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425. アトリア市知事就任

いよいよこの日を迎えました。

 勅書が届けられたのは午後11時前だった。

 部屋の扉を閉じたところで、体が怠くなり眠気もにわかに強まる。

 由真は、「朝食配膳希望」と記された札を出して、寝間着に着替えて床に入った。


 翌朝は、7時前に目が覚めた。

 身繕いをして扉を開けると、戸口に朝食の入った台車があった。

 供されるのは、このところ続いた豪勢な料理ではなく、簡素な焼きパンだった。


(これも、今日までなんだよな)


 この部屋は、今日引き払う。

 引っ越し先は、アトリア市知事公邸。由真は、その主である「アトリア市知事」になる。

 そこでは、コーシア県知事公邸程度の環境は用意されるだろう。



 7時半に扉がノックされて、メリキナ女史が入室してきた。


「おはようございます、閣下」

 メリキナ女史は、いつもどおりに挨拶する。


「本日ですが、アトリア宮殿への送迎バソは8時半の出発となります。クロド支部長と私が、秘書官として随行いたします。アトリア宮殿にて、代行親任式が行われた後、そのままアトリア市庁に移り、副知事団及び各局長と対面、副知事団からの事務内容御説明となります」


 それは、出発時刻以外は、タツノ副知事からの雷信に記された日程の確認だった。


「副知事団からの御説明には、タツノ長官が同席されるほか、クロド支部長と私も秘書官として陪席させていただきます」


 セントラでもメリキナ女史は全ての打ち合わせに同席していた。それと同じことだろう。


「それから、知事公邸ですが、市庁と隣接しておりますので、お荷物など送迎のバソに載せていただければ、そのまま公邸の方へ搬入いたします」


「荷物は、これにまとめてあるので、そのまま積めばいいですかね」

 そう言いつつ、由真は大型背嚢を指さす。


「それでは、荷物係に運ばせます」

 メリキナ女史はそんなことを言い出す。


「いや、そんな……このくらい、自分で持ちますけど……」

「いえ、さすがに、代行親任式に向かわれる閣下に、大荷物を持っていただく訳には……」

 慌てた由真に、メリキナ女史はそんな言葉を返す。その後ろには、台車を用意した荷物係が立っていた。


「こちらの引き払いの手続は、私は、副知事団の御説明が終わりましたら、いったんこちらに戻りますので、その際に併せて済ませておきます」


 相変わらず、彼女は隙間時間を使って仕事をこなしていく。


「知事公邸の方には、先週から用務主任以下の担当が入っており、入居後の身の回りのお世話などは支障ないようにしてある、と聞いております。

 アイザワ子爵を初め他の皆様も、午前中にはこちらを引き払い、知事公邸の方に移られます」


 由真たちが不在の間で、引っ越しの準備は完了していたらしい。



 結局、本と筆記用具だけを小型背嚢に移して、大型背嚢は荷物係に預けることにした。


 8時15分に、再び扉がノックされた。

 今度は、クロド支部長とメリキナ女史の2人連れだった。


「閣下、お迎えに上がりました」

 クロド支部長のその言葉を受けて、由真は小型背嚢と棍棒を手に取り椅子から立ち上がる。


 2人に案内されて、由真は支部の裏口にある車止めに進む。

 送迎用のバソは、既に停車していた。


 アトリア宮殿に到着すると、今回も広間に通された。


 程なく、黄色いマントに身を包んだエルヴィノ王子が入室し、向かって左側にファスコ官房長が侍立する。


「ユマ殿、今回は、大変お疲れ様でした」

 エルヴィノ王子は、そんな言葉をかけてきた。


「……今回は、アスマを紛争に巻き込むような事態を招き、大変御迷惑をおかけしました」

 そう言って、由真は腰から頭を下げる。


「いえ。カンシアは、以前からアスマを敵視していました。今回の『勇者の団』を巡る一件は、たまたまきっかけになっただけのことです」


 タツノ副知事の雷信と同じ趣旨の言葉が、エルヴィノ王子の口から返ってきた。


「アスマ軍の人事の件は、私も昨日知りました。ユマ殿の上奏のおかげで、陛下もあれほど速やかに対応されることがかない、大いに心強く思われたことでしょう」


 深夜に届けられたあの勅書は、当然ながらエルヴィノ王子の目にも入っていたようだった。


「ユマ殿は『州の統治に関する総合調整及び州領・州民の安全保障』を担当する州務尚書であり、あの詔書により首席国務大臣の任も賜った身。更に、アスマ軍の粛軍と合理化という課題もあります。

 これから、ますます忙しくなるでしょうし、更に御苦労をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」


 ――この王子からのその言葉に、由真は、カンシアでの神経戦の疲労感も一瞬忘れてしまった。


「それで、新たな任務です」


 そう言うと、エルヴィノ王子は、傍らから1枚の紙を受け取って眼前にかざす。


「S級冒険者兼国務大臣兼アスマ州務尚書兼軍務監察官、SS級命婦、コーシア方伯ユマ。兼ねてアトリア市知事に任じS2級に叙する。大陸暦120年初秋の月1日、ノーディア国王ウルヴィノ陛下のために、エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディア」

