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400. 御前対決 両元帥vs由真 (1) 開幕

400話になりました。ここで、決戦が始まります。

 時計の針が10時55分を指したところで、その男たちが戸口から入ってきた。


 先頭に立っていたのは、口から顎にひげを生やした老人。タツノ副知事と同年代ながら、鍛え上げられた膂力は、現役の戦士としてなお通用すると感じられる。

 それに続いて来たのが、眼鏡をかけた老人。タツノ副知事よりも陰湿な雰囲気がある――と感じてしまうのは、由真の先入観だろうか。


 その2人は、いずれも()()()()()()()()()だった。更に続いてきた軍服の男たちは、さすがに剣は外していた。


 由真の向かいに座った彼らは、正面――由真に目を向けてきた。

 その感情は、侮蔑か、嫌悪か、それとも敵意か。好意的なものは全く感じられない。


 由真も――湧き上がる感情はひとまず殺して、正面に座るひげの老人――先代「勇者」マリシア公爵の目を見つめ返す。


「国王陛下、御入来!」


 そこへ響く声。

 それで由真は立ち上がる。前方の老人2人も、座ったまま玉座に目を向けた。


 向かって右側から、杖をついた国王が入室してきた。

 黒い詰め襟に紫のマントという正装に身を包んだ国王。その顔は、先日よりも青白く見える。

 国王は、付き添いの侍従の手を借りて、ゆっくりと玉座に腰を下ろした。


 由真は国王に向かって一礼して、そして席に座り直す。


「陛下には、これより、コーシア方伯ユマ殿立ち会いの上、元帥大将軍マリシア公爵タケトモ殿、及び元帥大将軍ボルディア方伯カズヒコ殿に拝謁を賜り、国政の枢機につき諮問されます。

 陪席の諸官には、陛下より下問があった場合に限り、発言を許されます」


 ワスガルト宮内大臣が宣言する。


「マリシア公爵殿とボルディア方伯殿は、去る15日の拝謁の折、13日付詔書につき、王国軍をおとしめるごとき内容は不当である、との趣旨の上奏がありました。他に、奏上されたいことなどはございますか?」


 それは――「病身を押して拝謁を許した国王の前で、同じ話を繰り返すな」という趣旨だろう。


「ワスガルト、あの村娘を、我らと並び同席させるとは、どういうつもりだ!」

 正面の老人――マリシア元帥は、叫ぶなり由真を指さす。


「マリシア。それはすなわち……予の命に対し、異を唱えるということか」

 玉座からのその声は、24日の拝謁の時よりも弱く聞こえた。


「陛下! そもそも、あの村娘を我らと並べるとは、我らを侮辱されるおつもりですか!」

 対するマリシア元帥は、病身の国王にも容赦なく激しい声を向ける。


「陛下……我らは、自らの功をことさら申し上げるごときは望みませぬが……我らは、時の魔王を下し、ミグニア朝アスマ帝国を倒し、更にメカニア・ソアリカの(いくさ)にも勝利して、先帝アルヴィノ7世より上級国務大臣の地位を賜りたる身。それに比するに、そこな小娘は、いかような功労があるとの仰せにございましょうか」

 マリシア元帥の横から、ボルディア元帥がそんな言葉を口にする。


 その言葉遣いと内容は、「勇者」を補う「賢者」らしい、と由真の耳には聞こえる。


「卿が所領ボルディアとの間を阻んでいたセプタカのダンジョン、衛兵隊も王国軍も対処できずにあったものを、半月足らずで制圧した。卿ら王国軍が104年に奪われて以来、16年の長きにわたり拱手(きょうしゅ)傍観するばかりであったイドニの砦を、わずか10日で奪還した。

 今の卿らに(あた)わざる(いさお)を、コーシア方伯はいずれもたやすく挙げた。当代の魔王が動き出したとして、対抗し得るは、コーシア方伯をおいて他にない」

 国王は、弱い声ながらも、正面から言葉を返した。


「恐れながら陛下、当代の魔王が攻勢に転じたそのとき、これに対処するには、『勇者の団』の戦力が不可欠にございます」

 ボルディア元帥は、そんな言葉で、「本題」へと話を向ける。


「しかるに、コーシア方伯と称するそこな小娘は、その『勇者の団』の戦力を分断せんと画策し、そしてその半数近くを拉致いたしました。これは、魔王を利し、そして世界の秩序を崩壊するも同然の所業にございましょう」

 そこで、ボルディア元帥は由真に目を向ける。


「臣のごときには、この小娘は、むしろ魔王の尖兵、いや……魔王が化身そのものとも思われてなりませぬ」

 由真を見据えたまま、ボルディア元帥はそう言い切った。


「元帥閣下の仰せの通りにございます。そこな村娘は、一昨日、王都衛兵隊の出動に対して、凶悪なる魔物を召喚して対抗しております。これは、この村娘が魔族に通じている何よりの証にございます」

 内務大臣の後ろに座っていた男性が、そんな声を上げる。


「公安局長。下問なき発言は認められていない」

 宮内大臣が冷厳な表情で言葉を返す。それは、この席の冒頭で断りを入れたことのはずだった。


「アスマ公爵王都邸宅に顕現されているのは、紛れもなく、アスマ西方守護神として、ミノーディアにおいても厚く尊崇されているところの紅虎(こうこ)様、その神使(しんし)である。紅虎様の神使を魔物呼ばわりするとは、いかなる存念か」

