407. 軍事を巡る措置
最大の懸案事項について、この日のうちにやれることをやっておきます。
両元帥、軍務大臣に参謀総長という軍人たち、それにドルカオ内務大臣やレゴラ経済大臣は、拝謁が終わってからも離宮にとどまっていた。
国王が詔書を渙発すると宣言した以上、その内容を確かめる必要がある。彼らは、侍従たちにそう告げていた。
国王は、そのうちの1人、アルキア軍務大臣を広間に召し出した。
国王のほか、ナイルノ神祇長官、ワスガルト宮内大臣、それに由真が同席して、軍務大臣を待ち構える。
午後2時に、軍務大臣は広間に入室してきた。
「軍務大臣。こちらの詔書が渙発された」
宮内大臣が、そう言って詔書を手渡す。
受け取った軍務大臣の顔色は、たちまち蒼白になる。
その目線が、文章の末尾にいたって、「なっ?!」という声が上がった。
「こ、これは、このようなものを、よもや詔書とすると……」
「この詔書は、大陸暦120年宮内省布告第8号として、既に渙発されている」
震える声を上げた軍務大臣に、宮内大臣は冷淡に告げる。
「これは、先ほど陛下が仰せになられた詔書である。卿らが、これに異を唱えるというならば、本日のマリシア元帥とボルディア元帥による刃傷沙汰、これを表沙汰とし、解官、栄爵褫奪とした上で、遠からず、両名に対し畏くも死を賜うこととなろう」
ナイルノ神祇長官も、やはり冷厳な言葉を向ける。
「う……ぐ……」
2人の言葉に、軍務大臣は息を詰まらせた。
「そして陛下には、このS級職の補職辞令も発せられる」
宮内大臣が続けて手渡した紙。由真の手元にもあるそれには、こう記されていた。
停職アスマ軍総司令官 大将軍 イタピラ子爵セクト
参謀本部付に補する。
大陸暦120年晩夏の月27日
御名親署
「原本はこちらにある。これは、イタピラ子爵が参上した際に、本人に手交する」
そう言って、宮内大臣は国王が署名した「原本」を見せる。
「これは……イタピラ総司令官を、罷免されると……」
震える声で、軍務大臣は問いかける。
「いかにも」
国王は、まさに端的に答えた。
「へ、陛下……恐れながら、イタピラ総司令官に、何の非があると……」
「それは、既に13日付の詔書にて指摘してある」
その問いにも、国王は即答する。
「13日付の詔書」――エストロ知事、イタピラ総司令官、イスカラ総参謀長を糾弾するそれには、彼らの「非」が明確に記されていた。
「その上で、軍務大臣。アスマ軍総参謀長及び同憲兵司令官についても、同様に参謀本部付への転補辞令を発出せよ」
そして国王は、軍務大臣にそう告げた。
「なっ、そ、そのようなことが、できる訳が……」
「できぬなら、マリシアとボルディアの件を、予も取り上げざるを得ぬ」
軍務大臣の言葉――由真から見れば「繰り言」に、国王は両元帥の刃傷沙汰の件をもって切り返す。
「そ、それは……」
先ほどの場に同席していたはずの軍務大臣は、なおも煮え切らない態度を示す。
「陛下、致し方ございませぬ。ここは、コーシア軍務監察官に進退を行っていただきましょう」
ナイルノ神祇長官が、国王に向かって言う。
「なっ?!」
「大陸暦40年、ナロペア大戦に敗戦した折、上級国務大臣と兼ねて軍務監察官を仰せつけられたフルニア方伯は、軍務大臣に代わり武官の進退を執り行った。その事例に倣い、軍務監察官を兼ねるコーシア首席国務大臣に、武官の進退を執り行っていただく。それだけのことに過ぎぬ」
驚いたような声を上げた軍務大臣に、ワスガルト宮内大臣が蕩々と告げる。
「それと、こちらも発出されている」
宮内大臣は、そう言って軍務大臣に紙を手渡した。それは――
軍務大臣 大将軍 アルキア子爵サスペオ殿
奉勅
王国軍「勇者の団」に就以下の措置を命ず。
其本来の仮想敵たる魔族魔物の輩に対抗する能力を向上すべく魔物対策小隊を置くべし。
