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422. 王国軍人事情報 - アスマ軍総司令官

長かった旅も、残すところあと僅かとなりましたが…

 衛と旧C1班・C2班の全員が下車したのを見届けて、由真は1号車に戻る。


 特等室の居室に入ると、中央のテーブルの上に紙が1枚載せられていて、メリキナ女史とウィンタが険しい顔でそれを見つめていた。


「どうしたんですか?」

「実は、コーシニア中央駅で、こちらの雷信を受け取りました」

 由真が問いかけると、メリキナ女史は机の上の紙を指さして答える。



至急

晩夏の月31日15:37受信


本部御中


 別添のとおりセントラ情報を雷信します。


大陸暦120年晩夏の月31日

セントラ支部


(別添)

王国軍人事情報


1 アスマ軍人事

 アルキア軍務大臣は、晩夏の月31日に王国軍の主要人事を発表した。

 アスマ軍総司令官には参謀次長ウェスロ子爵サクト将軍が就任する。アスマ軍総参謀長兼憲兵司令官にはアトリア第一師団長ムルトロ男爵レンノ将軍が、参謀次長にはアスマ軍前総参謀長イスカラ男爵カルト将軍が起用される。

 ウェスロ新総司令官の親補式は初秋の月1日に王宮において挙行され、その他の人事も同日付で発令される。

 アスマ軍は、イタピラ総司令官、イスカラ総参謀長、ヤムスロ憲兵司令官が27日付で参謀本部付とされていた。

 軍務大臣は、アスマ情勢が緊迫の度を増す現状においてアスマ軍首脳の空白は許されないとした上で、アスマの動向に迅速かつ的確に対応できる人物として、ウェスロ子爵とムルトロ男爵を起用したとしている。

 ウェスロ新総司令官は、67年生まれで88年に士官学校を卒業。魔法師団参謀長、参謀本部作戦部長を経て119年に参謀次長(現職)。

 ムルトロ新総参謀長は、69年生まれで90年に士官学校を卒業。アスマ軍総参謀副長、ヒルティア第一師団長を経て119年にアトリア第一師団長(現職)。


2 その他武官人事

(1) 参謀総長元帥に

 参謀総長カンニア子爵コルト大将軍は、初秋の月1日付で元帥府に列せられ元帥の称号を授与される。現職参謀総長が元帥となるのはカンニア辺境伯アルト元帥以来。存命中の元帥は、マリシア元帥、ボルディア元帥、クロダ元帥に続き4人目となる。

 カンニア参謀総長は、56年生まれで77年に士官学校を卒業。ヴィグラシア師団長、参謀次長、第一師団長を経て、112年から現職。


(2) 「勇者の団」階級昇進

 初秋の月1日付で、「勇者の団」の団長である「勇者」ヒラタ子爵マサシ将軍が大将軍に任官され、「拳帝」モウリ男爵ツヨシ士官が将軍に、軍曹12人が士官にそれぞれ昇進する。

 併せて、ヒラタ子爵は白馬騎士団S級大夫に、モウリ男爵は同A級大夫に叙任され、士官に昇進する12人については騎士爵が授与され白馬騎士団B級大夫に叙任される。

 今回の人事により、「勇者の団」は大将軍を長として将軍1人・士官14人により構成される正規の武門騎士団となる。



「これは……」

「これ自体は、ギルド日報において『セントラ雷信』とされます、記事の情報源です。こちらは、コーシニア中央駅で、日報部の記者から渡されました」


 ギルド日報で「セントラ雷信」とされる記事は、由真も見たことがあった。


「ことにアスマ軍の人事の情報がありますので、閣下の御見解があれば、アトリアに着いた時点でお知らせいただきたい、と、日報部はそのように申しておりました」


 この雷信の冒頭にあるのは、「1 アスマ軍人事」という記事だった。


『この両名、そしてアスマ軍憲兵司令官のヤムスロ、この3人については、参謀本部付に転補して、現職を解く。そして、後任はしばらく補職せぬ。アスマ軍は、まずは徹底した粛軍と、その体制の縮小をせねばならぬ』