 そしてナイルノ神祇長官が言う。


 紫衣をまとう最高位の神官のその言葉に、公安局長は険しい表情で目線を伏せた。


「しかし、そのアスマは、公爵殿下すらも、王国に対し反旗を翻す構えを崩しておりません。我ら経済省が一昨日警告を発したものの、公爵殿下は態度を改められず、あまつさえ、アトリア王立銀行は、セントラ王立銀行と対立する姿勢すら見せております」

 蕩々と口にしたのは、昨日1日停職処分とされたはずのレゴラ経済大臣その人だった。


「公爵殿下を初め、アスマの者たちに、王国の力をしかと見せておかねば、かの地は……こちらの両元帥閣下が獲得された我らの植民地は、無用の戦乱に陥ることとなりましょう」


 その美辞麗句のようなものが由真のかんに障る。

 その実相は、主要物資を「人質」に取り要求を押し通そうとする、悪質な恐喝行為でしかない。

 あまつさえ、社会経済の脆弱なカンシアが、アスマの地を「植民地」呼ばわりするとは――


「コーシア方伯、今のレゴラの言につき、卿はいかに思うか」

 ちょうどそのタイミングで、国王はそう言って由真に水を向けた。


 由真は、国王に向けて腰から軽く一礼し、そして左側の相手――経済大臣レゴラ方伯に顔を向ける。


「経済大臣、あなたの言う『王国の力』とは、鉄や石炭、小麦にライ麦……ですか?」

 まず、この相手が禁輸を宣言した品目を挙げてみせる。


「こちら、カンシアの方は、鉄鉱石は、ベストナからも手に入るとして、……石炭は、トネリアからの供給が、滞らないといいですね?」


 昨日、オスキアの南港で見聞きしたこと。

 輸出される石炭は、ミノーディア総州――その産炭地であるトネリア辺境州から供給されたもの。

 輸入される鉄鉱石も、ミノーディア総州からの供給があるからこそ、輸入元のベストナとの価格交渉が可能だということ。

 そのミノーディア総州からの供給が途絶すれば、彼らカンシアの経済はたちまちに困窮する。


「それと、皆さん、来年は、ライ麦で我慢していただくことになりますかね?」

「……なんだと?」

 由真が続けた言葉に、レゴラ経済大臣はまなじりを険しくして声を上げる。


「アスマとの物流を遮断したら、小麦の、いわゆる『ミノーディアもの』、かなり品薄になりますよ?」

 そう言ってから、斜め後ろのルクスト事務局長に軽く顔を向けると、彼は、目を見開いてはっきり首を縦に振った。


 明確に説明を受けた訳ではない。

 しかし、少し考えれば想像はつく。


 南はステップ気候、北は冷帯・寒帯のミノーディアで、カンシアに輸出できるほどの小麦が生産できるはずがない。

 彼ら自身の主食である麺のたぐい、その生産に振り向けるのがせいぜいのはずだ。

 それなのに「ミノーディアもの」と呼ばれる小麦がカンシアに供給され続けるのはなぜか。

 それは、ミノーディアから通じる先にある穀倉地帯、すなわちアスマのベニリア川・コーシア川流域で生産される分があるからだろう。


「まあ、ライ麦の方は、ダスティアがしきりに売り込んできているようですし、今はデノ高タル安ですから、多分大丈夫でしょう」


 オスキアで聞いた噂話を元に、由真はそう追い打ちをかける。

 相手は何も答えない。「食糧自給率」という概念は、この経済大臣の関心の対象にはないらしい。


「ところでレゴラ方伯、レゴラ銀行の方が、むしろ大丈夫ですか?」

 そこで由真は「3手目」を仕掛ける。


「……は?」

「オスキア市場で、昨日、安値取引停止になったそうですね? 今日は、取引できてますか?」


 そう言葉を続けると、相手は一瞬怪訝そうな表情を見せる。

 そこへ、横合いから随員――おそらくは秘書官が身を乗り出して耳打ちする。

 すると、その顔が途端に青ざめた。目を大きく見開き、口も半開きになっている。


 今この瞬間に、初めて、()()()()を知らされた。その顔がそう物語っていた。


「取り付け騒ぎのたぐいは、衛兵さんが抑え込んでいるにしても、そんな状態で、融資なんてできますかね? ダスティアからライ麦を買うお金、ちゃんと借りられます?」

「く、この……」

 更に問いかけると、そんな声しか返ってこない。


 そして、その後ろに控えた男性――おそらくは経済省通商局長もまた、眉間にしわを浮かべたまま、まともな言葉は出てこない。


(なんだ、こいつら、やっぱり足下のことはわかってないのか)


 由真が、昨日オスキアに行ってきただけで把握できた「物資の供給状況」と「金融市場の動向」。

 この「経済省」の首脳たちは、そんなことすらも認識できていない。


 それどころか、この「経済大臣」は、お膝元の銀行が「安値取引停止(ストップ安)」の危機を迎えていたことすら知らなかった。


「小賢しいな、小娘」


 そこに前方から響く、通りの悪い声。

 振り向くと、「賢者」ボルディア元帥が、眼鏡越しに由真をにらんでいた。

オスキア視察で得た情報で、経済大臣は論破しました。

なお、小麦が獲れる「アスマのベニリア川・コーシア川流域」は、最下流(州都アトリア)以外はコーシア方伯の所領になります。

次は、先代賢者様です。

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