426. アトリア市の地理概況
副知事団+タツノ副知事からの説明に入ります。
顔合わせを終えて、局長7人は知事室から退出し、入れ替わりで――隣県のはずのタツノ副知事が入室してきた。
「本来は、我々副知事団だけで御説明すべきところなのですが、このアトリアを作られたのはタツノさんですので、今回は御同席をお願いしました」
フォルド副知事が言う。
アクティア湖で聞いた「昔話」では、確かに「州都アトリアの再建事業」を担当したと言っていた。
室内には、執務用の大きな机と豪勢な椅子のほか、ソファがテーブルを囲む応接セットもあった。
上座の「お誕生日席」に大ぶりなソファが1つ、左右に3人程度は座れる長椅子が配置され、対面にも1人掛けソファがある。
由真が「お誕生日席」に着き、向かって右側にフォルド副知事とニクルモ副知事兼警察局長が、左側にヴィルニオ副知事とエクレノ副知事が座る。
由真の真向かいの席にはタツノ副知事が着き、クロド支部長とメリキナ女史は可動式の椅子を由真の斜め後ろに据えて座った。
テーブルの上には、アトリア市全域を示す広域地図が載せられて、早速「御説明」が始まる。
「アトリア市は、公爵殿下の御座所と州庁のありますアトリア宮殿を初め、アトリア王立銀行や、州内主要銀行の本社もあります、アスマの州都となります」
フォルド副知事が、そう切り出す。
「人口は、晩夏の月1日現在の推計値で、人口約2819万人です。これは、県級地方単位としてはノーディア王国最大です。これに続きますのは、メカニア州都のシグルタ市が約1815万人、コグニティア市が約1206万人、シアギア市が約1107万人となります」
続けて、アトリアとその他の主要都市の人口に言及する。
その数は、カンシアの都市とは桁1つ違う。ということは――
「それは、つまり、今の、世界最大都市は……」
「このアトリアです」
薄々感じていたそのことを、フォルド副知事はきっぱりと明言した。
「あの、王都みたいな、変な飛び地とかは……」
「領域自体は広大ですが、ウェネリア県やベルシア市のようなたぐいはございません」
念のため、と思って尋ねた由真に、フォルド副知事は具体的な地名を含めて答えた。
飛び地を含めても人口300万人の王都に対して、このアスマ州都は連続した区域が人口2800万人。
王都の9倍の人口を誇るこの世界最大都市。
その長である「アトリア市知事」に、自分は任官された。
「ちなみに、今のアトリア市の区域は、ミグニア王朝まではモエティア県とされておりました」
由真の真向かいで、タツノ副知事がそう口を切る。
「モエティア県は、西から流れ込み、北に折れてから東に流れ出るコーシア川の最下流に当たる低湿地、その南側のタミリア台地に、その更に南側に流れ込むコノギア川の流域から成っておりました。
北の低湿地がサイティオ郡、中央の台地は、東部の沿岸はエクスト郡、西部の内陸はタミリオ郡、そして南部のコノギア川流域がコノギオ郡とされておりました。
第一次ノーディア王朝の都としてのアトリアは、コノギア川の河口部に当たる、コノギオ郡東部に開かれた港湾都市でした」
テーブルの上に載せられた地図を指さしつつ、タツノ副知事は説明を続ける。
「この区域は、いわゆる『大洋神の手』によって壊滅状態になり、ミグニア王朝時代には北辺の港町モエティア県ヨトヴィラ市とされておりました。
第二次ノーディア王朝の都としての再建に当たっては、この『大洋神の手』の被害を考慮し、タミリア台地の東部、エクスト郡を中心区域と定めて、ここに特例県級市たるアトリア市を開きました」
その経緯は、ジーニア支部の地下書庫を当たった際に、ここに同席しているクロド支部長からも聞かされていた。
「アトリア宮殿が竣工し、人口も増加してきたため、総州都圏としての広域一括管理を図るべく、76年にはモエティア県全域をアトリア市に統合いたしました。
その際、従来のアトリア市の領域を直轄区とした一方、従来のヨトヴィラ市は、県級市たるアトリア市の配下に置かれる市となりました」
いわば「大アトリア市」の体制を作ったということだろう。
「76年の時点では、アトリア市は、中央に直轄区、南にヨトヴィラ市、南西にコノギオ郡、西にタミリオ郡、北にサイティオ郡という構成でした」
そこで、今度はフォルド副知事がそう口にする。
「アトリアの人口は、一貫して増加が続いており、タミリオ郡は全域が市制施行され、コノギオ郡とサイティオ郡も山間部の一部を除いてほぼ全域が市制施行されています」
フォルド副知事は、そう言いつつ手元の綴りを開く。
「人口の内訳は、直轄区約1118万人、ヨトヴィラ市約453万人、それ以外の旧コノギオ郡16市2町2村が約284万人、旧タミリオ郡14市が約616万人、旧サイティオ郡27市6町4村が約343万人となります」
直轄区だけでコグニティア市やシアギア市に匹敵し、他の地域も全て100万人台。
まさに桁違いだった。
「タミリア台地は、東端が海食崖となっておりますので、拡張可能なのは、それ以外の3方向となります」
