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408. セントラに戻って

離宮での仕事は終わり、セントラに戻ります。

 軍事関係の交渉も終わり、由真たちは離宮を後にする。

 控室にはラミリオ副市長がやってきて、そのまま列車発着場まで案内してくれた。


「今日は、あのような詔書や勅書が次々と発出されて、久しぶりに心地よく仕事ができました」


 道すがら、ラミリオ副市長はそんなことを言う。この日は、一連の事務作業を裏で取り仕切っていたのだろう。

 その副市長は、引き続き離宮で残務があるということで、列車に乗るところで別れることになった。


 由真たちは、離宮からナスティア高原駅までは3両編成の電車に乗り、そこから15時30分発の普通列車に乗り換えて、15時49分にナスティア駅に到着した。


 ここから、16時発の「ナスティア134号」でセントラに戻る。

 アスマ公爵王都邸宅に到着したのは17時過ぎだった。


「お疲れ様でございました。アトリアから、こちらが参りました」

 玄関に迎えに来た職員が、そう言って由真に封書を手渡した。中に入っていたのは――



晩夏の月27日13:02受信


首席国務大臣兼尚書府副長官 コーシア方伯ユマ殿


 本日渙発せられたる大陸暦120年宮内省布告第8号詔書を我も奉戴し別状の如く奉答したり。

 卿が功労を我は深く嘉賞す。

 詔書に於て示されたる聖慮を深く体しノーディア王国就中アスマが発展に向け更に尽力する時を我も庶幾す。

 尚アスマに割愛せらるる14人の処遇を含む当面の予定に就ては明後日「ミノーディア11号」がアフタマ駅に到着する際に伝達せしむべく追而雷信す。


大陸暦120年晩夏の月27日

アスマ公爵ノーディア王子エルヴィノ


(別状)

上奏


  エルヴィノ謹み畏みて奏上す。


 畏くも国王陛下には、 本日大陸暦120年宮内省布告第8号詔書を渙発せられたり。

 アスマ公爵及メカニア州長官代理として本詔書を謹みて奉戴し其聖慮を深く体してコーシア首席国務大臣兼尚書府副長官と倶にアスマ及メカニアが更なる発展に向け一層尽力せむ事を茲に誓約する儀エルヴィノ謹み畏みて奏上す。


大陸暦120年晩夏の月27日

 メカニア州長官代理 アスマ公爵ノーディア王子エルヴィノ



 ――エルヴィノ王子からの雷信だった。


 由真の働きをねぎらい更なる尽力に期待するという内容に、「一山を越えた」ことの実感がわいてくる。

 そして、「アスマに割愛せらるる14人の処遇を含む当面の予定」は、明後日にアフタマ駅に到着する際に伝えられるという。

 その手前まではカンシアで、検閲の危険がある以上、やむを得ないことだった。



 そのC1班・C2班の14人には、17時半に会議室に集合してもらった。


 由真が衛とメリキナ女史を伴って入室すると、集まった彼らは、一様に熱い視線を向けてきた。

 彼らの手元には、既に詔書も配られている。


「夕食前に、わざわざ集まってもらって申し訳ないけど、みんなに、報告があるんだ」

 全員を前に、由真はそう切り出す。


「みんなのとこにも配られたと思うけど、今日、国王陛下が、詔書を出された。いろいろ書いてあるけど、結論としては、下線を引いてあるとおり、『14人をアスマ州に割愛するを認め、彼等を安全にミノーディア総州を経てアスマ州に入らしむべき儀を関係機関に対し命ず』、ってことになった」


