403. 王国の体制と国王の思い
「御前対決」は終わって、引き続き主人公たちが拝謁を賜ります。
由真も立ち会っての両元帥への拝謁は、マリシア元帥が剣を抜き、ボルディア元帥も系統魔法による攻撃を仕掛けるに至った。
由真と衛が両者の攻撃をいなし、ナイルノ神祇長官が両元帥をいさめ、そして国王が裁定を下して、その場は終わった。
国王の命を受けて詔書案が作成される。
作業を急ぐため、メリキナ女史には「助っ人」に回ってもらい、由真は国王と対面で話すことになった。
その席には、ナイルノ神祇長官、ワスガルト宮内大臣に、ルクスト事務局長、それに衛とウィンタも同席する。
「コーシア方伯、予が大臣らの度重なる非礼、衷心より詫びる」
国王は、そう言って由真に頭を下げた。
「あ、いえ、その……」
国王のその言葉と態度を前に、由真はまともな言葉も出てこなくなってしまう。
「予は、病に冒されること長年に及び、国政に威令行き届かず、悪法の施行を許し、あまつさえ、親任のS級官すら、器ならざる者が任ぜられるに及んでいる」
国王は、そう言葉を続ける。
「実は……陛下には、大陸暦117年の初春の月に、御病状殊の外重篤となられました」
その横から、ワスガルト宮内大臣が口を切る。
「その際、元老院は、冒険者ギルドの人数を制限する法案、王都庁の道路・交通関係事業を縮小する王都法改正案、『地図作成罪』を創設する刑法改正案など、カンシアのみに適用される地域法案を可決、これを、アルヴィノ殿下が『御名代』の名目で裁可しました」
大陸暦117年に導入された諸制度。
「アルヴィノ体制」の象徴と思われたそれらは、国王が重病にあえいでいるさなかに、その間隙を縫うように施行されていた。
「あまつさえ、117年盛春の月1日付で行われた国務大臣の任官も、陛下の勅許を賜ることすらなく、アルヴィノ殿下が独断にて行われたものです。ドルカオ内務大臣、レゴラ経済大臣は、いずれも、その際に現在の官位を得ております。
陛下の御体調は、盛春の月の半ばには回復されたのですが、既に任官された国務大臣を罷免すれば混乱を招く、との思し召しにより、この人事は追認された形となりました」
その判断は、「目先の混乱を避ける」という意味では、やむを得ないことだったのかもしれないが――
「本来、国務大臣を初めとするS級の任官と補職は、陛下が親ら行われ、その免官、そしてA級官の任免も、陛下に勅許を賜って、『勅命を奉じ』という形で行われることとされています。
ですが、この117年の人事以降、アルヴィノ殿下と王国政府は、この名目すら蔑ろにするに至りました。119年には、いわゆる『王国軍三長官』、いずれもS級官、S級職ですが、これらを初めとする諸人事が、陛下への御相談すらなく、アルヴィノ殿下の独断で行われております」
この場に居並んでいた政府首脳たち全員、それにイタピラ総司令官なども、国王のあずかり知らぬところで人選されていた。
「予は、病によりこのナスティアより動けぬ状態が続き、アルヴィノを制することもできずにいる。エルヴィノは、アスマを統治せねばならぬ上に、年若く、しかも第二王子。第一王子たるアルヴィノに抗うが如きを、行わせる訳にもいかぬ」
アルヴィノ王子の「暴走」。
病気が続く国王は、自らこれを制することができずにいた。
そしてエルヴィノ王子も、第二王子という立場から、諸侯会議で介入するのが限界だった。
「予は、いつ病状が悪化するやも知れぬ身。あるいは、軍の手の者が、この離宮を襲うやも知れぬ」
王国軍が、国王の静養する離宮を襲撃する。
それは、荒唐無稽な話とも思われない。
「予は、このまま、サマリナの下へ向かうことは、何ら恐れてはおらぬ」
