402. 御前対決 両元帥vs由真 (3) 直接対決
舌戦を優位のうちに進めた主人公。その面前で叫んだのは――
「ええい、黙れ小娘!」
大きな叫び声。床を激しく踏みしめる音。
そして、由真の面前で、その人物――先代「勇者」、元帥大将軍マリシア公爵タケトモが、腰に佩いた剣を抜いた。
(これは!)
魔法解析以前の、召喚前から由真が持っていた感覚に訴えるものを、この人物は帯びている。
(こいつ、確かに薬丸自顕流の使い手だ!)
ともかく立ち上がりつつ、由真はタツノ副知事が語っていたことを思い出す。
その相手は、西洋剣術の「屋根の構え」より腰を落とした構えを取る。
「キエエエエ!!」
そんな叫びとともに踏み込んでくる。そして剣が動いた。
(陛下に向かうなら殺す、こっちに来るなら対応)
由真は、瞬時に判断し、左側――玉座とは反対側に体をそらす。
相手の剣は、左袈裟で鋭く振り下ろされると、由真の足下から左逆袈裟で斬り上げられる。
その太刀筋はさすがに鋭い。間合いにとどまっては斬られる。
後退を余儀なくされて、由真は玉座から更に距離をとる。
横合いで、ボルディア元帥が立ち上がり、そして杖を構える。
後ろから、やはり立ち上がった衛が、由真の右側に進み出てきた。
(猶予はない!)
由真は、左前方への踏み込みを見せる。
「キエエエエ!!」
相手は、再び叫び、そして剣を左袈裟で斬り下ろした。その剣は、やはり由真の足下まで達した。
そして左逆袈裟で切り返しが来たその瞬間、由真は見せかけの踏み込みから転じて、足下の切っ先を回避して右側に踏み込む。
マリシア元帥の剣は、敵を失い宙に浮く。その両袖は、簡単に掴むことができた。
懐に踏み込まれ、両袖を掴まれて、マリシア元帥は反射的に身を引く。
その刹那、左足を相手の足の更に奥まで踏み込んで、その体のバランスを掌握し、左手で袖を引き下ろしつつ右手で襟から胸を押し上げる。
相手の体躯がくるりと回り、背中から地面に落下する。
剣を持ったままの相手は、受け身をとることすらできなかった。
「なっ!」
ボルディア元帥が、驚きをあらわに立ち上がって杖を構える。そして風系統魔法の「マ」が動いた。
「この場にて猛る者らを抑うべく……」
そんな詠唱の声が聞こえる。しかし――
(間に合わない!)
「光と闇の力を我に……」
「【九重力の防壁】!」
由真は、とっさに詠唱して、無系統魔法の「力の防壁」を9枚、玉座の前に展開する。
そこから――マリシア元帥は衛に委ねて――右足で床を蹴り左足から踏み込んで、ボルディア元帥に接近する。
続けて着地した右足は、ボルディア元帥の真横に達した。
(このまま……)
跟歩の形から、崩拳へと――
「控えよ!」
――鋭い声が響いて、それで、ボルディア元帥の「マ」は止まる。由真も、崩拳の構えで動きを止めた。
「恐れ多くも陛下の御前にて、徒手空拳のユマ様に対し、真剣で斬りつけ、系統魔法の攻撃術式も向けるとは、言語道断ぞ!」
その声に振り向くと、立ち上がったナイルノ神祇長官が、由真たちに右掌をかざしていた。
その足下で、床に倒されたマリシア元帥の右腕を、衛が腕挫十字固で極めている。
その手にあった剣は、既に床に落ちていた。
光系統と闇系統の「ラ」が神祇長官の掌から放たれている。
前者が由真と衛に力を与え、後者は両元帥を抑えていた。
「ナイルノ。案ずるには及ばぬ。これほど強い魔法障壁は、初めて見た」
そして、玉座から、そんな声が発せられた。
「コーシア方伯、センドウ男爵。この場は、既にナイルノが抑えた。両名とも、席に戻ってよい」
続けられた言葉で、由真はボルディア元帥の懐から離れ、衛も腕挫十字固を解き、そして席に戻る。
「マリシア、ボルディア」
玉座の主――国王が、2人の名を呼ぶ。
