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428. 人事を巡る裏話

新知事への説明は、まだ続いています。

 アトリア市庁知事室で、由真は副知事団からの説明を受けていた。


「ところで、冒険者ギルドは、タミリナ市はタミリナ支部があるというお話でしたけど、ヨトヴィラ市の方は……」

「ヨトヴィラ市も、ヨトヴィラ支部が管轄しております」

 由真の問いにヴィルニオ副知事が答える。


「人口450万人を、支部1つで見ている、ということですか?」

「支部の下の出張所だけでなく、その管轄下に派出所も設けておりまして、市民の依頼などは、基本的に派出所で受け付けております」


 コーシア県や北シナニア県の「本部-支部-出張所」の段階に「派出所」も加えることで、450万人の人口に対応している。


「ヨトヴィラ支部は、管轄区域の人口が最多となりますので、支部長はA級を充てております。これは、アスマ全体でも、ジーニア支部とヨトヴィラ支部のみとなります」


「ジーニア支部は、州庁や市庁の直轄の事案に対処する戦力を抱え、区内に本社を置く大企業の雇用に関しても担当しておりますので、他とは別の扱いになっております。

 こちらのヴィルニオ副知事が、この職を経て民政次官に就任しております。前々任はコーシア県のマリナビア部長で、労政局職業安定部長を経て現職に就いています」

 タツノ副知事がそう補う。


 ヴィルニオ副知事は、前民政次官だった。

 そして、マリナビア部長も民政省の部長――それも「労政局職業安定部長」という、明らかに重要なポストから転じている。


「なるほど。……ところで、アトリアの冒険者ギルドは、魔物の対策とかは、大丈夫ですよね?」

 一応念のため、と思い、由真はそう尋ねる。


「それが……旧コノギオ郡、旧タミリオ郡、旧サイティオ郡は、いずれも山間部がありますので、そちらの方は、オーガやゴブリンが来ることもあります」

 ヴィルニオ副知事が、眉をひそめて答えた。


「ことにタミリナ市は、山間部にほど近いこともあり、116年から117年にかけて、大々的に巣穴の掃討を行いました。以後、こちらの方向からは、大規模な襲撃事案は起きておりません」

「そのときの作戦を陣頭指揮したのが、魔族魔物対策部総務課長から転じたクロド支部長です。その際に、セレニア神祇官猊下に多大なる御協力をいただきました」

 ヴィルニオ副知事の言葉をタツノ副知事が補う。後ろに振り向くと、同席していたクロド支部長は、軽い会釈で応えた。


 それが、クロド支部長とユイナが知り合ったきっかけであり、そしておそらく、ユイナにとっての「冒険者のお手伝い」の始まりだったのだろう。


「現状では、大陸暦120年アクティア湖魔物生息事件のような規模の事案は、山間部でも発生はしておりません。もとより油断は禁物ですので、各支部には厳重に警戒に当たらせております」


 あの北シナニア対魔大戦に先だって由真たちが対処した「大陸暦120年アクティア湖魔物生息事件」。

 それは、オーガ合計31体にゴブリン合計354体がアクティア湖のファラゴ鉱山跡に巣穴を作っていた「災害級」の騒動だった。

 その規模の事案は、さすがに生じていないらしい。



「ここまでで、直轄区、ヨトヴィラ市に旧コノギオ郡、旧タミリオ郡、旧サイティオ郡について、簡単に御説明させていただきましたが、特に御関心の点などはございますでしょうか」

