41. 仙道衛のモノローグ (5) 「勇者」との戦い
仙道くんの鍛錬は、勇者様に通用するのでしょうか…
正面から相対して、そして試合が始まった。
平田はすかさず踏み込み、正面から剣を振り下ろす。
それはバックステップで回避する――と、すかさず右側から横なぎの斬撃が来る。そこで左上に上がった剣を、続けて袈裟斬りに振り下ろしてきた。
こちらも左から右に袈裟斬りして平田の剣を受け流すと、俺はいったん距離を取る。
(隙が減ったな)
前回なら、初太刀から二の太刀に入るところで一打、二の太刀が伸びたところでもう一打は入れられた。
今回も、踏み込めばいけるかもしれない。
しかし、この「試合」は「一本」を取れば終わりではなく、相手をKOするまで続けられる。今の平田を相手に無理に踏み込めば、内臓破裂にすら至りかねない。それはあまりに危険だった。
平田は、横なぎから胴打ちを狙いにきた。
俺は、さらにバックステップして斬撃を回避し、剣が伸びきったところを上から叩いて、平田がぐらついた隙で右前に踏み込みつつ胴に斬撃を返す。
そして、平田が剣を翻す前に、すぐさま足腰を翻して間合いを取る。
(渡良瀬の太極拳、役に立ったな)
渡良瀬がセレニア神官に教えていた太極拳。その説明とともに、「両足を踏んだままの体重移動と方向転換」という動きを何度となく見せられた。
足さばきに意識して取り入れてみたそれは、しかと身につき、十分役に立つに至っていた。
いったん間合いが開いたところで、平田は、剣を振りかぶって踏み込んできた。得意パターンの正面打ちから横なぎ、そして袈裟斬り。それでペースをつかむつもりだろう。
俺は、右前に踏み込みつつ平田が振り上げた剣を左側へと打つ。
斬撃が一瞬止まったところで手首を返して平田の胴を横なぎにすると、再び距離を取る。
「くっ!」
そんな声とともに、平田は再び剣を振り下ろしてくる。
その一撃は後退してかわし、やや遅れた横なぎの出鼻を正面から打った上で、平田の右肩を打ち据えて離脱する。
相沢から教えてもらった「胴打ち落とし面」の要領でやる攻撃。今週の自主練で手が重い銅剣に慣れたこともあり、スムーズに実践できた。
「くっ、このっ!」
――耳に入ったその声は、平田のそれではなかった。平田がよろめいている隙でちらりと見ると、モールソ神官が杖を振るっている。
何をしている――と気になったのはほんの一瞬。平田が体勢を取り戻すと、俺は再びそちらに向き直った。
相手が振り下ろそうとした剣を打ち止めた上で胴に8撃目を入れて、間合いを取って構える。
「くそっ! 何で当たらないっ!」
「ええいっ! 何をしているっ! このっ! このっ!」
二つの声が重なる。
俺に対して有効打を一撃も入れていない平田。そして杖を振り回しているモールソ神官。二人の苛立ちが、俺の一身に向けられている。
(それは、こっちの台詞だ!)
声には出さない。しかし、そういってやりたい。これがまともな試合なら、「一本」を8回取っている。とうにこちらの勝利で終わっているはずだ。
しかし、平田はあきらめずに向かってくる。こちらの「有効打」がダメージになっていないのが根本原因とはいえ、一撃が致命傷になりかねないこの相手に「粘り腰」を見せられるとは――
(焦るな……焦ったら、負けだ……)
どうにか気息を整え、構えを取って警戒を戻す。
平田は、またしても正面から剣を振り下ろす。その軌跡は依然鋭い。
右前に踏み込み胴打ちで返す。その動きが鈍っているのは、自分でもわかる。こちらは疲労が蓄積している。
「うぐああっ!」
奇声を上げて、平田は強引に剣を振ってきた。
(しまっ……)
逃げ切ろうにも左足が追いつかない。これは間に合わない――
「そこまでっ!」
そこに響いた鋭い声。平田の剣が俺の左脚の間近で止まった。
「これ以上の継続は不要! この試合、勇者様の勝ちとします!」
女性の声。振り向くと、セレニア神官がこちらに杖を向けていた。
「まだだ! まだ終わってない!」
叫び声とともに、平田は剣を振りかぶり、こちらに切りつけてくる――
「【光の盾】!」
その声とともに、俺の眼前に白い光が現れた。平田の剣は、板状に展開されたその白光にぶつかり、摩擦音とともに止められた。
「な、何をするセレニア!」
グリピノ神官が声を上げる。
「この試合、センドウさんは勇者様に有効打を9打入れています。剣術の試合であれば、センドウさんの勝ちです。ですが、グリピノ神官が決めた試合形式では、どちらかが打ちのめされるまで勝敗がつきません。すでに9打も有効打が入りながらなお勇者様は倒れていない以上、このルールではセンドウさんに勝ち目はありません。故に、勇者様が勝利したものと判定します」
セレニア神官は、蕩々と答える。
「そんなことは、最後までやってみなければわからんではないか! まだ、勇者様は一撃を入れて……」
「一撃でも入ったら、センドウさんが致命傷です」
「そんなもの、治癒でなんとでもなるではないか!」
「その『治癒』、誰の仕事か……わかってますよね? グリピノ警備隊長さん?」
――2週間ぶりに、セレニア神官が毒を吐いた。「私の仕事を勝手に増やすな」という含意は、俺にも十分わかる。
「はい、そういうことで、今回の試合は、これで終わりです。明日のステータス判定まで、ゆっくり休んでくださいね」
そういって、セレニア神官はこの日の実習を終了させた。
そもそも、刃引きされているとはいえ、銅剣を思い切り打ち込まれたら、いくら革鎧をつけていても致命傷なのですが…
あと、内臓破裂もののダメージを受けた後で治癒の術が通じるかどうかは―ユイナさんの腕前次第なので、グリピノ神官が「治癒でなんとでもなるではないか!」と言い切る話ではありません、本来なら。