再びタツノ副知事が口を切る。
広域地図を見ると、右側――東側が海の色で塗りつぶされている。
「計画当初は、タミリア台地で連続する旧タミリオ郡、それに旧コノギオ郡の内陸側を『郊外』と想定しておりました。鉄道網、道路網ともに、直轄区からこれらの区域への放射線を優先的に整備しており、ことに旧タミリオ郡は住宅地として開発が進みました」
確かに、「旧タミリオ郡14市」は人口が600万人を超える巨大な「郊外住宅街」になっている。
「他方で、サイティオ郡は、開発は最低限度に抑えるつもりだったのですが、こちらにも、約350万人が居住するに至っています」
北部の「旧サイティオ郡」は、「コーシア川の最下流に当たる低湿地」だった。
「この地域は、コーシア川の河口ですよね?」
「はい。加えて、北西から流入するサイティア川も、この地でコーシア川に合流いたします」
そう言われてもう一度地図を見ると、確かに北西からも川が流入していた。
その川も、流域は相応に広い。
「いわゆる海抜ゼロメートル地帯が、特に東部の沿岸には多くあります。すなわち、水害の危険に常にさらされている、という状況です。
また、当然ながら、日本で言うところの『沖積平野』ですので、大地母神様にお伺いを立てても、地盤は軟弱であり慎重な工事を要する、との御託宣を賜るのが常となっております」
「それでも、開発した、というのは……」
「アトリアの人口は一貫して増加が続いており、旧タミリオ郡と旧コノギオ郡の地価は高騰する一方でした。このため、ホノリア紛争が終結した頃から、遊休地となっていたサイティオ郡の宅地開発を求める声が、市会から持ち上がりました。
そのため、治水には万全の配慮をして、かつ、地盤対策も義務づける、という条件の下で、標高が高く地盤も比較的良好な西部から、順次開発が進められています」
「比較的良好……ですか……」
「西部の場合、支持杭は30メートル程度打ち込めば岩盤に到達します。州庁や市庁の直轄事業では、4階建て以上は支持杭を使いますし、民間の事業についても同様にするよう行政指導しています」
タツノ副知事は淡々と言う。
地下30メートルにも及ぶ杭を打ち込む。
この州都アトリアは、王都セントラと同じ国の都市とは思えない技術水準だった。
「それと、実は東部にも地盤が良好な地区が点在しておりまして、70年代に敷設したトビリア本線や州道トビリア街道は、これらの区域を高架橋でつないで建設しております。この区域は、早い時期から都市化が進みました」
そう言われて地図を見ると、鉄道と道路が概ね並行しながら南北を貫いている箇所があった。
その右側――最東端の沿岸にも、南端と北端には方形を組み合わせた区画が多数あり、その中間には、巨大な長方形が描かれていた。
「沿岸の方にも、何かあるみたいですけど……」
「南部のタミリア台地付近、それに北部のサイティ山地沿いは、堅牢な岩盤があり、万一の際の避難も可能ですので、予備の用地として確保しておりました。こちらは、100年代に入ってから開発されています」
それが、南端と北端にある多数の区画だろう。
「真ん中にある、この大きいのは……」
「こちらは、アスマ軍の駐留基地です。アトリア第一師団、第二師団、第三師団が駐留しております」
思わぬところで、思わぬ固有名詞が出てきた。
「112年に、アスマ軍のベニリア旅団をベニリア師団に増強した際に、当時の基地が狭隘であるとして新たな用地の提供を求められ、サイティオ郡の沿岸地区を提供しました。以後、師団増強に伴い基地も拡張されております」
それが、この軟弱地盤の上にある、高波や津波の危険も高いと思われる地区だった。
アスマ軍の基地なら、災害の危険があろうとも些末な問題でしかない――と一瞬思ってしまう。
しかし、そのアスマ軍の3個師団3万人の多くは、住人から徴兵された「雑兵」だった。
満足な食糧も与えられていない彼らが、災害の危険にもさらされているのは好ましくない――と由真は思い直す。
「これは、地図に描いても大丈夫なのでしょうか。『地図作成罪』が適用されたりは……」
「『地図作成罪』自体は、カンシアの地域法制によるものですので、アスマには適用されません。ただ、無用の混乱を避けるため、地図には外縁のみを描画するように指導しております」
答えたのは、警察担当のニクルモ副知事だった。
さすがに、あの「悪法」はアスマには適用されない。
それでも、「無用の混乱を避けるため」の配慮を欠かすことができない。
(全く、面倒な連中だな……)
この業務説明のさなかにも、由真はそんなことを思わずにいられなかった。
アトリアにもアスマ軍3個師団は駐留しているため、どこかで出てくる話ではあるのですが。
私事ですが…
昨日、例の3回目接種を受けました。
夜になって、妙な寒気がしてきています。
書きためを使って、今日の分は投降しますが、明日はお休みするかもしれません。
感想へのお返しも、明日以降とさせてください…