3. 女になってた由真をよそに
TS主人公、やっと登場です。
説明を受けた2年F組の面々が、「『ギフト』と『ステータス』の確認」に移ろうとしていたそのとき。
渡良瀬由真の意識は全く別のところにあった。
(女になってる……)
意識の片隅で聞いていた話によれば、ここは異世界であり、彼らはその異世界に召喚されたらしい。そして、男だったはずの由真は、なぜか女になってしまった。
現実としてはあり得るはずのない現象。しかし、今の由真は、その現象に直面させられていた。
(この身体……)
明確な膨らみを備えた乳房。性の象徴が変化した股間。腕をもんでみると、形成してきたはずの筋肉はそげ落ちて、細く柔らかい感触しかない。スラックスの内側の太ももやふくらはぎも、やはり同様に変化している。
学生服の袖口から手を差し込むと、二の腕に至るまでなめらかな肌触りが続いている。
相沢晴美がマスクを外した際に、由真も自らのマスクを外した。薄いとはいえ日々カミソリを当てる必要のあったひげも、完全に消え去っている。
外観で確認できる特徴について言えば、この身体は完全に「女」のそれだった。
それ以上の判断材料といえば、生殖器官と性染色体であろう。前者は内臓を撮影する機材が必要であり、後者に至っては遺伝子検査を待たなければならない。魔王云々と言っている剣と魔法の香りに満ちたこの世界では、到底期待できそうもない。
この状況でどうするか。
といっても、周囲は突如の異世界召喚から「『ギフト』と『ステータス』の確認」という状況を受け止めるのがやっとの様子。「陰キャぼっち」の「女体化」などという些末なことに対応する余裕などないと見るべきだ。
周囲を見ると、召還直前に近くにいた生徒たち――平田正志、毛利剛、そして度会聖奈が床に座っていた。
「みんなの『『ギフト』と『ステータス』の確認』が終わったら、戦うためのトレーニングになるんだろう。うまく乗り切れればいいんだが……」
平田は、クラス全員の「『ギフト』と『ステータス』の確認」に関心を集中させていた。
「俺はどう出るかな? 俺の力、ちゃんと測定してくれるよな」
毛利は、この局面でも自らの「力」のことしか意識にない。
「って、何よそれ……異世界とか魔王とか、『『ギフト』と『ステータス』の確認』とか、もう訳わかんないよ……」
苛立ちをあらわにつぶやいた聖奈は、ふと由真の方に顔を向けた。
「ヨシ、何が出てきても、あたしのことちゃんと守りなさいよ?」
その問いかけで、由真は初めて意識をこの場に向けた。右手にずっと握りしめたままだったポケット辞書を強引に学生服の右ポケットに差し込み、聖奈に応える。
「それは……『ギフト』と『ステータス』の結果次第なんじゃ……」
相手に目線を向けて、由真は聖奈と自らの身体を意識した。「女」になってしまった由真の今の身体は、明らかに聖奈より華奢だった。座った状態のため簡単には判断できないものの、身長も低い可能性が高い。
「なに言ってんのよ。ヨシの『ステータス』が低い訳ないでしょ。いいから素直にあたしを守りなさいよ」
それだけ言うと、聖奈は平田たちの方に顔を戻した。
「これに必要事項を記入してください」
「文字は?」
「皆さんの言語、日本語で大丈夫ですが、氏名は皆さんの言うローマ字の読みをつけてください」
水晶玉の前で、相沢晴美が神官とおぼしき若い女性と会話している。その声は、クラスメイトたちの関心を引き寄せた。
「はい、それでは、両手でこの水晶玉を包んでください」
女神官の指示に頷いて、相沢晴美は水晶玉に両掌を乗せた。
「ハルミ・アイザワ、性別は女、レベル64! ギフト『光の神子』『氷の姫神』、いずれもSクラス! デュアルSクラスです!」
女神官は、金切り声で判定結果を読み上げた。
「レベル64?!」
「大陸最高水準ではないか!」
「セレニア、デュアルSクラスだと?! Sクラスデュアルギフトではないのか?!」
たむろしていたノーディア王国の面々も、驚きをあらわにする。
「いえ、司教猊下! 『光の神子』も『氷の姫神』も、いずれもSクラスギフトです!」
えんじ色のコートの男性――司教の問いに女神官が答えると、おお、とどよめきが走る。
「もういいですか?」
他ならぬ当事者、相沢晴美その人のその声と言葉は、優れた冷却力を示してその場の熱気を止めた。
「は、はい! ステータス記録完了しました! もう結構です!」
女神官が答えると、相沢晴美はため息とともに水晶玉から離れる。
「アイザワ様! お疲れ様でした! ささ、こちらにおかけください!」
若い男性の神官が、そういって相沢晴美にソファを勧める。
「今回の召還は、前代未聞ではないか?」
「ああ、アルヴィノ殿下直々の執行だけある。これはすごいぞ」
そんな声が上がる中、出席番号2番、青木修介が進み出る。相沢晴美と同じ手続きの上で、青木も掌を水晶玉に乗せた。
「シュウスケ・アオキ、性別は男、レベル7、ギフト『町の番人』、Cクラスです」
女神官の声は、相沢晴美のときとは別人のようなテンションだった。
「なんだと?」
「レベル一桁?」
「Cクラスとは……」
相沢晴美の華麗な結果に続いたせいで、青木修介の結果にあからさまな落胆の声が上がる。
「はい、もう結構です」
女神官も、冷たい声で相手を追い出す。青木は、椅子を勧められることもなく、床に座り直した。
「え? 椅子を用意しないんですか?」
ソファに腰掛けた相沢晴美は、眉をひそめて立ち上がる。
「あ、アイザワ様! その、ご心配なく! どうか、そのままお座りを!」
慌てた様子で彼女を椅子に戻そうとする神官。相沢晴美は、眉をひそめたまソファに座り直した。
テンプレ儀式は続きます。