423. 続・王国軍人事情報 - 「勇者の団」
前回の届けられた「人事情報」を巡る話の続きになります。
時刻は午後7時近く。
終点アトリア西駅到着まで1時間強という時刻に、最後の食事が配膳された。
それは、二等寝台の肉入り焼きパンよりは豪勢な、豚肉の生姜焼きとパンの組み合わせだった。
テーブルの上の空いた場所に「王国軍人事情報」の雷信を載せて、そのまま夕食を取る。
「陛下は、アスマ軍は粛軍と合理化が必要、と、そういうお考えでした。総司令官は、当分補職するつもりはない、ともおっしゃっていました」
由真だけが呼ばれた席での国王の言葉を、メリキナ女史とウィンタに話す。
「今回の人事は、陛下のお考えには沿わないはずですけど、撤回とか、そういう話にはならないですよね」
「拝謁の折の御様子から拝察するに、元老院があのような態度を見せた状況で、強い措置を執られるのは、難しいところかと思われます」
病気療養中の国王は、体調が不安定な状態が続いている。
それに、あの決議が示される前から、元老院の反発を押し切ることはできない、という認識も示していた。
「こちらの、ヒラタ子爵の親任式も含めて、陛下親臨は諦めてでも、人事の実施を優先するとなりますと、アスマ軍はもとより、『勇者の団』の人事も、もはや歯止めがきかないものと思われます」
そう言いつつ、メリキナ女史は「2 その他武官人事」の「(2) 『勇者の団』階級昇進」という項目を指さした。
大将軍への任官も、本来なら国王が臨御する「親任式」が必要だった。
その実施について、国王が代行すら却下した結果、「勇者の団」は現在の体制に落ち着いていた。
しかし、この「王国軍人事情報」によれば、「勇者」平田正志は大将軍に昇進する。
つまりは、これもアルヴィノ王子が親任式を代行することになる。
それに伴い、毛利剛が士官から将軍に昇進し、「軍曹12人」――B1班とB2班の全員が士官に昇進する。
そして、「勇者の団」は「大将軍を長として将軍1人・士官14人により構成される」ことになる。
ということは、現に士官の2人、度会聖奈と嵯峨恵令奈は――
「これは、結局、モウリ男爵は将軍に、Bの12人は士官に上げて、あの女子2人は、士官に据え置いたまま、ってこと……ですよね」
「それも、あの子たちは白馬騎士団にも入れないで、ね」
ウィンタがそう答える。
確かに、白馬騎士団の叙任も、平田正志、毛利剛とB1班とB2班の12人だけが言及されている。
由真が危惧した「女子2人だけを据え置いての男子の昇進」。
それが――栄爵騎士団叙任と組み合わせて――早くも実行に移されようとしている。
「私は、王国軍の内情には疎いのですが、いわゆる『先任順』では、女性2人が優先されるのではないのでしょうか。それに、彼女たちは男爵で、彼らは騎士爵ということのようですが……」
メリキナ女史が問いかける。
「それも、わかりませんね。男どもを『先任士官』にすると、彼女たちより優先されるんですよ」
ウィンタは渋面をあらわに答える。
「……『先任士官』?」
「王国軍は、連隊長とか中隊長とかになるのも、参謀とかの指揮命令系統も、全部先任順ってことになってるのよ」
由真があげた声にウィンタが答える。
それは、近代的な軍の組織らしく思われるが――
「けど、それだと、古参の臣民が新参の貴族に命令するなんてことになるでしょ? だから、士官の中で無条件で先任扱いになる『先任士官』っていうのを指定するのよ。先任士官に指定されると、他の一般士官全員に命令できるし、中隊長になるのも優先される、って訳。
爵位持ちの貴族だと、士官になって2年くらい見習いをやると、それで先任士官に指定されるわね。爵位持ちじゃないと、騎士爵をもらわないと先任士官にはなれないけど」
――案の定というべきか、貴族を優先するための仕組みが組み込まれていた。
「それ、ウィンタさんは……」
