427. アトリア市の主な地域
知事室で、副知事団からの説明が続きます。
「アトリアは、この数年で、再び人口流入が激しくなってきておりまして、5年前の国勢調査では約2500万人だったところが、現在は2800万人となっております。
ただ、旧サイティオ郡は、先ほどタツノさんからお話があったとおり、地盤が弱いために工事が難しいということもあって、最近は宅地開発は手控えられています。
ここ数年の人口増加は、旧タミリオ郡がおよそ150万人、旧コノギオ郡がおよそ50万人で、直轄区もおよそ100万人となっております」
アトリア市庁の知事室で、副知事団4人にタツノ副知事を加えた5人による由真への説明が続いていた。
「ということは、直轄区でも、人口がまだ増える余地がある、ということですか」
「はい。ことに郊外にある12区は、造成できる土地が残っているほか、集合住宅への建て替えによる再開発なども行われております」
由真の問いにフォルド副知事が答える。
「ちなみに、王都のような、1区とか2区とか3区とか、そういうものは……」
「あれは、セントラとマリシアだけのものですので、アトリアには、当然ございません」
さすがに、あのような制度はアトリアにはないらしい。
「ただ、実際問題としては、都心6区に住まいを持てるのは、官吏や大企業社員、それに富裕層に限られている、という実情もございます」
フォルド副知事は、表情を曇らせて言葉を続ける。
「都心6区、というのは……」
「このジーニア区のほか、東区、ウェスファ区、イバリア区、シルフィア区、エスミニア区です」
フォルド副知事は、地図上の「第1環状線」に沿って逆時計回りに指さしていく。
「この6区は、第1環状線と、アトリア・メトロの東西線、北西線、南西線、南北線で結ばれており、郊外に延びる放射線の拠点もありますので、アトリアの都心の機能は、この6区に集中しております。
この6区に住める者は限られている、として、一部には、『アトリアの1区』と批判する声もあります」
貴族と官吏しか居住できない。それなら、確かに「1区」と同様かもしれない。
しかし、セントラの「1区」は制度上立入が禁止され、「3区」は都市基盤の維持すら後回しにされている。
アトリアの郊外地区が、セントラの「3区」のような環境に置かれているのだとしたら、批判も妥当なことかもしれないが――
「ことにジーニア区は、土地代が高く、固定資産税も相当の負担になりますので、家を手放して郊外に引っ越す者も少なくありません。
私も、3年前に区内で買った家は築20年でして、完全に引退したら、タミリオの方にでも土地を買って移り住もうかと考えております」
フォルド副知事は、そう言って苦笑する。
「そういえば、その旧タミリオ郡は、この数年で、人口がだいたい3割くらい増えた、ということですよね」
先ほどの説明では、現在の人口が約600万人で、この数年での増加が約150万人。
逆算すると、数年前の人口は約450万人となる。
「それだと、上下水道とか、交通網とか、そういう都市機能の整備が追いつかないのではないでしょうか……」
郊外の都市基盤が維持できなくなっている――という問題がないか。
それが気になってしまう。
「上下水道に関しましては、整備された地区から順次造成しておりますので、現時点では、普及率は100パーセントを保っております。
ただ、この先の更なる増設につきましては、上水道の水源、下水道の処理能力ともに、予断を許さない状況にある、と申し上げざるを得ません」
答えたのはエクレノ副知事だった。
「都市機能全般につきましては、シンカニア・コーシア線の開通以降、タミリナ駅がこの地区の中心としての役割を持つようになって参りました。
そのため、98年に、タミリナ駅周辺の6市が合併してタミリナ市が発足し、副都心としての機能の充実を図っております。冒険者ギルドにおいても、これと併せてタミリナ支部を発足させて、市内の需要に対応させて参りました」
その隣で、ヴィルニオ副知事がそう補う。
「タミリナ市は、人口とかはどの程度なのでしょうか」
「晩夏の月1日時点の速報値で約311万人です。この規模であれば、単独で県級市ともなり得ます」
答えたのはフォルド副知事だった。
タミリナ市だけでも、王都の(飛び地を含む)総人口を上回る。
「その規模だと……イデリアの全面撤退の影響も、相当あったのでは……」
「率直に申し上げますと、かなりの痛手となりました」
エクレノ副知事が答える。
「宅地開発が急速に進んだ地域ですので、元々小売店舗は希薄でした。そのため、ことにイデリアへの依存は、非常に強いところがありました。
それでも、ロンディアの店舗もありますので、それで当面の需要にどうにか対応しておる状況です」
ロンディアの店舗によって需要に対応している。ということは――
「それだと、この間の、ロンディアの休業騒ぎは……」
「シチノヘ理事官の『駅前市』の件は、タツノさんから教えてもらいましたから、それをまねて、タミリナ支部を総動員して対応しました」
そう答えたのは、フォルド副知事だった。
