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411. 晩夏の月の出張を終えて

主人公側も、出発の日の朝を迎えました。

 その夜、コップ1杯のビールを飲んだ由真は、ほろ酔い加減でゲントたちを見送った。


 明けて晩夏の月28日。

 二日酔いといったこともなく、由真は6時に起床して、庭に降りて軽く運動した。


 朝食は7時半から。

 前日までとは異なり、その前にルクスト事務局長が通知のたぐいを持ってくることはなかった。


 この日は、10時40分に玄関に集合して、バソでセントラ北駅に向かい、12時ちょうど発の「ミノーディア11号」に乗る。

 列車に乗って出発する以外の用事はなく、出発の準備は食後に手をつけても間に合う。


 C1班・C2班の14人は、出張先で強要された「襲撃」の途中で保護されたため、まさに着の身着のままだった。

 最低限度の着替えは宿泊滞在区画に備え付けられたものを使っていたため、それをそのまま持って行くことができるように手配した。

 更に、荷物を運ぶことができるよう、小型の背嚢を1人1つずつ――由真の手許金で――支給してあった。



 荷物をあらかた片付け終えた9時40分に、扉がノックされて、ルクスト事務局長とメリキナ女史が入室してきた。


「閣下、ナスティアの宮内大臣から、雷信がございました」

 そう言って、ルクスト事務局長は封書を差し出した。



晩夏の月28日9:13受信


アスマ州庁尚書府カンシア事務局気付 首席国務大臣 コーシア方伯ユマ閣下


 昨日軍務大臣に対し発出された「勇者の団」に関する奉勅命令につき、昨日中に返答がなかったため、軍務省人事局に照会したところ、別添のとおり回答がありましたのでお知らせいたします。


大陸暦120年晩夏の月28日

宮内大臣 ワスガルト子爵モルト


(別添)

ナスティア離宮付侍従職殿


 照会の奉勅命令に関しては、以下のとおり人選された。


 魔物対策小隊長 士官 ワタライ男爵セイナ

 渉外班長 士官 サガ男爵エレナ


 軍務大臣よりの奉答は、本日午前中に送信する。


大陸暦120年晩夏の月28日

軍務省人事局第一課



 昨日付の奉勅命令では「本日中に奏上すべし」とされていた「勇者の団」の魔物対策小隊長と渉外班長の人事。

 今朝督促されるまで、軍務省人事局は「放置プレイ」を決め込んでいたらしい。

 これで「違勅即解官」にできないものか――などと由真は一瞬思ってしまう。


「どうやら、例の女性士官2人が、責任者とされたようです」

 ルクスト事務局長にそう言われて、由真の意識は「本題」に戻った。


 確かに、度会聖奈が「魔物対策小隊長」、嵯峨恵令奈が「渉外班長」とされている。


「これは……少しは真面目に取り合ったのか、『小娘2人』に押しつけたのか、どちらでしょうね……」


 階級は「将軍」の平田正志に次ぐ「士官」で、B1班・B2班に指揮命令できる立場にある2人。


 善意で解釈すれば、彼女たちを起用することで、体制強化の要求に誠実に応えたと見える。

 しかし、悪意をもって解釈すると、昇進させる予定のない女性2人を形ばかりの「責任者」としておいて、昇進した毛利「将軍」や島津・浅野両「士官」が実際には中心となるという方針ともとれる。


「そこは……ボレリア博士の処遇からしても、カンシアでは、女性の魔法導師は依然として冷遇が続いていますので……」

 ルクスト事務局長は曇り顔で答える。


「まあ、そういうことなんでしょうね……」


 ノーディア王国の体質そのものが、たちまちに是正されるはずもない以上、「悪意」や「男尊女卑意識」を前提として考えるべきだろう。


「ところで閣下、一つお話ししておきたいことがございます」

 ルクスト事務局長は、そう言って表情を改める。


「尚書府カンシア事務局長は、内務省か民政省の人間が派遣されます。私自身は内務省の出身で、119年に、内務次官から現職に移りました」


 彼は、内務次官という顕職からこの職に転じたらしい。


「この職は、以前は3・4年程度在任していたのですが、カンシアの環境は悪化しており、私の前任は、着任2年で一昨年に退任しております」


 カンシアの「アルヴィノ体制」が確立された117年。

 それ以降、このカンシア事務局長は、それだけストレスフルなポストになったのだろう。


「来春には、今の閣僚が在任4年に達するため、閣僚の交代を含む、大々的な人事が想定されております。その際には、私も、今の職より退くこととなろうかと思われます。

 私の後任候補としては、ユリスモ内務次官とファラシア民政次官の名が挙がっていると聞いております」


 次官級の高級官僚に関しては、半年以上前から人事の構想があるらしい。


「ただ、このサガ男爵とワタライ男爵、女性の2人は将軍とならず、男の士官のみが将軍に昇進し、軍曹が士官に上がる、と、そのような人事が実際に行われるとなると、カンシアの男尊女卑の傾向は、その程度には強い、ということになります。

