409. 度会聖奈の転進 (1) 詔書が来て
セプタカの砦にいる「勇者の団」の方は…
晩夏の月27日になった。
昨日は1日謹慎だったから、あたしと嵯峨さんは、夜まで部屋にこもってた。
でもって今日は――平田君のお呼び出しで、昼過ぎに会議室に集められた。
「昼前に、先代の『勇者』と『賢者』が、直接国王に掛け合った。さすがに、14人は俺たちのところに戻ってくると思う」
――相変わらずね。っていうか、「国王」には「陛下」ってつけるようにしないと、セントラに戻ったら恥かくんじゃない?
「それと、参謀本部から、連絡が入った。俺たちは、明日の朝、ここを引き払って、王都セントラに移ることになった」
ほんとにセントラに戻ることになったみたい。
ずいぶんと唐突だけど、平田君と島津君の2人は、前々から話をしてたんでしょうね。あたしたちには事後報告って前提で。
「俺たちは、明日の朝9時に出る汽車に乗って、10時にドルカナを出る『名馬2号』というのに乗り換えて、セントラに入る。着いたら、セントラ北駅に、迎えの車が来るそうだ」
――「めいば」号? ヨシたちが乗るはずだった「駿馬」号ってのとは違うの? まあどっちでもいいけど。
で、用事はもう終わり? なら帰らせてもらえない? あんたたちと同じ空気を吸ってるだけでキレそうなんだけど?
なんて思ってたら。
ドアがノックされて、通信班の人が、恭しく、って感じで封筒を頭の上に捧げ持って入ってきた。
「失礼いたします。詔書が渙発されました」
って言って、封筒が平田君、あたし、嵯峨さん、毛利の前に置かれた。
他に2人入ってきて、島津君と浅野君にも封筒が渡される。
中に入っていたのは――すごく長い文語体の文章。
やっぱり頭に入らない――なんてとてもいえなかった。
だって、「前代未聞の39人が召喚」「内9人が排除」「兵卒とせられたる14人」って、あたしたち(ってことになってる)「勇者の団」のことがはっきり書かれてあったから。
でもって結論は、「兵卒14人をアスマ州に割愛する」。
人を「割愛する」っていうのは、「自分とこの人材を惜しいけどお譲りしましょう」って意味。それは、あたしも知ってる。
つまり、そういうこと。
C1班とC2班の14人は、アスマに移る。
この王国のトップ、国王陛下が、そう宣言した。
「う……ぐ……これは……」
勇者様は、首をかしげてそんな声を上げてた。
そもそも文章が読めてないのか、読めてはいても中身が受け入れられないのかは、あたしにとってはどっちでもいい。
毛利は、変顔――じゃなくて、しかめっ面で紙を見てた。
「度会さん、これ……」
そして、あたしの隣で、嵯峨さんが耳打ちしてきた。
「嵯峨さん。あの14人は、アスマに行けるみたいね」
「それも、そうだけど……これ、渡良瀬君、今より、もっと偉くなるんだよね?」
そう言われて、あたしは、この詔書の前の方に目を向ける。
確かに、「国務大臣が首座」とか「王国が国政を総覧」とか書いてあった。
「アスマとも、戦争にはならないみたいだし、これなら、やっぱり、渡良瀬君とだって……」
そのこと。嵯峨さんは、こんな状況でも、それを気にかけてくれてる。
確かに、アスマに戦争を仕掛けるとはけしからんみたいな内容だし、「コーシア方伯」――ヨシは、めちゃくちゃ偉い立場になるらしい。
けど――今だって、十分偉い立場なんだよね?
先代の勇者様と賢者様って、国王陛下に直接掛け合えば、あの14人のことも簡単にひっくり返せるはず、って、そのくらい偉い人たちなんでしょ?