「予の【人を見抜く目】には……卿らの機根も、十分見えている」
続く言葉に、ボルディア元帥は、うっ、と息を呑む。マリシア元帥は、衛に極められていた右腕を押さえてうずくまっていた。
「マリシア。卿のその剣、もし仮に予に向けられていたならば……」
その言葉で、マリシア元帥は顔を上げて国王に目を向ける。
「……今頃、卿の命は、この世にはなかった。コーシア方伯に、よく感謝せよ」
――即死魔法の使用を選択肢に入れていたことが、この国王にはお見通しだったらしい。
「マリシア、ボルディア。ナイルノが申したごとく、素手のコーシア方伯に対して剣と魔法を向けるは、いやしくも王国が大臣、王国が軍人として、到底許されることではない」
本来、至極当然のこと。
それでも、真にこの王国の頂点に君臨する国王が、王国を壟断する両元帥に対して口にしたその言葉は――ノーディア王国に残された「良識」の表れとも思われた。
「冒頭の卿らの問いに、あえて予が本意を答える。予が、コーシア方伯を上級国務大臣に任ぜしめたる所以は……その力量をもって、卿らの増長を抑止せんがためだ」
その国王は、両元帥に直截この上ない言葉を下す。
「この離宮、それも、予が面前にての刃傷沙汰、本来ならば、解官、栄爵褫奪……その程度でも済まされぬ。だが、卿らには、ボルディアが冒頭申したごとき功労がある。軽々なる処分により、国政に混乱を生ぜしむるがごときは、予の望む所ではない」
江戸時代の日本なら即日切腹の不祥事。
しかし、それを理由に彼らを処分すれば「国政に混乱を生ぜしむる」ことになってしまう。
この両元帥が保持してきた権勢は、それほどまでに強大なのだろう。
「予は、これより、王国の国体と軍事に関する詔書を発せしめる。これにつき、卿らが異を唱えぬならば、予は、卿らの所業を、あえて問うことは避ける」
――国王は、駆け引きを持ちかけた。
この両元帥が不満を示していた、北シナニア対魔大戦時の詔書。それと同等以上の内容の「粛軍」に踏み込む。
そして、貴族たちがしきりに叫ぶ「国体」について、国王自身の考えを示す。
それに対する異論をあらかじめ封じるために、この「刃傷沙汰」の処理を「人質」にとる。
詔書の実効性を担保するために、国王がそんな手立てをとる。
それが、今のこの王国の、やむを得ない力学なのだろう。
由真は、自らの「ヴァ」を強く解放して、そして両元帥を見つめる。
国王に対する反発は許さない――という思いを込めて。
マリシア元帥は、極められていた右腕を押さえながら。
ボルディア元帥は、目を伏せて杖を椅子に立てかけて。
2人とも、国王に向かって無言で一礼した。
それを見て、国王は頷き、そして宮内大臣に顔を向けた。
「それでは、本日の拝謁は、これにて終了となります」
ワスガルト宮内大臣が宣言する。
両元帥を初めとする軍人たちも、内務大臣・経済大臣以下の文官貴族たちも、苦々しいという面持ちながら、それぞれに一礼して、そして広間を後にした。
「由真、けがはなかったか?」
衛が、由真の肩越しに声をかけてきた。
「うん、大丈夫。衛くん、ありがとう」
由真の胸の奥から、そんな言葉が口に出てきた。
真剣を持った相手の前に徒手空拳で進み出てすかさず押さえ込んだ衛に対して、他に選ぶべき言葉もなかった。
「いや……今度は、『隅落』か。さすがだな」
――衛は、由真の使った「決まり手」を、やはり正確に見抜いていた。
「まあ、『空気投げ』は、好きだし得意だからね」
そう答えつつ、由真は衛に笑ってみせた。
突然の「剣と魔法」。主人公はすぐにギアチェンジして乗り切りました。
柔道の「隅落」は「浮落」と並んで「空気投げ」と呼ばれる技ですが、「浮落」の方は「36. 実戦試合第2ラウンド ーvs 毛利剛-」で披露しています。
国王陛下の駆け引きで、「対決」は終了です。