 国王は、強い意志を込めてそう言っていた。

 そして、両元帥の刃傷沙汰を人質にとって、アスマ軍総司令官・総参謀長・憲兵司令官の罷免までは実現させた。


 その「三役」を、初秋の月1日――すなわち現地の明日には早くも補充する。

 それも、セントラの王宮で親補式を行ってまで――


「そもそも、『親補式は初秋の月1日に王宮において挙行』って、陛下が、セントラの王宮まで出向く、っていうのは……」

「それであれば、まずもって陛下の王宮還御の件が伝えられるはずです」

 由真が口にした疑問に、メリキナ女史はそう即答する。


「これは私の憶測ですが、『親補式はアルヴィノ殿下が王宮において代行』という記述が、検閲によってこの形になったものかと思われます」


 その「推測」は――王国軍の検閲のずさんさも含めて――確かに説得力があった。


「ということは、つまり、今回のこれは、また、陛下の勅許も賜らないで、アルヴィノ殿下が勝手にやった、と……」

「おそらくは、そういうことかと」


 あの元老院決議で勢いづいたのか、週が明けた途端に再び「暴走」が始まった。


「このウェスロ子爵、っていうのは、どんな人なんでしょうね」

「最初の魔法師団参謀長よ。アルキアの下で働いてたの」

 ウィンタが吐き捨てるように言う。


 確かに、「魔法師団参謀長、参謀本部作戦部長を経て119年に参謀次長(現職)」とされていた。


 王国軍に編入された魔法師団の初代参謀長。

 現軍務大臣のアルキア師団長とともに、ウィンタを魔法師団から除名した幹部の1人。

 よりによって、その人物が、アスマ軍総司令官に就任する。


「卒業年次からすると、総司令官には未だ早いと思われますが……」

「その辺も、参謀総長と軍務大臣のお覚えめでたい、ってとこでしょうね」

 メリキナ女史の言葉にも、ウィンタは嫌悪感を隠そうともしない。


「卒業年次、って、王国軍でも、意味があるんですか?」

 あたかも近代的な軍のような概念が出てきて、由真はそう問いかける。


「王国軍では、階級ごとに定められた停年期間が経過しないと昇進できないと定められています。そのため、停年期間が経過した順に昇進する、つまりは士官学校の卒業年次の順に人事が行われることになります」

 メリキナ女史は、そう答えつつ鞄に手を伸ばし、小さな板状のものを取り出した。


「それは、貴族とかでも当てはまるんですか?」


 由真が更に問いを重ねると、メリキナ女史は鞄から取り出した板状のものを例の水晶板に差し込む。


「……王国軍の停年期間は、身分によって定まります。士官になるのは士官学校本科卒業時ですが、士官学校本科は学院と同等で、卒業するのは20歳になります。

 士官については、ミノーディア大公で5年、他の王族で10年、公爵から伯爵までで15年、子爵・男爵で20年、騎士爵で25年、それ以外は30年とされています。

 将軍は、ミノーディア大公で3年、他の王族で5年、公爵から伯爵までで10年、子爵・男爵で15年、騎士爵で20年です。

 ただし、基礎レベル、クラスレベルやスキルレベルの高い者は、これによらずに任官される、俗に『ステータス抜擢』と呼ばれるものがあります。先代と当代の『勇者の団』を巡る人事は、いずれもこれに該当いたします」


 水晶板を見ながらメリキナ女史は答える。


 上はミノーディア大公から下は「騎士爵以外」――すなわち臣民まで、期間は事細かに規定されているらしい。

 その年数は、「子爵・男爵」も意外に長く、臣民とも大差がないように思われた。


「それは、早いんですか?」

 由真は思わず芸のない直截な言葉を使ってしまう。


「カンシアだと、男爵の文官なんて、30代で局長とかもいるから、それと比べたら、貴族でも遅いわね。それに、臣民だと、先に定年が来て予備役に編入されちゃうから、臣民でA級になれるのも文官だけよ」

