399. 晩夏の月27日、拝謁へ
いよいよ当日となりました。
晩夏の月27日の拝謁は、11時からナスティア離宮で行われる。
ナスティアに向かう「ナスティア号」は、6時0分発の「ナスティア101号」が始発で、以後毎時0分・30分に発車する。
ただし、午前は9時台と11時台が0分発のみとされている。
9時0分発の「ナスティア113号」に乗れば、ナスティア駅には9時45分に到着する。
ナスティア線の10時5分発の列車に乗り換えると、ナスティア高原駅には10時24分に到着する。
カンシア事務局が発注して、由真たちが乗る特等室がナスティア高原駅まで確保できた。
特等室は随員4人まで乗車できるため、メリキナ女史、衛、ウィンタにルクスト事務局長も同席し、その他の随員は二等車に乗る。
セントラ北駅9時ちょうど発――今日乗り損なった「駿馬1号」と同じ時刻ではあるものの、今回は既に切符も確保できている。
ロンディアによる宣伝工作という「大きな不安材料」。
しかし、青木たちの前で、「たとえ自らが失脚しても、14人はアスマに連れて帰る」と決意したことで、その件は由真の中で「些末な問題」へと成り下がった。
由真は、26日は午後10時に就寝し、翌朝は6時に起床した。
エントランスから直接庭先に出て、二十四式太極拳、形意拳五行拳に加えて、柔道技の打ち込みも少しこなしてから、部屋に戻る。
7時20分に、ルクスト事務局長とメリキナ女史が由真の部屋に入ってきた。
「閣下、アトリアより雷信がございました」
そう言って、ルクスト事務局長は封書を差し出した。
至急
晩夏の月27日7:08受信
尚書府カンシア事務局長殿
昨日雷信したるロンディアの臨時休業の件はシチノヘ殿が主導に依りコーシア冒険者ギルドを動員して臨時購買所を開設し生活物資を供給したりて当地午前中特段混乱なく経過したり。
アトリア冒険者ギルドに於ても之に倣ひ対応準備を進め在る所懸念には及ばず。
以上の儀コーシア方伯に伝ふべし。
大陸暦120年晩夏の月27日
アスマ公爵ノーディア王子エルヴィノ
――「ロンディアの臨時休業の件」は、「シチノヘ殿が主導に依り」「当地午前中特段混乱なく経過したり」。
由真の足下をすくおうとする大規模小売店の工作は、「総合小売理事官」愛香の手で、その根底から覆された。
にわかに信じてよいのか、とかえって不安になるほどの「上首尾」だった。
「シチノヘ理事官の手腕は、お見事ですね」
微笑とともに、ルクスト事務局長が言い、傍らでメリキナ女史が頷く。
「ええ、本当に、見事な手腕ですね」
由真も、心の奥底からの思いのままに、そう応えた。
「それと、宮内省の方からは、本日の出席者が確定した旨の連絡がございました」
そう言って、ルクスト事務局長は別の封書を差し出した。
晩夏の月27日6:27受信
全上級国務大臣各位
内務大臣殿
軍務大臣殿
経済大臣殿
アスマ州庁尚書府カンシア事務局長殿
本日、 陛下が拝謁を許される件につき、出席、陪席は別添のとおり確定しましたので通知します。
大陸暦120年晩夏の月26日
宮内大臣 ワスガルト子爵モルト
(別添)
拝謁を賜る上級国務大臣及び陪席を許された者(敬称略)
1 上級国務大臣及び随員
北辰騎士団SS級大夫 元帥大将軍 マリシア公爵タケトモ 随員:第一副官 将軍 ムルドロ男爵ユニド
北辰騎士団SS級大夫 元帥大将軍 ボルディア方伯カズヒコ 随員:第一副官 将軍 マサカロ男爵ジルノ
ポルト大帝騎士団SS級命婦 コーシア方伯ユマ 随員:秘書官 ラミナ・メリキナ
2 供奉
神祇長官 北辰騎士団SS級大夫 ナイルノ神祇官タルモ
宮内大臣 青藍騎士団白銀S級大夫 ワスガルト子爵モルト
3 陪席
参謀総長 白馬騎士団S級大夫 大将軍 カンニア子爵コルト
軍務大臣 白馬騎士団S級大夫 大将軍 アルキア子爵サスペオ
内務大臣 青藍騎士団S級大夫 ドルカオ方伯マニコ
経済大臣 青藍騎士団S級大夫 レゴラ方伯ラメロ
アスマ州庁尚書府カンシア事務局長 A級大夫 クレノ・リデロ・フィン・ルクスト
内務省公安局長 A級大夫 ロストコ男爵ワルド
経済省通商局長 A級大夫 ヤクスト男爵レクト
両元帥とナイルノ神祇長官は、宮中席次の頂点に立つ「北辰騎士団SS級大夫」で、両元帥は随員の「第一副官」さえも「将軍」だった。
軍人たちの肩書きには「元帥」や「大将軍」といった階級も記されている。
軍人たちの栄誉と権勢だけが重んじられる軍国主義、それがノーディア王国の「国体」なのだろう――と由真は邪推せずにいられない。
「いみじくも、閣下が昨日仰せのとおり、『取り囲まれる』ような状態になっておりますが……」
ルクスト事務局長は曇り顔で言う。
「まあ、こちらは少数精鋭です。ウィンタさんも来てくれますし、大丈夫ですよ」
由真は、あえてそう言ってみせる。
実際、「随員」3人の能力を比べれば、メリキナ女史が突出しているのは疑う余地もない。