 そうなりますと、ファラシア次官をこの職に据えるのは、未だ時期尚早と申し上げざるを得ません」


 確かに、ファラシア次官が優秀な人物であっても、このカンシアでは、「女性」というだけで足下を見られる恐れは高い。

 そしてこのカンシア事務局長は、何をおいてもまずは「足下を見られない」ことが重要になる。


「タツノ副長官やフォルド副知事とお話しする機会がございましたら、その旨、お伝えいただければ幸いです」


 民政省と内務省の「大御所」。片やコーシア方伯の家臣筆頭、片やアトリア市の筆頭副知事。

 その2人と話す機会そのものは――アスマに戻ればいくらでもある。


「わかりました。話す機会があったら、伝えておきます」


 高級官僚の人事を巡る話をする機会があるかどうかは心許ないものの、由真はそう応えた。



「それと、こちらは、オスキアからの雷信です」

 そう言って、ルクスト事務局長は別の封書を差し出した。



晩夏の月28日9:22受信


アスマ州庁尚書府カンシア事務局長 クレノ・フィン・ルクスト閣下


 昨日はお疲れ様でした。

 詔書は昨日後場開始早々に承り、株式・債券ともにアスマ系銘柄は売り注文が少なく高値安定でした。カンシア系主要銀行は、本日前場開始時点でも安値取引停止となっておりますが、両院が詔書奉戴を決議すれば買い注文も生じるものと見込んでおります。

 首席国務大臣コーシア方伯ユマ閣下は、 本日御出立されると伺いました。

 閣下には、 次は泊まりがけにてオスキアに来訪されることを願っております。その折は、理事一同心より歓迎いたします。

 アスマとの友好関係の維持と発展に向け、当方も更に尽力して参る所存です。

 引き続きよろしくお願いいたします。


大陸暦120年晩夏の月28日

オスキア市知事兼理事長 セルモ・フィン・ハラルノ



 今回の出張で視察してきたオスキア。

 といっても、滞在わずか3時間半。目抜き通りで昼食をとり、港を見ただけでとんぼ返りしてきた。

 そのオスキアの「知事兼理事長」が、市場情報とともに、由真への「歓迎の言葉」を示してきた。


「この、知事兼理事長、という方は……」

「文字通り、オスキア市の首長です。市参議会から指名される自由都市としての理事長が、勅命を奉じ任ぜられる県級市としての知事を兼ねる、と、オスキアにおいては、伝統的にそのような運用がなされております」


 王国自由都市という地位が、その程度には尊重されているのだろう。


「閣下も御多忙のこととは思いますが、私の在任中に、アスマと友好関係にあります、オスキア、トルパ、フルニアについては、閣下の御視察を賜ることができれば幸いです」


 このカンシアの中ではアスマに対して友好的な地域。

 その友好関係を保っておくことも、これからのカンシアとの戦いにおいては欠かせない

 エルヴィノ王子の代理としてカンシアを再訪するなら、友好関係維持のための「訪問」も大事な仕事といえるだろう。


「そうですね。是非、よろしくお願いします」

 由真は、ルクスト事務局長にそう応えた。



 荷物を背嚢に収納して、由真は10時半に宿泊滞在区画の玄関に入った。


 その時点で、メリキナ女史の他に、C1班が4人、C2班は5人が既に姿を見せていた。

 程なく、衛にウィンタ、それに残りの面々も出そろった。


 この4泊5日の滞在で送迎に使われていたバソに、一行は乗り込む。


 C1班・C2班の合計14人に事務局職員2人が前側の2人掛け計16席に、メリキナ女史、ウィンタ、衛にルクスト事務局長が後側の1人掛け計4席に座り、そして由真が最後尾に着席する。


 バソは、10時45分にアスマ公爵王都邸宅から出発した。

 外の通りは、一昨日や昨日と同じようにトラカドやバソが行き交っている。

 これが、この界隈の常の賑わいなのだろう。


 程なく、バソは検問の手前で右折して、前方に石造りの駅舎が現れた。

時刻は11時、主人公たちは石造りの駅舎の前にさしかかりました。

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