又ミノーディア総州庁アスマ州庁等関係機関との連絡調整を円滑ならしむべく渉外班を置くべし。
尚魔物対策小隊長及渉外班長が人事に就ては本日中に奏上すべし。
大陸暦120年晩夏の月27日
首席国務大臣兼軍務監察官 コーシア方伯ユマ
――由真の名義による「奉勅命令」だった。
「こちらは、『上意通知』とは異なり、詔書に基づく正式な『奉勅命令』である。貴官がこのとおり措置せぬならば、即ち『違勅』となる。『違勅』は当然の解官事由であることは、貴官ももとより承知していよう」
宮内大臣のその言葉に、軍務大臣は目を見開いた。
「案ずるには及ばぬ。卿の後任は、コーシア方伯を充てればよい」
国王のその言葉は、眼前の軍務大臣を今すぐ罷免してもよい、という意思の表れだった。
「軍務大臣は現役の大将軍又は将軍をもって任ずべし、との規定については、コーシア方伯を大将軍に任ずれば問題ない。マリシアやボルディアを召喚早々に元帥大将軍となし、今の勇者も即座に将軍となした。それと同様の措置に過ぎぬ。むしろ、その方が禍根を残さぬやも知れぬ」
この王国が、軍部大臣現役武官制を採っていても。
過去、武官の頂点に立つ元帥大将軍すらも、簡単に任命されてきた。
同様にして、由真を武官に任ずれば、そのまま軍務大臣を兼任させることすら可能になる。
「軍務大臣の任をコーシア方伯に譲るか、人事権を失ったまま任にとどまるか、卿がこの命に沿って措置するか。卿の好きにするがよい」
国王のその冷厳な言葉に、軍務大臣は言葉を返さずうなだれた。
いったん控室に戻った軍務大臣は、10分ほどの後、国王の命じたとおりの転補辞令を自らの名で発出し、また由真の名義による「奉勅命令」と同じ内容の「奉勅命令」を「勇者の団」に対して発出すると回答した。
その「奉勅命令」は、宮内省のお膳立てにより、軍務大臣が起案して、由真が「内覧」した上で国王の裁可を得るという手続が、ものの20分ほどで完了した。
それを受け、両元帥を初めとする面々は、例の専用列車に乗り、午後3時に離宮を後にした。
時は若干遡って、午後1時半。
侍従に呼ばれた由真は、メリキナ女史に衛とウィンタ、それにルクスト事務局長も控室に残して、単身広間に入った。
その広間には、国王の他に、ナイルノ神祇長官にワスガルト宮内大臣が待っていた。
「コーシア方伯。貴公が帰る前に、軍事に関し、いくばくか相談しておきたい」
国王は、由真に向かってそう切り出した。
「軍務大臣は、イタピラとイスカラの停職の解除を求めていた。だが、予は、それを許すつもりはない」
晩夏の月13日付の詔書で停職とされたアスマ軍総司令官と総参謀長。その2人の名を口にして、国王は強い意志を示した。
「この両名、そしてアスマ軍憲兵司令官のヤムスロ、この3人については、参謀本部付に転補して、現職を解く。そして、後任はしばらく補職せぬ。アスマ軍は、まずは徹底した粛軍と、その体制の縮小をせねばならぬ」
北シナニア対魔大戦における妨害工作と政治的な行動のことを思えば、確かに、司令部全体の粛正が必要だろう。
そのためには、最高幹部の粛清も、解任するという程度ならやむを得ないと思われる。
そして、1個師団1万人というこの世界で、15個師団15万人が投入されているのは、明らかに過剰だった。
真に必要な時――たとえば「第二次ホノリア紛争」が勃発した場合などに必要な程度に、「頭数」を削減し、その分練度を高めて「精鋭部隊」とする。
それは、アスマにとっても、ノーディア王国全体にとっても望ましい方向のはずだった。
「コーシア方伯、まずは、現地にて、粛軍と合理化という方向につき、適宜布告してもらいたい。本格的な実行は、秋の議会が終わってからとなろう」
――「元老院の反応を見る」というその意図は、由真にも推察できた。