でもヨシは、「上級国務大臣3人」の1人。つまり、その2人と同じ立場、ってこと。
それだけ偉いはずのヨシが、「株式会社北部列車」には「下賎」とかいうふざけた理由で乗車拒否された。
つまり、国王陛下の詔書が出たからって、このノーディア王国の中で、ヨシの立場が変わったりする訳でもない。
まあ、気を配ってくれてる嵯峨さんに、そんなことを言ったりはしなかったけど。
フリーズしてる勇者様と元からスペックの足りてない毛利は放置して、あたしたちは部屋に戻った。
そしたら、通信班の人が、あたしたちのとこにやって来た。
「実は、このようなものも送られてきました。勇者様は、御関心もないと思いましたので、お届けしておりませんが……」
そう言って渡してくれたのは――
王国軍各部隊官衙へ
本日、別添1の詔書が渙発され、別添2の勅書が発せられたところ、参考まで送付する。
大陸暦120年晩夏の月27日
軍務省軍政局
(別添1)
大陸暦120年晩夏の月27日
宮内省布告第9号
畏くも国王陛下には 本日以下の如く詔書を渙発せられたり。
宮内大臣 ワスガルト子爵モルト
(詔書)
王国議会議員へ
大陸暦120年秋期王国議会を茲に召集す。
其会期は大陸暦120年初秋の月15日より同年盛秋の月15日迄とす。
尚委細は追而勅す。
御名親署
大陸暦120年晩夏の月27日
首席国務大臣 コーシア方伯ユマ
(別添2)
大陸暦120年晩夏の月27日
宮内省布告第10号
畏くも国王陛下には 本日以下の如く勅書を発せられたり。
宮内大臣 ワスガルト子爵モルト
(勅書)
王国議会議員及関係諸官へ
大陸暦117年に施行せられたる諸法律は其影響甚大なる所然るべく改むるを要す。仍て会期は1ヶ月と定めたり。
王国政府各省大臣は各所管法律の施行状況を十分調査の上適切なる改正法案を提出すべし。
元老院及臣民院は其議案の可否に就初秋の月30日迄に決し諸侯会議に報告すべし。
諸侯会議は盛秋の月1日以降会期中に其議案の可否を決し奏上すべし。
尚コーシア首席国務大臣は初秋の月28日に王都に入るべし。議案に関する以後の上奏は須く首席国務大臣の内覧を得べし。
大陸暦120年晩夏の月27日
御名親署
同日
臣宮内大臣 ワスガルト子爵モルト 奉る
――王国議会召集の詔書と勅書だった。
詔書は「首席国務大臣 コーシア方伯ユマ」なんて名前が書かれてる。
こんなもの見せたら、あの勇者様は壊れて暴走するかもしれない。
そっちはともかく。
勅書の方には、「コーシア首席国務大臣は初秋の月28日に王都に入るべし」って書かれてた。
「コーシア首席国務大臣」――ヨシは、C1班とC2班の14人を連れて、アスマに帰ってしまう。
けど、「初秋の月28日」、つまりちょうど1ヶ月後に、またセントラに来る。
でも。
このノーディア王国が、まともになるなんて、とても考えられない。
今度は、乗車拒否どころか、入国拒否されるかもしれない。
そうなったら――ヨシはセントラになんか来ない。
それか――こんな議会のためなんかじゃなくて――この国を攻め滅ぼしに来るか。
そうなったら、「勇者の団」は、ヨシと戦うために動員されて、そして、ヨシに倒される。
それも、いいかもしれない。
嵯峨さんが亡命する道筋さえついたら。
あの勇者様だって、ヨシなら、簡単に殺せる。
勇者様も、毛利も、島津君たちも、そしてあたしも。
あたしたちを勝手に召喚したあの王子も、先代の勇者と賢者も。
みんなまとめて、ヨシに殺される。
それも、いいかもしれない。
こんな腐りきった異世界から、もう元の世界に戻れないなら。
最期は、ヨシの手にかかるなら。
最期だけでも、ヨシの手がかかるなら。
それも、いいかもしれない――
「勇者の団」は王都セントラに移ることになりました。
そして彼女は、前日の乗車拒否事件を引きずっています。