413. 邂逅 (2) 対話
セントラ北駅で、彼女たちは相対します。
今回も、主人公視点・三人称の「Side 由真」と幼馴染み視点・一人称の「Side 聖奈」が同じ話数に並んでいます。
【Side 由真】
由真たちの高校の冬服を着た女子2人。
由真がとっさに使った術式をやり過ごす。少なくともその程度の魔法耐性はある2人。
その2人――嵯峨恵令奈、そして度会聖奈が、ほんの10メートルほど先に立ち止まっている。
2人の「マ」は、系統魔法の術式には向かっていない。そのことは、魔法解析でわかる。
2人とは、戦闘にはならない。
声を上げれば、相手に聞こえる。そして会話を始める。
そんなことができそうな状態。
その2人――ことに、度会聖奈の姿を目の当たりにして、由真は、動けなくなってしまう。
声をかけるべきなのか。
何を言えばいいのか。
あのとき――召喚されたあの日に、相沢晴美とともに歩くことを選び、そして「絶縁」の言葉を向けた彼女に向かって。
今この瞬間、自分は、どうすれば――
「こっちに、戻ってきたんだ」
ようやっと口から出てきたのは、そんな言葉だった。
「そう。今さっき、着いたとこ。シンカニオ、って奴で」
聖奈の口から、そんな言葉が返ってきた。
「シンカニオって、『駿馬2号』?」
10時ちょうどにドルカナ駅を出発し、予定では10時59分に到着する列車。おそらく、彼女たちはそれに乗って――
「いま……なんて……」
聖奈は、目を見開いて、驚きをあらわに、そんな言葉を返してくる。
「だから、『駿馬2号』、だよね? 10時に出て、11時に着く。一応、時刻表は、まだ覚えてるから」
由真はそんな言葉を返す。
時刻表は記憶に残っている。読み方は、メリキナ女史がそう呼んでいたはずだ。
「『しゅんめ2ごう』って……『しゅんめ2ごう』って言ったよね?」
身を乗り出すようにして、彼女は問いかけてきた。
「ヨシ、あの列車……『駿馬2号』なんだよね?」
昔からの呼び名を使って、彼女は問いを重ねる。
「僕の、翻訳スキルだと、駿河の駿に馬で、『駿馬2号』で通るけど……」
その勢いに押されるままに、由真はそう答える。
すると、相手――聖奈は、大きく目を見開いて、しばらくして、ふう、と息をついた。
「翻訳……スキル、って……そういう……こと……」
聖奈は、そんな言葉を漏らした。
(ああ、そういうこと、か)
その反応で、由真はようやく得心した。
おそらくは「標準ノーディア語翻訳認識・表現総合」のレベルの違いで、「優れた馬」を意味する標準ノーディア語が、「駿馬」と通る場合と、より平易な言葉で通る場合とがある。
聖奈の近くにいた平田正志や毛利剛は、「駿馬」とは異なる言葉で「翻訳スキルを通った」ため、目の前で「違う言葉」がやりとりされて、それで聖奈は混乱したのだろう。
「ヨシは……『駿馬2号』で通るんだよね?」
その問いかけからも、事情は容易に推測できる。
「それで、通るけど……」
由真がそう答えると
「そう……」
という言葉が返ってきて、そして、聖奈の目がたちまちに潤んでいく。
「せ、セナちゃん?!」
由真は思わず叫んでしまう。
その間にも、聖奈の目から涙があふれてくる。
その体が震えているのも、はっきり見て取れる。
「そ、その……セナちゃん、ごめん……」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。
習い性になっていたからか、目の前で泣かれてしまったからか。
すると、聖奈の目元から、涙が幾筋も流れてきて――
「ヨシ……ごめん……ごめんなさい。今まで、ごめんなさい……」
――震える声でそんな言葉を口にすると、彼女は、体を震わせてひたすら嗚咽を漏らしてしまう。
「その、僕の方こそ、ごめん……」
そんな聖奈を前にして、由真はそれ以外の言葉が出てこなくなってしまう。
「度会さん……」
聖奈の傍らにいた嵯峨恵令奈が、そう言いつつ聖奈の肩を慰めるようになでる。
そして、嵯峨恵令奈の目が由真の方に向かう。
「渡良瀬君……度会さんは、ずっと、会いたがって……」
その言葉が、由真の心を鋭く貫く。
聖奈と会って、「戦う」のではなく「話す」。
そんな可能性を、今この瞬間まで、全く想定していなかった。
ともにアスマに移った晴美たち。これからともにアスマに向かう、衛と14人の同級生たち。
アスマを統治するエルヴィノ王子、それを支えるユイナやタツノ副知事。
このカンシアで、病身を押して王国を立て直そうとしている国王、それを支えるナイルノ神祇長官やワスガルト宮内大臣。
そして、目の前でひたすら泣きじゃくる聖奈と、彼女を慰める嵯峨恵令奈。
どれか一つだけを選ぶなど、とてもできない。
どうしたら――自分は、何をもって応えたら――
「えっと、その……」
思わず口をついて出た、その言葉。
『他人と話すとき、間投詞は無意味に使うな。考えがないと思われて足下を見られる。ことに『えっと』などは論外だぞ』
あの「先輩」に何度も注意されたその間投詞。
それが口から出てきてしまい、そして言葉が続かない。
ちょうどそのとき、涙に濡れた聖奈は、鋭く顔を上げて、にじむ目を由真に向けた。
「ヨシ……また、こっちに、来るんだよね?」
震える声で問いかけられたその言葉。それに対する答えなら、迷う余地はない。
「うん、来月の末に、また、こっちに来る」
由真がそう答えると、聖奈は、首を横に振って、何度か深呼吸する。
そして、顔に笑顔を浮かべ――いや、どうにか貼り付けたように見えた。
「それじゃ、来月、楽しみにしてるから」
声の震えを必死で抑えた様子で、聖奈はそんな言葉を返してきた。
「わかった。その、来月の28日に、カンシアに入るから」
今度は、日付――国王から命じられたその日も含めて応える。
「それじゃ、また来月ね」
そう言って、聖奈は由真に向けて手を振った。
【Side 聖奈】
うちの高校の夏服を着た女子。
ヨシ――「由真ちゃん」――「首席国務大臣コーシア方伯ユマ閣下」。
もう会えない。そう思ってたはずの「彼女」。
それが、ほんの10メートル先にいる。
あたしは――どう呼びかけたらいいのか、何を話したらいいのか、そんなことも、全くわからなくなってしまって、声も出てこない。
「こっちに、戻ってきたんだ」
彼女に、そう言われて。
「そう。今さっき、着いたとこ。シンカニオ、って奴で」
応える言葉が、口から出てきた。
「シンカニオって、『駿馬2号』?」
――え?