「結局、あの日の午後だけで、休業は終わりましたので、事なきを得ました」
とりあえず、先週の危機はしのぐことができたらしい。
「それは……ただ、そうなると、小売店の充実は、不可避の重要課題ですよね?」
「はい。まさに、御指摘のとおりと考えております」
今度はエクレノ副知事が答える。
「旧コノギオ郡も、シンカニア・ナミティア線のコノギナ駅が開設されてはおりますが、ここは102年の開業までは特別な施設はなく、またヨトヴィラが中心的機能を持っていることもありますので、タミリナほどには発展しておりません」
エクレノ副知事はそう言葉を続けた。
それで地図を見てみると――
「ヨトヴィラは、『大洋神の手』で壊滅的な被害があった割には、相当開けているみたいですね。人口も、450万人というのは……」
――どうしても気になってしまうそのことを、誰にともなく問いかけてしまう。
「コノギア川は、北のタミリア台地と南のコノギア台地を刻むように流れております。『大洋神の手』の際にも、タミリア台地の上にあった当時の中央神殿は、津波被害は免れました。
第二次ノーディア王朝が成立してからの工業施設は、高台への避難を考慮して、タミリア台地かコノギア台地の近くに整備しております。
特にタミリア台地沿いは、現在の第2環状線からもほど近いため、製油所とゴムノ工場、製鉄所に火力発雷所も設けてあります」
答えたのは、タツノ副知事だった。
「川沿いも、それなりに開けてるみたいですけど……」
「こちらは、ナミティアとの間を結ぶ鉄道のベニリア本線と総州道のナミティア街道は、沿岸を通さない訳にもいかず、地上高20メートルの高架橋を通しました。
この路線に途中駅を設けたため、現在に至るまで、居住者もおり、商業活動も続いております」
「海沿いの中州は、かつてホノリアの租界がありましたが、ホノリア紛争の際に焼却し、跡地は公園としております」
タツノ副知事の答えをフォルド副知事が補う。
その「ホノリアの租界」を焼却したのは、他ならぬフォルド副知事の甥、グニコ・フィン・フォルドだった。
「人口も450万人なら、アトリア市から独立する、というような動きはないのでしょうか」
そう問いかけると、副知事団は一瞬互いの顔を見合わせる。
「メリキナさん、ヨトヴィラの出身者としては、どう思われますか?」
タツノ副知事が、そんな問いを放つ。
振り向いた先で、メリキナ女史が水晶板から目線を話して顔を上げた。
「私は、祖父はトリミアの製鉄所で勤めておりましたが、父の勤め先はエスミニアで、私自身は東中学の大学予科に進んでおりますので、ヨトヴィラの出身者、というほどの感覚は、特段ございません」
メリキナ女史は、この副知事団の前でも、淡々とした口調で答える。
「って、メリキナさん、この、川沿いに、実家があるんですか?」
「いえ。私の実家がありますのは、タミリア台地側のクロエナです」
由真の問いにも、メリキナ女史はやはり淡々と答えた。
「実は、ヨトヴィラ市は、タミリア台地の南端部とコノギア台地も区域に含んでおりまして、人口450万の相当数は、この台地の住宅街に居住しております」
タツノ副知事が、そう言ってフォルド副知事に目を向ける。
「ただ、先ほどの話にもありましたとおり、コノギア川沿いにも、少なからず居住者もおります。それに、南部のコノギア台地への交通機関の需要も高まっております。
そのため、アトリア市庁は、ヨトヴィラ市役所と共同で、タミリア台地のオルフィアからヨトヴィラ駅、更にキシノアを経て、コノギア台地のマカティアに至るヨトヴィラ・メトロ南北線を整備いたしました」
そう言ってフォルド副知事が指し示したのは、コノギア川を渡る経路の鉄道路線だった。
「地下鉄……ですか?」
かつて大津波に襲われた地域に地下鉄を整備するというのは――
「一応、コノギア川を渡河する区間は地下30メートルを通し、駅には防水扉を多重設置した上で、南北の両台地に設けた排水口に直結する排水路も併設しております」
そう口にしたタツノ副知事の表情は、渋面と見える。
それで対策が足りている――とは確信が持てない。
それが「日本出身の土木技術者」としての「本音」なのだろう。
「それは……水害対策には、万全を尽くさないといけませんよね」
ヨトヴィラも、そして低湿地の旧サイティオ郡も。
開発を止めることができないのなら、治水に万全を期するため、最善の努力を急がなければならない。
広大な台地の上に都市を建設できた――といっても社会的な課題はあります。
そして、災害リスクのある場所に、人がいないという訳でもありません。
(「大洋神の手」は、「155. 国を滅ぼした「大洋神の手」」と「156. 忘れてはならない「災厄」の記憶」に登場する、この世界で発生したという設定の海溝型超巨大地震による大津波災害です)
私事の続きですが…
金曜日の夜は、どうやら軽く発熱していたようでした。
熱は引けたものの、土曜日は、体を起こすのもつらく、1文字も入力できない状態が続きました。
日曜日になって、ようやく文字列を入力する気力が戻りましたが…前2回とは違う会社のモノで、ここまできついとは思っていませんでした。