間違いなく反発するであろう元老院を、秋の王国議会において抑えた上で、その結果によって粛軍と兵力削減を実行する。
それが合理的な手順だった。
「それと……今の『勇者の団』は、戦力としての実績はなく、もっぱら軍部と元老院の政治的な旗印となっている」
国王は、「勇者の団」に話題を移した。
「『勇者』は、本来、魔王率いる魔族・魔物の輩と戦うがその使命のはず。しかし、マリシアとボルディアが、ミグニア王朝を倒し、更にメカニア・ソアリカの戦いにも勝利して以来、その本分は、忘れ去られている」
確かに、あの両元帥の現在の権勢は、「魔王を倒したこと」ではなく「領土を飛躍的に拡大したこと」によるのは明らかだった。
「あまつさえ、今の『勇者の団』は、今やゴブリンも残っておらぬセプタカに未だ居残り、部外……ことに、魔族の本拠に接するミノーディアや、魔将の圧力に面するアスマとも、関わりすらない状態にある」
魔物討伐のプロフェッショナルである「曙の団」が撤退した場所に、未だ残っている「勇者の団」。
その現状を、国王は厳しい目で見抜いていた。
「今後、魔族どもの攻勢が強まったとしても、今の『勇者の団』では、何の戦力にもなるまい。そればかりか、王国にいらぬ争乱を起こす火種ともなりかねぬ」
その指摘も、全く妥当に思われる。
実際、「勇者の団」は、C1班・C2班の14人を保護しただけで、ノーディアと由真たちアスマの「争乱」の火種になった。
アルヴィノ王子と両元帥を担ぐ体制の下では、「勇者の団」は「政治的な旗印」であり続けるのは不可避だろう。
それでも、せめて「魔族・魔物に対する戦力」となり、そして多少なりとも「部外との関わり」を持たせるとしたら――
「その……彼らを、『戦力』にする、ということなら、担当の委員のようなものを指名させる、とか、そういうことも、考えられるのではないでしょうか」
由真は、国王に向かってそう口を切る。
「たとえば、魔物対策を担当する小部隊を作る、とか、それから、渉外担当を置く、とか、そういう形で、団員の中で役割を指定してやれば、意識も変わって、機能も強化されるのではないか、と……」
学級に置かれる委員や班のようなもの。それによって、彼らを「組織化」する。
残された面々のリーダー格であるB1班班長の島津忠之やB2班班長の浅野紀明に「魔物対策部隊」や「渉外担当」が務まるかどうか、という問題はあるが。
「そうだな。それが現実的な方策であろう」
国王は、そんな言葉を返した。
個々人の顔を見て人選を考える――などということは、由真以下の下々の仕事でしかない。
国王には、大局的判断を下してもらえればよい。
「あの詔書により、ユマ様が奉勅命令を発することが可能となりましたので、その内容で、軍務大臣に対する奉勅命令を発出していただきましょう」
宮内大臣がそう受けて、それで基本方針と具体的な手順が定まった。
国王が親署したイタピラ総司令官の補職辞令と、由真の名義の奉勅命令が用意され、軍務大臣を召し出した。
結果、アスマ軍三役の更迭と、「勇者の団」の魔物対策小隊と渉外班の設置は、軍務大臣自らの手で行われることになった。
ひとまずは、国王の意向が実現された。
とはいえ、由真は明日にはセントラから出発する。
それ以降は、両元帥の「刃傷沙汰」を「人質」に取るのは難しくなるだろう。
アルヴィノ王子の反撃や、元老院の反発も予想される。
北シナニア対魔大戦でアスマ軍と関わってから始まった、王国軍との神経戦は、これから本格化することになる。
それでも、王国軍の圧力を押しのけなければ、アスマに移った仲間たちの平和な暮らしすら脅かされる。
この「戦い」に、負ける訳にはいかない。
「刃傷沙汰」を「人質」に取って、ひとまず人事関係は押し切りました。
とはいえ、主人公がアスマに戻ってからも、まだまだ駆け引きは続く見込みですが…