「当然、一般士官の方。だから、貴族の先任士官には逆らえなかったわ」
そう答えて、ウィンタはまなじりを険しくする。
そのせいで、「貴族の先任士官」たちと諍いになった末に、魔法師団から除名されるに至ったということだろう。
「それでも、女性2人は男爵なら、その基準に照らせば、先任士官に指定されているのでは……」
メリキナ女史がそう問いかける。
「それがですね……」
そこで、ウィンタはいったん深いため息をつく。
「ただの先任士官の中の順番は、指定されたときの先任順になるんですけど、それだと騎士爵の先任士官が上に来る場合もある、ってことで、先任士官の中でも先任順が更に上に来るように指定される、って場合もあるんですよ。
軍の中だと『特定先任士官』なんて言うんですけどね。伯爵以上の嫡男だとか、将軍候補だとか、そういうのが、この特定先任士官に指定されますね」
「そんなのまであるんですか……」
由真は、思わずそんな言葉を漏らしてしまう。
「そんなのだけじゃないわよ? 大隊長以上になれる『幹部士官』っていうのにも、先任順で優先される『先任幹部士官』っていうのがあるのよ。
これも、指定されるのは軍人系の貴族だけで、連隊長になるのも、そこから将軍に昇進するのも、先任幹部士官が優先されるわね」
つまり、「士官」という階級は、実は「先任幹部士官」「幹部士官」「特定先任士官」「先任士官」「一般士官」という5つに細分されているということだった。
階級の数だけなら――中尉と少尉を包含すれば――地球の軍隊と変わらない。
「男爵で士官になった3人は、先任士官って扱いだったんだと思うわ。けど、今回のこれで士官に上がる男ども12人は、どさくさに紛れて特定先任士官にするかもしれないわね。『勇者の団』に残った面子、ってことでもある訳だし」
ウィンタはそう言葉を続ける。
確かに、今や15人になった「勇者の団」に残存している面々は、それだけでも優遇に値するということなのだろう。
「王国軍が、ここまで早い段階で、この人事を発令する、ということは、ボレリア博士の御指摘のとおり、現軍曹の12人を、女性士官2人より優先する、という意図があるものかと、そう思われます」
メリキナ女史もそう指摘する。
2人の言うとおり、聖奈と嵯峨恵令奈は――「勇者の団」に残された希少な魔法戦力でありながら――女子であるが故に冷遇を受けることになる。
C1班とC2班の14人を虐げてきた男子12人。その風下に、今度は女子2人が立たされる。
せっかく再会できた聖奈と、その聖奈を支えてくれている嵯峨恵令奈。
その2人が苦境に置かれるなら、当然助けたい。
しかし、由真は王国元老院から「魔王の化身」呼ばわりすら受けている。
彼女たちの処遇を巡って意見したところで、元老院から「魔王の企み」云々という感情的反発を受けるだけだ。
「そういう……ことですよね……」
由真は、まずそう口にする。語気は強くなってしまったものの、胸の奥で渦巻く感情は多少吐き出された。
「僕個人としては、サガ男爵とワタライ男爵は、このモウリ男爵よりむしろ優先されるべき人材だと思いますし、モウリ男爵が将軍になるなら、サガ男爵とワタライ男爵も将軍になるべきだと思うんですけど……」
そう言葉を続けると、メリキナ女史は「はい」と相づちを打つ。
「これで、Bの12人が、特定先任士官、っていうのに指定されたら、彼らより下に置かれることになる……っていうことは、魔物対策小隊長とか、渉外班長とか、そういう役に就けた意味もなくなりますよね?」
王国軍内で絶対視される「先任順」で最も劣後に置かれたら、「班長」も「隊長」も実質など全く伴わない。
「あの役は、奉勅命令で指名されたものですから、それが有名無実になると……『違勅』ではないにしても、陛下の御意を蔑ろにしている、っていうことには……」
「それは、御指摘のとおりと思われます」