「いま……なんて……」
思わず声が出てしまう。
「だから、『駿馬2号』、だよね? 10時に出て、11時に着く。一応、時刻表は、まだ覚えてるから」
彼女の口から、そんな言葉が出てきた。
「『しゅんめ2ごう』って……『しゅんめ2ごう』って言ったよね?」
今聞こえたその言葉。それを、あたしは繰り返してしまう。
「ヨシ、あの列車……『駿馬2号』なんだよね?」
そして、昔からの呼び名で、彼女を――ヨシを呼んでいた。
「僕の、翻訳スキルだと、駿河の駿に馬で、『駿馬2号』で通るけど……」
翻訳――スキル? それで「通る」?
「翻訳……スキル、って……そういう……こと……」
あたしは――今更ながら、それに気づいた。
あたしたちは、今までずっと、日本語を見聞きして、日本語で読み書きしてた。
けど、この異世界の本来の言葉は、当然それとは違う。
それを「通す」。それが「翻訳スキル」だった。
「ヨシは……『駿馬2号』で通るんだよね?」
そう訊いたら。
「それで、通るけど……」
そんな答えが返ってきて。
「そう……」
って言って頷いたら。
あたしの胸が苦しくなって、目が熱くなってきた。
あたしの「翻訳スキル」は、ヨシと同じ「駿馬2号」で通る。
あたしは、「名馬」で通る平田君とか毛利とかとは違って、ヨシと同じ側にいる。
頭がいっぱいになっちゃって、何も考えられない。
何か、言わないといけない、すごく大事なことが、あったはずなのに。
それが思い出せなくて――
「そ、その……セナちゃん、ごめん……」
その言葉が聞こえて。
ようやくあたしは、そのことを――言わないといけない、すごく大事なそのことを思い出した。
「ヨシ……ごめん……ごめんなさい。今まで、ごめんなさい……」
――限界だった。やっとそう言い切ったら、もう後は、えぐえぐ、って、嗚咽しか出てこない。
「度会さん……」
肩に触れる手。嵯峨さんが、あたしをなでてくれた。
「渡良瀬君……度会さんは、ずっと、会いたがって……」
それは――結局、やっぱり、あたしの本心だった。
嵯峨さんのその言葉で、あたしは、いよいよ涙が止まらなくなって。
「えっと、その……」
『えっと、その……』
目の前の女の子のその言葉が――小さい頃から何回も聞いてきた、ヨシのそれと重なった。
なんとか顔を上げて、ヨシの方に目を向けたら。
ヨシは、目を見開いて、そして固まってた。
ヤンキーが50人いても動じないヨシ。
でも、あたしが何か言ったり、女子たちが学級会とかで泣き叫んだりすると、気の利かない言葉しか言えなくなって、困った顔で固まってしまう。
ヨシのその顔が――なんだかすごく懐かしい。
優しくて、目の前のことは放っておけなくて。
自分のことはどうでもよくて、でも、他人のことは見捨てられない。
ずっと、あたしが独り占めしようとしてた、ヨシの素顔が、今のあたしには、すごく懐かしかった。
「ヨシ……また、こっちに、来るんだよね?」
声は震える。けど、あたしは、どうにか言葉が口にできた。
「うん、来月の末に、また、こっちに来る」
ヨシは、そう答えた。
首を振って、大きく息をついて。
うん、なんとかなった。
「それじゃ、来月、楽しみにしてるから」
今度は、声が震えることもなく、そう言い切ることができた。
「わかった。その、来月の28日に、カンシアに入るから」
さっきよりはっきり、そう答えてくれた。
「それじゃ、また来月ね」
あたしは、そう言って、目の前のヨシに手を振ってみせた。