゃったから、瑞希ちゃんに修繕してもらってたの」
香織がそう答える。
「そういえば、あの牧場の家具も見繕ってくれた、って話だったよね」
「あれは、ファニアの家具屋さんに、程度がいいのがあったからさ、ちょこっと直したくらいだよ」
瑞希は、そう言って苦笑する。
「一応、他の部屋は、ありもののやつで今のとこ大丈夫っぽいね。あとは、晴美さんと仙道君が入るとこくらい?」
「晴美さんは、ここの真下の部屋に入ることになったよ」
瑞希が続けた言葉に、由真はそう応える。
「そうなんだ。まあ、大丈夫だと思うけど、タンスと本棚は、組み立て家具の設計図も書いてみたから、なんなら自作もできるよ」
瑞希はあっさり言う。
家具の調達や修繕に駆け回っているうちに、抜本対策に乗り出そうと考えたのだろうか。
「あ、それで由真ちゃん、ちょっと相談があるんだけど……」
香織がそう切り出す。
「ヨトヴィラに、石油精製工場とゴムノの工場があるって聞いたんだけど、見せてもらえたりしない?」
その施設は、副知事団からの説明の際に話題に上っていた。
「界面活性剤を作るのにはベンゼンが必要だし、膏薬を作るにはパラフィンもほしいかな、って……それで、石油精製と合成ゴム製造をまとめてやってるなら、そういうのを取り出すのに使えないかな、って思って……」
香織は、アスマに移った直後には、この世界のゴムノ――合成ゴムの製造法に関する書籍を図書室から借りていた。
それから約1ヶ月の研究を経て、この世界において石油製品を活用するべく、関連施設の実情を直接見ようとしている。
「それは……ちょっと、相談してみるよ」
由真はそう応える。
香織の思惑がかなえば、ヨトヴィラの産業を更に高度化させることが可能になる。
少なくとも、アトリア全体の中でも主要であろう工業地域の施設を実地に視察することは、知事として必要なことだった。
「忙しいとこ、ほんとに申し訳ないけど……都合がついたら、いつでも行くから」
「なんとか、当たってみるよ」
本当に申し訳ないという表情の香織に、由真はそう応えた。
8人の様子を一通り見て、由真は知事公邸の居住区画に戻る。
(生産関係も、みんな動いてるな)
アトリアに入ってから1ヶ月が経過し、約2週間は夏休みもとって、彼女たちはそれぞれに新たな仕事を始めようとしている。
(コーシニアの方は、どうなってるかな)
昨日コーシニア中央駅で「ミノーディア11号」から下車して、北コーシニア支部に入った旧C1班・C2班の14人。
彼らは、今頃、ステータス判定を受けているところだろうか。
由真は、窓外の空を見やりつつ、彼らに思いをはせていた。
元C3班の女子6人は、「生産」に向けて、それぞれに動き始めます。