既に世に亡き王妃の名をあげたその言葉。その意味は――
「ただ、予亡き後の、王国の行く末を思うと……予は、祖宗よりノーディアが王位を継ぎたる身として、慚愧の念に堪えぬ」
――国王は、自らの没後に対する懸念を口にした。それを聞くだけで、由真の胸は強く締め付けられる。
「予は、王位継承者たるミノーディア大公にアルヴィノを推戴すべき旨を、既に4度求めた。しかし建国騎士団は、いずれも時期尚早なりと退けた。そして、昨日ワスガルトに伝えられたる所を見るに、5度目以降も同様であろう」
国王は、そう言葉を続ける。
「……昨日?」
由真は全く心当たりがない話だった。
ルクスト事務局長に振り向くと、やはり怪訝そうな表情で首を横に振る。
「これが、カンシア事務局にも送られたはずなのですが……王国軍の検閲で止められたものでしょう」
そう言って、宮内大臣は1枚の紙を由真に手渡した。
宮内大臣 ワスガルト子爵モルト閣下
畏くも国王陛下が 昨日勅書を発せられたる儀に就奉答すべく我等建国騎士団団員は本日オルヴィニア及アフタマに総員集合したり。
陛下には 明日上級国務大臣3人を御前に召されて国政の枢機を諮問せらるるとの由なれば、我等は 陛下の御沙汰を伏して待ち奉る事としたり。
尚ナミティア公爵をミノーディア大公に推戴するは未だ時期尚早なりとの意見は改むべからざる儀に就ては建国騎士団は既に一致を見たる旨申し添ふ。
大陸暦120年晩夏の月26日
建国騎士団幹事長 トルフィア宮中伯レクト
第3段落に記された「ナミティア公爵」とは、アルヴィノ王子が爵位決定までの間名乗ることとされた称号だった。
つまり、「アルヴィノ王子を王位継承者とすることはできない」という考えが改めて示されたことになる。
それは、「王国軍の検閲で止められた」のも無理はない。その程度には危険な内容だった。
「建国騎士団の支持は得られぬ。それでも、予が崩ずれば、王位はアルヴィノが継ぐ事となる。そして、カンシアの元老院は、その日を心待ちにしている」
国王は、そんな言葉を淡々と口にした。
「マリシアとボルディアには、あのように申しつけたが、……予が詔書を発したところで、元老院はこれを無視する。たとえ、予がここでドルカオとレゴラを解官したところで、元老院の支持を受け、明後日には、アルヴィノが再び両名を大臣に任ずるであろう」
元老院を構成するカンシアの貴族たちは、国王を蔑ろにしてアルヴィノ王子を支持している。
その体制は、病に疲れた国王が対抗を諦めるほどに盤石なのだろう。
「だが、予も……卿が現れ、確かな武勲を挙げたと聞き、また、セレニア神祇官の躍進も見て、卿の盟友たちとも触れ……たとえこの命が尽きようとも、その直前まで、王国の国政に歯止めをかけようと、そう思えるようになった」
由真に目を向けて、国王はそんな言葉を続けた。
「陛下には、先月、ユマ様とセレニア神祇官の親任式を行われましたが、これは、116年にベストナ大使を任命されて以来、実に4年ぶりのことでした」
ワスガルト宮内大臣が口を切る。
「アルヴィノ殿下は、凱旋した勇者殿を大将軍に任じて元帥府に列し、A級3人のうち男性1人は将軍、女性2人とB級12人は士官に任ずる、と、そのような方針でした。これまでであれば、アルヴィノ殿下が『親任式』を行い、それでこの方針は実現しておりました。
しかし、S級冒険者とS1級神祇官を陛下が親ら任ぜられて、勇者殿はアルヴィノ殿下が任命する、となっては、勇者殿の権威は見劣りすることとなります。