 王子は、読み上げた紙を由真に手渡す。


 受け取ったそれには、こう記されていた。



S級冒険者兼国務大臣兼アスマ州務尚書

兼軍務監察官 SS級命婦 コーシア方伯ユマ


 兼ねてアトリア市知事に任じS2級に叙する。


大陸暦120年初秋の月1日

ノーディア国王ウルヴィノ陛下のために

 ノーディア王子エルヴィノ



 ――「首席国務大臣」ではなく「国務大臣」と記され、「尚書府副長官」という名称もとられていない。それでも、途中で改行が必要になるほどに、その肩書きは長い。


「今日は、アトリア市庁において、幹部との顔合わせなどをお願いします。アトリアの市政や、アスマの州政などの詳しい話は、また明日以降に」

 エルヴィノ王子は、そう言葉を続ける。


 今日は、知事就任に加えて、定住先への引っ越しもある。

 由真には、「込み入った話」をする余裕がなかった。


「かしこまりました」

 由真は王子にそう応えた。



 代行親任式はそれで終わり、由真たちはバソに乗ってアトリア市庁に向かう。

 途中までは来た道を戻り、ジーニア支部の建屋とアトリア西駅の駅舎を横目に見て、更に先に進む。


 アトリア市庁は、石造り風の建物で、窓を見ると5階建てだった。

 ファサードのような玄関に車止めがある。

 そこでバソから降りると、タツノ副知事と同年代と見える男性が待っていた。


「おはようございます、コーシア知事閣下。アトリア市筆頭副知事、ティルト・フィン・フォルドでございます」

 その相手――フォルド副知事は、そう言って深く頭を下げる。


 名前は何度も聞いていて、タツノ副知事への通信を横で聞いたこともあったその相手とは、これが初対面となる。


「おはようございます。アトリア市知事を仰せつけられました、ユマ・フィン・コーシアです。よろしくお願いします」

 由真は、そんな言葉とともに礼を返す。


「それでは、早速ですが知事室の方へ御案内いたします」

 そう言って、フォルド副知事は由真を市庁の中へと案内した。


 庁舎の入口は、ロビーになっていた。

 職員らしき人々が大勢群がっていて、中央は通路のように空いていた。

 由真たちが通ると、両側からどよめきとともに拍手が上がる。


 案内板には、地下1階に地上1階から5階までが示されている。

 2階が「知事室、副知事室(総括・内政)、知事官房、内政局」とされていた。


 階段で2階に上がり、重厚な扉を開けると、その先は赤絨毯が敷かれていた。

 その最奥に「知事室」という看板の掲げられた扉がある。

 その扉の先は、優に教室1つ分はあろうかという空間だった。


 室内には、前列が男性3人、後列が男性5人に女性2人の2列で人が並んでいた。


「まずは副知事団から……私も含め、副知事4人は、全員がS2級となります」

 フォルド副知事がそう切り出す。


「保安担当副知事兼警察局長、テクト・フィン・ニクルモでございます」

 堂々とした体躯の男性が名乗る。


「民政担当副知事、カリト・フィン・ヴィルニオと申します。民政局、文教局、基盤局を担当しております」

 次に名乗ったのは、中背で温厚な雰囲気の人物だった。


「経済担当副知事、コムト・フィン・エクレノでございます。経済局のほか、交通局と水道局を担当しております」

 そして、細面で理知的な印象の人物がそう名乗る。


「続きまして、7局の局長となります」

 フォルド副知事は、そう言って後列の方に手をかざす。


「内政局長、オルド・フィン・インテロでございます」

「民政局長、ワンド・フィン・カルミストと申します」

 その2人は、由真の傍らに立つクロド支部長と同世代に見えた。


「文教局長、エルザ・シエルスタでございます」

「経済局長、オイラ・ラクティナでございます」

 2人並んだ女性が続けて名乗る。彼女たちも、年の頃はマリナビア部長と同程度と思われた。


「基盤局長、グスト・シヴィルノでございます」

 次に名乗った男性も、ウルテクノ部長と同世代に見える。


「交通局長、レスト・ハフリオと申します。メトロの鉄道事業部分、バシ、トラモなど、それと港湾管理を担当しております」

「水道局長、アクト・ヴァストと申します。上下水道を担当しております」

 最後に名乗った2人は、他の5人よりは年配という雰囲気だった。


「以上が、アトリア市庁を預かっております、副知事団及び各局局長となります」

 フォルド副知事が、そう言って「幹部自己紹介」を締めくくった。


「コーシア新知事閣下より、御言葉などございましたら」

 そして、「御挨拶」が振られる。


「このたび、知事を拝命しました、ユマ・フィン・コーシアです」

 まずは、自らを――爵位は含めずに――名乗る。


「公爵殿下の上意と、市会の皆さんの同意で、この職に任命されました。けど、僕は、16歳の若輩で、この世界のことも、十分理解している訳ではありません。何よりも、皆さんの御助力が頼りです。皆さんには、これまでと同様に、職務に勤めていただくよう、よろしくお願いします」


 どうにかそんな言葉が続いて、由真は密かに安堵の息をつく。


「かしこまりました」


 フォルド副知事がそう応えて、そしてその場に並んだ全員がそろって一礼した。

顔合わせなので、固有名詞がずらずら並びました。

局長たちは顔見せに来ただけなので、名前を忘れていただいても大丈夫です。

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