416. ナスティア駅のホームにて
アスマに向かう特急の最初の停車駅はナスティア駅です。
セントラ北駅から出発した列車の車窓は、昨日の「ナスティア号」と同じ速度で流れていく。
早速供された昼食は、パン、豚肉の生姜焼き、サラダ、スープ、チーズ。
飲み物は、エールやビールではなく茶だった。
アトリアに向かう特急だけあって、特等はセントラを出た直後から「アスマ並」になるらしい。
列車は順調に進み、定刻の12時45分にナスティア駅に到着した。
ここでは出境審査がある。
前回のことを考えると、4号車に乗った14人にどういう態度がとられるか、不安が拭えない。
「メリキナさん、僕は4号車の方を見てきます。出境審査が来たら、伝えておいてください」
メリキナ女史にそう断りを入れて、由真はいったんホームに降りる。
戸口には、衛兵が3人いた。彼らは、由真の顔を見るなり、最敬礼の水準で頭を下げた。
それに礼を返して、4号車の方に向かうと――
「お疲れ様です、閣下」
戸口に立っていた人物――ラミリオ副市長が声をかけてきた。
「副市長、お疲れ様です。今日は……」
「王都衛兵隊が、越権で検査に及び足止めをかける、といったことがないよう、念のため様子を見に参りました」
由真と全く同じことを考えたらしい。
「こちら……ウェネリア県衛兵隊からは、相応の者を出しておりますので、特に問題はないはずです」
そう言われて、4号車の中を見ると、乗客――C1班とC2班の14人と衛兵たちの間で揉めている気配はない。
手荷物は元々少ないため、検査は形だけですんなり進んでいる様子だった。
「ちなみに、念のため、ということで、大臣よりこちらの通知が発出されました」
そう言って、ラミリオ副市長は由真に封書を渡す。
王都列車株式会社御中
株式会社北部列車御中
セントラ北駅本日発車の特急「ミノーディア11号」には、大陸暦120年宮内省布告第8号詔書において安全にアスマ州に移動せしむべき旨言及された元「勇者の団」所属の14人が乗車しています。
同列車の運行の遅延や中止は、この詔書に当然反する所であることを重々認識の上、定時運行に最善を尽くされるよう、念のため通知します。
大陸暦120年晩夏の月28日
宮内大臣 ワスガルト子爵モルト
列車の運行を遅れさせたり止めたりしたら、あの詔書に反する――すなわち「違勅」となる。
そのことを「念のため通知します」としたこの文書は――
「北部列車は、宮内省の方からの信用は……」
「完全に失われております」
由真の言葉に、ラミリオ副市長は端的に応える。
「ちなみに、本日のこの列車は、王都列車のシンカニオ用機関車が、このままイトゥニアまで牽引します。運転士も王都列車の者が乗務します。ただ、線路の条件から、速度は110キロ程度となるそうですが」
結局、「信用されている方」の王都列車が運行するらしい。
「それともう一つ、こちらは臣民院からの連絡です」
そう言って、ラミリオ副市長は別の封書を差し出した。
<臣民院公報>
大陸暦120年宮内省布告第8号詔書が渙発せられたことを受け、臣民院は、本日閉会中臨時会合を開催し、別添の議長奉答文を全会一致をもって可決した。
大陸暦120年晩夏の月28日
臣民院事務局
(別添)
上奏
臣タスコ謹み畏みて奏上す。
畏くも国王陛下には、 昨日大陸暦120年宮内省布告第8号詔書を渙発せられたり。
聖慮が王国衆庶が生活に遍く及ばれたるを承り臣等恐懼に堪へず。
臣民院が議長として議員一同を代表して本詔書を謹みて奉戴すると倶に其聖慮を深く体して王国衆庶が生活の改善に向け秋期王国議会に於て審議に意を尽す旨茲に誓約する儀臣タスコ謹み畏みて奏上す。
大陸暦120年晩夏の月28日
臣民院議長 タスコ・ハリオ
臣民院は、当然ながらあの詔書を歓迎する意向を示した。
その上で、「王国衆庶が生活の改善に向け秋期王国議会に於て審議に意を尽す」としている。
その意味は、国王自身が「悪法」と認める「アルヴィノ体制」の法律を是正する、という決意を示したものだろう。
(臣民院でしっかり審議してくれれば、元老院に対抗しやすくなるな)
由真が1人で意見するより、「臣民院においてもこのような議論がなされている」と言える方が、ことに「王国衆庶」に対する説得力は高まる。
「元老院の方は、議員連が非公式に集まってはいるようですが、本日は公式な会合は開かれない模様です」
ラミリオ副市長は曇り顔で言う。
「それは……詔書を素直に承る、というつもりはない、と……」
「おそらくは、そういうことかと」
あの詔書が下されたからといって、元老院が直ちに態度を改めることはないのだろう。
「ともあれ、王国議会の決戦は、後半の諸侯会議です。閣下には、そちらの場で、陛下の御期待にお応えいただきたく」
ラミリオ副市長は、そう言って由真に頭を下げる。
「わかりました。副市長も、陛下が御心を安んじていただけるよう、引き続き、よろしくお願いします」
由真は、1ヶ月前に初めて対面したときと同じ趣旨の言葉を――あのときより強い思いを込めて返す。
ラミリオ副市長は、「かしこまりました」と応えた。
副市長も出向いてくれて、出境審査は事なきを得ました。
列車が止められたりしないよう、宮内省も念押ししています。
その副市長に留守を託して、主人公は汽車旅を続けます。