 ここまでの説明を総括するように、フォルド副知事が問いかけてきた。


「そうですね……」

 まずそう口にして、由真は考えを整理する。


「まずもって、旧サイティオ郡とヨトヴィラ市の低地の水害対策は、人命に関わる話ですから、しっかり取り組む必要がありますね」


 何よりも気がかりなそのことを、まず口にする。


「それから、これから更にアトリアの人口が増えてくるとなると、郊外の受入体制を整備していく必要がありますから、商業施設の拡充も含めて、都市機能の充実が急務ですね」


 エルヴィノ王子が由真に期待している最大の課題が、その「都市機能の充実」だった。


「人口が増え続けるとなると、郊外の治安が悪化する恐れもあるでしょうし、山間部を開発していけば、魔物とぶつかる危険性もあるでしょうね。

 それに、都心から郊外に人口が移っていくと、都心に暗黒街のようなものができたり、そこが魔族の拠点になる、という恐れもあるでしょう」


 地球で発生している典型的な都市問題。

 それが未だ表立った課題になっていないのだとしても、芽は早いうちに摘むべきだった。


「そういう点からも、郊外の開発と都心の再開発は、両輪で進めるべきでしょうし、治安の維持にも、不断の努力が必要だろう、と思います」


 そこまで口にして、由真は大きく息をつく。


「とりあえずは、そんなところでしょうか」

 そう言って、由真は副知事団に目を向ける。


「かしこまりました。それでは、知事の今の御指摘も踏まえて、必要に応じ改めて御説明などさせていただきます」

 フォルド副知事がそう答え、そして他の3人も一礼した。



 初顔合わせからの説明はそれで終わり、副知事3人と秘書官2人は退室した。


 知事室には、由真の他、タツノ副知事とフォルド副知事だけが残る。


「今の副知事団のうち、私以外の3人は、117年の人事で着任しています」

 フォルド副知事が、そう口を切る。


「警察担当のニクルモ副知事は内務省治安局長から、民政担当のヴィルニオ副知事は民政次官から転任、経済担当のエクレノ副知事は、商工次官を退任してアスマ州元老院議員2年が終わったところで起用しています」


 3人とも、次官や局長の職から転じた最高位の高級官僚だった。


「フォルド副知事も、内務次官から警察担当副知事に転じ、カルセロ内務尚書が専任のアトリア市知事となった際に、筆頭副知事に転じています」

 そしてタツノ副知事が、フォルド副知事自身のことに言及する。


「私は、タツノさんのような、遙任(ようにん)の殿下の代理、という立場ではなく、あくまでカルセロ知事の部下筆頭でした。それで、117年の人事でカルセロ知事が引退される際に、私も退任を申し出ておりました。年齢は70歳を過ぎていますし、この職だけでも12年、その前の警察担当も4年やっておりましたので」


 カルセロ前知事は、内務尚書からアトリア市知事に転じていたということは、由真も「鬼ごろし」の伝記で知っていた。

 フォルド副知事は、同じコースをたどろうとはせずに「勇退」を申し出たらしい。


「ですが、殿下から、カルセロ知事に加えて私まで退任すると、体制が混乱する、との仰せを賜りまして、それで、あと4年だけ、と思って、任を続けている次第です」


 エルヴィノ王子は、段階的な新陳代謝を図ったのだろう。


「副知事が、そのまま知事に昇格されなかったのは……」

 由真は、そう問いかけずにいられない。


「知事は、アトリア市のことに関しては、単独で決定権を持っていますし、殿下への上申も、単独で責任を負います。副知事の人選も、知事が内務尚書を通じて殿下に上申することになりますし、局長以下の補職も同様です。

 その点、筆頭副知事は、あくまで副知事団を代表しているだけで、決定は副知事団で協議して行うことになっています。その副知事団は……一応、前職の立場としては、人選に携わってはいますが……殿下がタツノさんに諮って決められていますから」


 知事と筆頭副知事の間にある、「単独統治」か「集団統治」かの差。それは極めて大きいということか。


「正直なところ、あと4年早ければ、1期か2期程度は、及ばずながら知事の職責を負ってもよかったところなのですが……117年のときに、内務尚書とともにこちらも引退する心づもりでおりましたので……」


 フォルド副知事にとっては、タイミングが悪かったのだろう。


「ともかく、殿下もタツノさんも、それに陛下も認められた知事が着任されて、私としても一安心しております」


 そんなことを正面から言われては、否定するのもおこがましく思われてしまう。


「あとは、今の職、筆頭副知事の後任を決めれば、晴れて引退できます」

 フォルド副知事は、そう言葉を続けた。


「それは、他の副知事3人から?」

「それが……ニクルモ君は、管理官の頃からずっと治安局畑でした。治安局長の空席待ちで国土局長としていた時期もあったのですが、本人は性に合わないと思っていたようでして、私の席を譲る、と打診しても、引き受ける自信がないと返すばかりでして……」