それ故、殿下と両元帥、それに軍務大臣は、陛下に対し親任式の挙行をしきりに奏請しました。元老院の主要議員もこれを支持しておりましたが、陛下は、結局親任式は認められず、アルヴィノ殿下に代行の裁可も下されず、勇者殿は将軍、A級3人は士官、それ以下は軍曹に兵卒となりました」
現在の「勇者の団」に属する面々の階級。
その裏には、国王とアルヴィノ王子たちの駆け引きがあったらしい。
「おそらくは、此度の件により、軍部と元老院は、『勇者の団』の団員の処遇を改善すべく、勇者を大将軍となし、士官の男を将軍に、軍曹の者たちも士官に上らせるべし、と、さよう要求するであろう」
国王は、「士官の男を将軍に、軍曹の者たちも士官に」と口にした。
その裏を返すと――
「あの、宮内大臣、士官の女性2人、サガ男爵とワタライ男爵は……」
国王に直接尋ねる訳にもいかず、由真は宮内大臣に問いかける。
「ノーディア王国には、女性の将軍の例はございません。先代『勇者の団』においても、カメイ男爵は、武官とはならずA級魔法導師となりました」
ノーディア王国には、女性の将軍の例はない。
タツノ副知事の「昔話」で、「紅一点」の「カメイ男爵」こと亀井頼子の処遇のことは聞かされていた。
「当代の、サガ男爵とワタライ男爵も、士官には任ぜられていますが、彼女たちを将軍とすることは、慣例からは外れますので、アルヴィノ殿下も両元帥も、そのつもりはないでしょうし、元老院も認めないでしょう。彼女たちをA級魔法導師とするか否かは、軍の魔法師団の判断によるところかと思われます」
宮内大臣に「魔法師団」と言われて、由真は思わずウィンタに振り向く。
そのウィンタは、まなじりを険しくして、首をはっきり横に振った。
選民思想に加えて、男尊女卑。
王国――アルヴィノ王子、両元帥、それに元老院は、全く救いようがない。
(けど、もしそれで、嵯峨さんとセナちゃんを、毛利君より下、島津君たちと同格に扱って、2人が不満を募らせたら……)
彼女たちを「勇者の団」から引き抜く口実が――
「士官の男については……」
国王のその言葉で、由真は我に返った。
「センドウ男爵より格段に強い、と、軍務大臣も、……セレニア神祇官ではない方の担当神官も、さよう強調していたが……」
国王にそう言われて――
「そ、それは……もちろん、センドウ男爵の方が、圧倒的に強いです」
――由真は、すかさずそう言葉を返す。
「士官の男」――すなわち毛利剛。
衛は、その毛利を、彼の表芸のはずの柔道で簡単にあしらっている。
召喚の時点ですら、それほどの実力差があった。
まして、「勇者の団」であぐらをかいていた毛利と、恐るべき魔族や魔物と戦ってきた衛とでは、実戦経験に裏打ちされた力量の差は、更に開いているのは疑いの余地もない。
「そうか。セレニア神祇官ではない方の担当神官は、やはり虚言を申していたか」
国王は、淡々と口にして、そして軽く息をつく。
「ともあれ、卿には、まずはアスマが尚書府副長官として、彼の地の統治に当たってもらいたい。だが、予としては、同時に……ノーディア王国全体についても、卿の器量と識見に頼りたい」
国王は、話題を由真自身のことに戻した。
「これより発する詔書において、卿にしかるべき地位を与える旨を記す。それは、アルヴィノにも、元老院にも否定はできぬ。そして、その地位をもって、来る秋の王国議会を主導し、この王国に、改善の途を開いてもらいたい」
続けられたその言葉に、由真は、かしこまりました、と応えることしかできなかった。
主人公やユイナさんたちと接したことで、病に疲れていた国王は力づけられ、それが国政の均衡状態を崩し始めたという図式です。
「149. 度会聖奈の溜息」で軽く触れた「勅許が得られなかった」云々の話は、実はこういう背景でした。