 全員の手元に配られた詔書は、その箇所に下線を引いてあった。


「これで、僕らはそろって、明日12時に出る特急『ミノーディア11号』に乗って、アスマに行けることになった」

 そう言葉を続けると、14人は、おお、といった歓声を上げ、そして拍手した。


「いろいろと、騒ぎもあって、みんなには、すごく心配もかけたみたいだけど、これで、もう大丈夫。アスマに移りさえすれば、もう、この王国の手は及ばないから」


「渡良瀬君! ありがとう! 僕らを助けてくれて、僕らのために、ここまでしてくれて……本当に、ありがとう!」

 青木修介が、そんな声を上げる。


「渡良瀬! ありがとう!」

「……感謝の言葉もない!」

 C1班班長の松川定利、そしてC2班班長の近藤優一も、そう言って深く頭を下げた。


「これは……この王国の国王陛下のおかげだよ。だから、この詔書にあるとおり、アスマに行ったら、あっちの発展のために、一緒に頑張ろう」


 由真がそう言うと、14人は拍手で応えてくれた。


 詳しい予定は、明後日の午後に連絡が来るので改めて説明する、と告げて、それでその場は解散となった。


 由真は、割り当てられたスイートルームに戻り、最後の夕食を待つ。

 6時を回ったところで、扉がノックされた。


「どうぞ」

 と応えると――


「おう! ユマ! やったじゃねえか!」

 来客――ゲントの声が響く。


「ゲントさん! それに、サニアさんに、ヴェルディノ長官まで……」


 ゲントに続いて、サニアとヴェルディノ男爵も姿を現した。


「明日発つんだろ? 渡せる土産もねえけど、顔だけは出しとくか、ってことでな」

「そんな……わざわざ済みません」

 ゲントに言われて、由真は腰から頭を下げる。


「しかしユマ、お前は、ほんとにすげえ奴だな。陛下まで動かして、ここまでやってくれるんだからな」

 そう言って、ゲントは詔書をかざした。


「これは、まことに陛下の御意。100年代を思い出しました。陛下が御不例となられてこの方、10年近く黒雲に覆われていた聖慮が、かくも明確に示されるとは、……私は、ただ感動の至りにございます」

 横からそう口にするヴェルディノ男爵の声は、震えてすらいた。


 ちょうど夕食時だったため、由真は3人を誘って食事を振る舞うことにした。

 急な注文だったものの、厨房は、ナスティア産の牛肉に加えて、鶏肉の揚げ物にビールも用意してくれた。

 ウィンタ、衛、メリキナ女史も加わって、ちょっとした祝杯気分だった。


「あの軍務大臣なんて、詔書が出て、勅命も下ったっていうのに、グチグチ文句言ったり、煮え切らない態度のまんまだったりで、ほんとにひどかったですよ」

 初日と同様にアルコールが入って、由真は思わずそんな愚痴をこぼしてしまう。


「今の将軍連中は、大体ろくでもねえからな。あのアホ王子とクソ元帥どもに媚びて引っ張られた奴しかいねえ」

 ゲントは、そう言って肩をすくめた。


「海軍の方も、114年に海事省が軍務省と運輸省に分けられてから、提督の大半が予備役に回されたのよ。今の提督は、あらかたが王国軍の士官上がりで、船なんてろくに動かせないって噂よ」

 サニアも眉をひそめて言う。


「あ、この国にも、海軍ってあったんですね」

 由真は思わずそう応えてしまう。


 この王国にも、オスキアのような港湾が発達している以上、海軍も存在していて当然だった。

 とはいえ、今の「アルヴィノ体制」では、王国軍――王国「陸軍」の出身者が、海軍の「提督」の地位を占めているらしい。


「でもそれ、船もろくに動かせないていたらくで、ダスティアとかと海戦になって、勝てるんですかね?」

「勝てる訳ねえだろ?」

 ゲントの身も蓋もないその言葉に、由真も納得せずにいられない。


「実際に船を動かすのは、士官と兵曹の仕事だけど、艦隊を指揮する提督が船をろくに知らないのは論外よね。それに、海軍士官から提督になれない、っていうことだと、士気も上がらないと思うわ」

 サニアもそんな見解を示す。より踏み込んだその解析は――より強い説得力があった。


「まして、指揮するのはあの軍務大臣と参謀総長だから、ひどいことにしかならないわね」

 サニアに「軍務大臣と参謀総長」と言われて、今日対面した2人の顔を思い出す。


「ほんとに終わってますよね。あの軍務大臣なんて、もうひどくぐだぐだで、陛下も、『卿の後任は、コーシア方伯を充てればよい』とか『コーシア方伯を大将軍に任ずれば問題ない』とか、そんなことまでおっしゃって……危うく軍人にされるとこでしたよ」

 軍務大臣とのやりとりを思い出して、由真の胸の奥からため息が漏れてくる。


「そりゃいいかもな。ユマが大将軍になって思い切りしごいてやりゃ、魔物と戦える奴もちったあ残るかもしれねえ。そしたら、俺も切り込み隊長ぐれえやってやるぜ」

 由真の繰り言に、ゲントはそう言って笑う。


「それ、切り込み隊の隊員が残りませんよ」

 そんな軽口を返してしまう。その程度には、由真も酔っていた。


「けど、あの詔書は出ても、元老院は無視するんじゃないか、って、陛下は、そんなことも心配されてて……」

「元老院は、あの詔書を唯々諾々と受け入れることはない、と、そう思われます」

 ヴェルディノ男爵が、苦々しいという感情をあらわに応える。


「陛下は、臣民や住人の暮らしにも思いをいたされ、この北東3区と北東2区の開発、北西回廊の拡幅、西3区の共同竈付長屋の整備・修繕の支援などに取り組んでおられました。一方で、『西1区』の新設や北1区の拡張などは却下されており、貴族連にとっては好ましくない御判断をされていました」