そして「陪席」も、唯一騎士爵で名を連ねるルクスト事務局長は、逆に実力と実績の裏打ちがある。
恐れるべき何者もない。由真は、そう信じることができた。
由真たちは、7時半に集合して朝食をとり、8時15分に出発した。
この日は、拝謁に陪席するルクスト事務局長も同行する。
北駅に到着すると、特別待合室に案内される。
その部屋は、由真たちが1ヶ月前にこの駅から出発した際に通された場所だった。
8時45分に呼び出されてホームに向かう。
今回は、特等室の「随員4人」の枠にルクスト事務局長が加わり、他の書記官たちは二等室に乗車した。
席に落ち着いて構内を見ると、合計7面14線並ぶ頭端式ホームのうち、最も遠いところに、モディコ300系が停車していた。
昨日乗り損なった「駿馬1号」だろう。
時計の針が9時を指したところで、「ナスティア113号」はしずしずと動き出した。
同時に発車した「駿馬1号」は、こちらより微妙に先に進んでいく。牽引機の性能の差が影響しているのだろう。
「ナスティア113号」は、順調に走行を続け、9時45分にナスティア駅に到着した。
ここから乗り換えるナスティア線の列車も、前回と同様の特等車になる。
ナスティア高原駅に到着し、離宮に向かう電車に乗り換える。
今回は、ナイルノ神祇長官と鉢合わせることはなく、両元帥のたぐいと会敵することもなかった。
ナスティア離宮に到着した由真たちは、駅舎で会場の座席案内表を渡された。
今回の拝謁は、公的な性格が強いためか、気の許せない両元帥のたぐいがいるためか、執務区画で行われる。
いったん控室に入って荷物を置いてから、会場として通されたのは、「南広間」という名の部屋だった。
広さは、以前、親任式の際に通された部屋と同じ程度と見える。
中央にひときわ豪勢なソファが据えられ、左右両側にもソファが並んでいる。
中央のものは「玉座」、そのすぐ近くは、入り口から向かって左側が神祇長官、右側が宮内大臣の席とされる。
それに続いて、左右それぞれに、中央に向けられたソファーが並ぶ。
向かって左側は、玉座寄りがマリシア元帥、出入口寄りがボルディア元帥の席。右側は由真の席だった。
いずれも、後ろにソファが続く。
由真の方は、真後ろがメリキナ女史、その隣がルクスト事務局長に割り当てられている。衛とウィンタ、それにカンシア事務局の書記官たちは、その更に後ろの椅子に座る。
両元帥側は、それぞれの真後ろがそれぞれの副官で、その隣2つは参謀総長と軍務大臣の席とされていた。その更に後ろの席は、軍務省と参謀本部の随員に割り当てられている。
更に出入口よりにも玉座向きのソファが並ぶ。
出入口から向かって右側が内務大臣、左側が経済大臣で、局長や秘書官が後ろに続く。
その様子を確認して、いったん控室に戻る――と、駅舎の方から轍の音が聞こえてきた。
窓外に目を向けると、駅のホームにシンカニオが入線していた。
その車体はおなじみの白地に青い帯ながら、太い帯の上に細い帯が引かれていた。
その車両は、窓のない両端車に、中間車は8両連結されている。
(あれが、例の330Y形か)
二等車すら申し訳程度に1両ついているのみの「超豪華編成」。
停車したその列車の扉が開かれ、カーキ色の軍服を着た老人2人が降りてきた。
他にも、詰め襟を着た恰幅のよい男などが降りてくる。
「あれは……」
「ドルカオ方伯、だな。セプタカに着いたときに、昼飯を出された」
由真の上げた声に衛が反応する。
由真は遠目に見たことがあるだけのその人物――内務大臣ドルカオ方伯マニコ。
衛は、セプタカ遠征の際に、昼食会に招かれていたらしい。
「で、あの2人が、例のアレよ」
そう口にするウィンタの口調が、普段より更に険しくなる。
軍服を着た老人2人は、年格好はタツノ副知事と同年代と見えた。
その「マ」は、この世界の名だたる人々と比べても、なお一線を画する強さだった。
「ひげを生やした方がマリシア元帥、眼鏡の方がボルディア元帥です」
ルクスト事務局長が淡々と補う。
由真は――和葉のような視力はないものの――その両者を識別することはできた。
「彼らは、そのまま広間に直行すると思われますので、我々も、あちらに戻りましょう」
ルクスト事務局長にそう言われて、由真も、他の3人も広間に向かう。
その広間の出入口には、侍従が4人立っていた。
「申し訳ございません、御前となりますので、武器の持ち込みは……」
侍従の1人が衛とウィンタに言う。
それで、衛は佩いていた剣を外し、ウィンタも手にしていた杖を手渡す。
(ああ、そうだよな。武器は当然持ち込み禁止だよな)
そして由真も、背負っていた棍棒を、美亜手製の袋を背中から外して、やはり侍従に預けた。
中に進むと、ナイルノ神祇長官にワスガルト宮内大臣も既に入室していた。
「ユマ様、お疲れ様でございます」
「いえ、よろしくお願いします、長官台下」
ナイルノ神祇長官とそんな言葉を交わして、由真たちはそれぞれの席に着いた。
アスマ側は、危険物を預けて席に着きました。