 由真の問いに、フォルド副知事はそう言って苦笑する。


「フォルド副知事は、地方局だけでなく、シナニア辺境州北県の警察部長を務めていますし、民政省の魔族魔物対策部長も経験しています。

 彼は、地方局長、治安局長、内務次官にアトリア市警察担当副知事と、内務省の要職を全て経験しているのですが、その例は、彼以降はありません」

 タツノ副知事がそう補う。


「まあ、私が、内務尚書を12年やっている間で、幹部人事が、地方局畑と治安局畑にはっきり分かれるようになってしまった、というところです」

 フォルド副知事は、再び苦笑を浮かべた。


「ニクルモ君は、来春には退いて、今の治安局長に後を譲るつもりでおりまして、私の後任なら、地方局畑からファスコ君でよいのでは、と言っております」

「ファスコ官房長ですか」

「ええ。ルクスト君も、来年セントラから戻るでしょうから、官房長の後任の当てもあります。あちらには、民政からファラシア次官に行ってもらうというのも考えられますし」


 ルクスト事務局長、そしてファラシア民政次官。

 タツノ副知事とフォルド副知事しかいないこの場所で、その2人の名前が出てきた。


「実は、そのことで、ルクスト事務局長から言づてされてまして……」

 由真がそう口を切ると、2人の視線が集まる。


「例の『勇者の団』で、サガ男爵とワタライ男爵を士官に据え置いて、モウリ男爵は将軍、男子12人は士官にする、という人事になるようだと、カンシアの男尊女卑の傾向は強い、ということなので、ファラシア次官を後任にするのは時期尚早だ、と、タツノ副知事とフォルド副知事に伝えておいてほしい、と、そういう話でした」


 由真が続けた言葉に、フォルド副知事は腕組みとともに目線を落とし、タツノ副知事は軽くため息をついた。


「それは、結果的に、ルクスト事務局長の予想通りとなった、ということですね」

 タツノ副知事がそう口にする。


「ファラシア次官は、シアギアに赴任してたこともあって、あの紛争も紛争対策官として取り仕切っていて、修羅場も経験しているでしょう。タツノさんの教育に耐えた期待の星だと思いますけどね」

 フォルド副知事は、苦笑交じりでタツノ副知事に応える。


「ファラシア次官の器量はともかく、カンシアの環境は、まともな考えは通用しませんよ。ユリスモ次官より、むしろパルセロ治安局長を出した方がよいのではないですか?」

「それは……『次は民政から出す』ならクラフト君に任せても大丈夫ですけど、『次は治安局』となると、私が直接やらないといけなくなりますからね……」

「そこは、人事のことは、クラフト内務尚書にやらせるようにしないと、引退も遠のくだけでしょう」


 タツノ副知事が、そこで深いため息をつく。


「民政省はともかく、内務省は人材も豊富なので、フォルド副知事の後継者として衆目の一致する人材は、なかなか得がたい、という話です」

 由真が蚊帳の外になっているのに気づいてか、タツノ副知事はそんなことを言う。


「私も、内務尚書を12年やりましたし、タツノさんに至っては、民政尚書を24年務められましたから、後輩諸君が『年寄りは引っ込んで茶でも飲んでいろ』とは言ってくれない、という次第でして」

 そして、フォルド副知事も、冗談めかした口調で言う。


 以前ユイナが言っていたことを思い出す。

 A級官の人材は豊富ながら、そこからS級官となる人材を選抜するのが難しく、エルヴィノ王子は年功順送り人事でしのいだ。


 コールト民政尚書にしても、アスマ軍との対立が激化するにつれてしきりにタツノ副知事の復帰を求め、由真が「担当州務尚書」に就任すると諸手を挙げて歓迎するような雰囲気だった。


「閣僚や次官・局長、アトリア市副知事の人事なども、いずれ、閣下に御相談させていただくことになります」

 タツノ副知事はそんなことを言い出す。


 そして今の由真は――首席国務大臣兼尚書府副長官兼アトリア市知事となった身として、その「御相談」を断ることもできないのだろう。

 由真は、この2人の「大御所」を前に、わかりました、とだけ応えた。

「アトリア市知事」としての仕事の舞台でもある州都アトリアについての説明でした。

新知事への説明としては、本来これでも足りないのですが、それをまともにやるときりがないので、大まかな地理と優先度の高い課題に触れるにとどめました。


一方で、タツノ副知事やフォルド副知事は、そろそろ引退の時期に来ていて、後任者選びという課題もある、という件についても、前提としてここで触れました。

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