 あの北西回廊は、国王の命によって拡幅されていた。

 西3区にあった長屋も、国王の支援によって維持されていた。

 対する貴族たちは、自分たちの区域「1区」の更なる拡張を図っていた。


「陛下は……御不例が続いてはおられますが、それでも、オスキア市場に対する統制の禁止、『地図作成罪』の濫用の禁止などの勅書を発せられています」


 あの国王は、病に苦しみながらも、自由都市オスキアの地位を守り、「悪法」の影響を抑えようとしていた。


「たとえば銀行でも、大貴族がたの意向による統合再編が図られていたのに対して、貴族の後ろ盾のない銀行の統合は、『競争を阻害する』といった建前で承認されない、というようなことが起きておりました。

 これに対して陛下は、合理的な理由なく統合を妨げるごときを禁ずる御趣旨の勅書をたびたび発せられています」


 今回の出張で見聞きした銀行の再編。

 それも、王国政府は恣意的な措置を図り、国王が勅書でいさめるようなことが行われていた。


「時の大蔵省の反対をマリシア元帥が押し切って、マリシア銀行が113年に南州の4銀行を統合いたしました。これを皮切りに、114年にはレゴラ銀行が王都南部銀行を併合、115年にはドルカオ銀行が王都北部銀行を併合しています。

 しかし、王都北東銀行、ウェネリア銀行、フルニア銀行の統合については、大蔵省から分離された銀行監督庁は、当初認可しませんでした。

 それに対して陛下は、銀行監督庁長官に対して、3行統合を承認するよう勅書を発せられました。違勅はすなわち解官となりますので、結局、銀行監督庁は方針を変えて統合を認可、116年に白羊(はくよう)銀行が発足いたしました。

 119年にはトルパ銀行とオスキア連合銀行が合併しておりますが、その際にも、同様に経済大臣と銀行庁長官に対して勅書が発せられています」


 国王は、個別事案に対してまで勅書を発していた。

 それは、個別事案だからこそ絶対の効果を持つ。「違勅即解官」である以上、勅書に背く措置はできないのだから。


「それに対して元老院は、統合認可のたびに、統合される銀行に対する厳しい統制を求める決議を行っております。直接名指しはしておりませんが、白羊銀行と西海銀行がカンシア系大銀行を圧迫しないよう縛り付けろ、という趣旨です」


 元老院の貴族たちにとっては、国王の意向による措置は――彼らの一方的な利権を脅かすために――いちいち気に入らないのだろう。

 そして、「違勅即解官」を回避する程度の知恵はある。


「まして、住人に対する小学校教育などは、長官台下が取り組まれて、陛下もこれを奨励されていたのに、アルヴィノ殿下が元老院の議場でこれを『冗費』と断言した際には、議員連は総立ちで拍手喝采したほどでした」


 アトリアに着いた翌日。

 ステータス判定を終えて、学校教育の話題になったときに、ユイナから聞かされたアルヴィノ王子のその発言。

 それは、元老院の議場で行われ、貴族たちを代表する元老院議員たちは「総立ちで拍手喝采した」という。


『カンシアの貴族は、そういう方ばかりです。それに、彼らを『人間のくず』と呼ぶのは……『人間』に対する『冒涜』です』


 ユイナの言葉が脳裏によみがえる。

 温厚で、精神的に十二分に鍛錬された彼女が、あのときは錫杖を震わせるほどの憤りを見せた。


 今改めて聞かされて――湧き上がる黒い怒りを抑えることができない。

 自分の周りの世界で、彼らの意向を実現させるなど絶対許せない。

 いや、彼らの存在そのものを、許すことができない。


「本当に、見下げ果てた人たちですね」

 あのときのユイナと同じ言葉が、由真の口から漏れてきた。


「全くもって、仰せのとおりです」

 ヴェルディノ男爵は、そう言って頷いた。

この敵とは、決定的に相容れない。そのことを、改めて思い知らされた次第です。

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