由真の言葉を、メリキナ女史は強く肯定した。
「そうですよね、それは、確かですよね……」
「はい。奉勅命令の趣旨に照らせば、魔物対策小隊長と渉外班長に指名された両男爵は、当然に、隊員ないし班員となるべき12人より上位にあるべきです。その順が逆転すれば、奉勅命令において示された陛下の聖慮に反することになります。その点については、軍務大臣も抗弁はできないでしょう」
メリキナ女史は、由真の漠然とした思いを筋道立てて言語化してくれた。
「どうするかな……」
「軍務監察官というお立場から、そのような趣旨で上奏をされる、というのはいかがでしょうか」
由真のつぶやきに、メリキナ女史はそう応える。
「閣下は、8号詔書において陛下より『王国軍全軍の監察』を命ぜられたお立場です。そのお立場からの上奏には、十分理があることと思います。上奏がなされれば、長官台下と宮内大臣閣下が、軍務大臣に対して何らかの措置をされるはずです」
確かに、メリキナ女史が言語化した論理を上奏として文章化すれば、それをそのまま軍務大臣に突きつけることができる。
「それに、アスマ軍の関係も、7号詔書の趣旨に照らして、監察は行うという旨を、併せて奏上されてもよいかと思われます」
メリキナ女史は、そう言葉を続ける。
「……7号詔書?」
「『大陸暦120年宮内省布告第7号詔書』は、13日付で渙発された、エストロ知事とイタピラ総司令官を糾弾された詔書です」
ユイナに奉読してもらったあの詔書も、宮内省布告として番号がついていたらしい。
夕食が片付けられて、メリキナ女史は例の水晶板を出して、ペンを走らせる。
そして、こんな文章が表示された。
上奏
臣ユマ謹み畏みて奏上す。
アスマ軍総司令官等の補職の儀及「勇者の団」がヒラタ子爵モウリ男爵及軍曹12人が昇進及白馬騎士団叙任の儀を拝聴し奉りたり。
アスマ軍に就ては臣は大陸暦120年宮内省布告第7号詔書に於て賜りたる聖慮を体し其体制の抜本的是正に向け監察に全力を尽し奉る所存なり。
他方「勇者の団」が人事に就てはモウリ男爵のみを将軍に任じ魔物対策小隊長ワタライ男爵及渉外班長サガ男爵は士官に留め置くは臣の如きには甚だ理解し難き儀なり。
臣愚考するに抑も此両男爵は将来を嘱望せらるべき優秀なる魔法導師にしてモウリ男爵に勝るとも劣らぬ人材なれば其待遇はモウリ男爵と同列以上なるべき所なり。加之晩夏の月28日付奉勅命令に拠り置かれたる魔物対策小隊長及渉外班長が隊員乃至班員たるべき現軍曹12人に対して劣後するが如きは 陛下の聖慮に沿はぬ所ならむ。
魔物対策小隊長ワタライ男爵及渉外班長サガ男爵は新任せらるる士官12人に対し当然に先任の地位を保持すべく措置せらるべき旨甚だ僭越乍ら臣敢へて白す。
以上の儀臣ユマ謹み畏みて奏上す。
大陸暦120年晩夏の月31日
首席国務大臣兼軍務監察官 コーシア方伯ユマ
「こちらは、『首席国務大臣兼軍務監察官』のお立場からなら、閣下の御判断で奏上できますが……」
「そこは……殿下の御了解は、いただいてからの方がいいですね」
エルヴィノ王子の了解もなしに独断専行する――というのは、ひどく気が引ける。
「それでは、ジーニア支部に戻りましたら、こちらの上奏案をアトリア宮殿に雷信して殿下の御意を伺い、日報部には、この上奏案を前提に、『いずれにしてもアスマ軍の体制の抜本是正に向けて監察に全力を尽くす』『魔物対策小隊長と渉外班長は他の団員より優先すべきと考える』という見解を伝えておきましょう」
例によって、メリキナ女史は手早い段取りを示す。
「よろしくお願いします」
由真は、常となったその言葉で応えた。
「勇者の団」の新体制に、「小隊長・班長という職にある以上…」という論理でくさびを打ち込みます。
アスマ軍に関しても、「監察せよ」という命令は下されている以上、「総司令官がどうなろうとも、監察(粛軍と合理化)はします」と当然ながらあえて宣言します。