 答えたのはウィンタだった。


「定年も、あるんですか……」

「予備役に編入される定年年齢は、一般士官で45歳、幹部士官で50歳、将軍は60歳で大将軍は65歳、元帥は終身現役です。

 臣民の場合は停年期間が30年ですから、20歳で士官になって50歳、幹部士官になったとしても、そこで定年年齢を迎えることになります」

 やはり水晶板を見ながらメリキナ女史が答える。


「それじゃ、将軍にはなれない、と……」

「A級の文官に文民動員令が下った場合は、臣民でも将軍になるはずですが……」


 また新しい概念が出てきた。


「文民動員令?」

「臣民以上は徴兵はできない、って建前だから、その代わりの仕組み。徴兵と違って、一応拒絶はできるんだけど、そんなことすると、貴族連中からにらまれて、仕事も何もできなくなるわね。だから、実質徴兵みたいなものよ」

 答えたのはウィンタだった。


「ミノーディア人には、徴兵の召集令状ではなく文民動員令が下されるのが常です。その場合、A級官は将軍、B級官は士官、C級官は軍曹に転じます」


 メリキナ女史が口にした等級と階級の関係は、以前タツノ副知事から聞かされたことがあった。

 王国軍から「追放」された召喚者の副知事が「徴兵」と言っていたそれは、厳密には「文民動員令」のことだったらしい。


「この文民動員令は、理論上はアスマ人にも下されうるものですが、そういった例はなく、アスマ軍総司令部にアスマ人が入った例もありません」


 カンシア貴族たちの「植民地」呼ばわりからすれば、それも無理からぬところだろう。

 そして、ホノリア紛争の際には、そのアスマ軍は何の役にも立たず、冒険者ギルドが「戦闘」に立っている。


「ステータス抜擢された人物がアスマ軍総司令官になったのも、クロダ元帥が唯一だったはずです」


 ホノリア紛争の時の総司令官。

 紛争の役には全く立たず、あまつさえイドニの砦を奪われた人物だった。


「このウェスロ参謀次長も、子爵家出身者として、普通に士官学校を出た、普通の貴族出身軍人のようです」

 メリキナ女史は、そう言って今のアスマ軍の新総司令官に話を戻す。


「まあ、そうですね。()()()()()()()()()()()()ですね」

 ウィンタは、やはり毒気をあらわに言う。


「88年に士官学校を卒業し、ステータス抜擢ということもないようですから、108年に将軍に昇進して、大将軍に昇進できるのは早くとも123年の春です」

 メリキナ女史は淡々と言う。


「それが、この時点で王国軍三長官になる、ってことは……それだけ、上のお覚えがめでたいんでしょうね」


 カンシアにおいて評価が高い人物。

 それはすなわち、アスマにとってはやっかいな人物ということだ。


 由真の胸の奥から、大きなため息が出てきたそのとき。

 特等室の扉がノックされて――


「失礼いたします。御夕食をお持ちしました」

 ――扉の向こうから、そんな声がかけられた。

アスマ軍総司令官、早くも後任が来ます。


本文では、「ある階級に最低限とどめられる年数」を「停年期間」、「予備役編入される年齢」を「定年年齢」としています。


最後で夕食が届けられましたが、この「人事情報」関係の話は、次回に続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここ二話の登場人物が善い人達だっただけに 何と言うかこう 言葉が悪い上に、譬え話にもならず的はずれでしょうが 席が 場所が空いたから、何か置いておこう 載せておこうと言うなら、 漬物石の…
[一言] 軍務監察官としての奉勅命令を出しても、従うかどうか・・・・・・・・・・ お体に気をつけつつ、更新頑張って下さい。
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