36. 実戦試合第2ラウンド ーvs 毛利剛-
因縁の対決、第2ラウンドです。
「そ……それでは、次は、モウリ殿か」
ようやく我に返ったとおぼしきグリピノ神官は、その名を呼ぶと、顔色をにわかに緩めた。
ちょうど2週間前と同じ対戦。
そのときは、毛利剛が由真を押し倒し、縦四方固の形に極め、そして十字締めで失神に至らせた。その過程をグリピノ神官は見ている。桂木和葉のような「許されない番狂わせ」などは起きるはずもない。そういう安心感があるのだろう。
「やっと出番かよ。ま、桂木と戦るとかさすがに嫌だからな。お前なら、何回でも壊せる」
ゆっくりと立ち上がった毛利は、そういって、あのときと同様に手指を鳴らす。
「……相沢。今度は邪魔すんなよ」
前回のことが腹に据えかねていたのか、毛利は晴美をにらみつけて言う。
「ちゃんと『試合』をする限りは、邪魔なんかしないわ」
そんな言葉を返す晴美。その目は、毛利を鋭く見据えていた。
「くれぐれも、真剣勝負。手加減などは無用。殺し合いのつもりで戦ってもらいたい」
勝敗の行方は確定している、と認識しているためか、グリピノ神官は、そんなことすら言った。
「位置について」
その言葉を受け、毛利と由真は向かい合う。前回と同様に、相手は革鎧を着け、由真はセーラー服姿である。
「それでは、始め!」
喜色すら浮かべてグリピノ神官は宣言し、毛利が踏み出してきた。
(あのときは、落とされてから、騒ぎを大きくしちゃったからな……)
試合が始まって。
由真は前回の試合の後の顛末に思いをはせる。
晴美がグリピノ神官を殴打し、ユイナはモールソ神官と表だって対立した。あのときは、「時期尚早」と思い、由真自身は「穏便な決着」を指向したものの、結果はかくのごとしだった。
(……もう、遠慮はしない)
自分ほどには「この世界」を理解していない晴美。「この世界」の論理の中で最善の努力を続けるユイナ。二人にこれ以上迷惑はかけられない。
入学以来1年以上にわたって、破壊的な害意を剥き出しにし続け、この「異世界」で、「女体化」してしまったところでその衝動を躊躇なく実行に移した男。聖奈との関係も「絶縁」となった今、もはや配慮すべきことなどなにもない。
「スキル【柔道】、限定解除」
由真は、あえて声に出してつぶやく。
それは、由真にとって「おまじない」のようなものだった。
普段使用を控えている「スキル」。それをあえて使うとき、由真は、それを言葉にして宣言する。「中二病」じみたことながら、由真にとって、それは大事な「ルーティン」でもあった。
眼前に迫り、袖と腕をつかみにかかる巨漢。
普段は「大外刈りを仕掛けてくる」程度にしか認識できない動き。しかし「限定解除」した由真には、格段に多い情報が迅速に認識されていく。
(『刈り』の甘い大外巻込……引き手の押しだけが強い……)
ごくわずかな足さばきだけで「刈り」は回避する。残るのは、前・下に向かう上半身と「刈り」の惰性に支配されて後・上に向かう下半身。
(……)
左足から右足と踏み込み、相手の右腕を両手で取って、そのまま体重を引き下げる。
由真の意図通り、右腕から引っ張られた巨躯は床を離れて縦に回転し、頭から床へと落下する。
その寸前、由真は相手の右腕を引き上げ、後頭部の衝突だけは防いでやる。
しかし、相手は受け身がとれず、そのまま背中から床に打ち付けられた。
「……え?」
間の抜けた声がする。それにはかまわず袈裟固めへ移ろうとした由真は、相手がすでに意識を失っているのを確認し、残心を取る。
「背負い投げ、一本! 由真ちゃんの勝ち!」
晴美の高らかな声が響いて、由真はようやく警戒を解き、息をついた。
「ああ、彼、もう失神してるわよ? 文字通り『落ちた』せいでね」
晴美は、冷笑とともにグリピノ神官に告げる。
「って、背負い投げ!」
「毛利君を投げ飛ばした!」
「由真ちゃん、かっこいい!」
「えっと、なんだっけ、やわらちゃん、だっけ……」
女子たちの歓声が聞こえる。
「いや、今のは……『背負い投げ』じゃない。『浮落』……足腰を相手に一切触れずに投げ飛ばす、いわゆる『空気投げ』の一つだ」
そんな声とともに立ち上がる男子生徒――仙道衛。やはり彼は、由真の「決まり手」を正確に見抜いていた。そんな彼の姿を目にして、由真は、自然と大きく息をついていた。
「そのとおり、さすが仙道君だね。……素手の上に防具もない僕じゃ、とても勝ち目なんかないよ」
次に行われることとされている「試合」。神殿側は「毛利剛対仙道衛」と想定していたそれは、「仙道衛対由真」になる。
しかし、その気になれば毎日自主練で「稽古」できる相手と、皆の眼前であえて「試合」するつもりは、少なくとも由真にはなかった。
「俺は、いくら渡良瀬でも、丸腰の女子と格闘をするつもりはない」
仙道は、やはりそんな言葉を返した。
「渡良瀬は棄権した、という扱いで、このまま俺と平田が最終戦をする、ということで、問題はありますか?」
その問いかけに、グリピノ神官とモールソ神官は、言葉に詰まった様子を見せる。
「問題はない、と判断します」
ユイナがすかさず応じて、「結論」は定まった。
由真は試合場から退き、代わりに仙道が入る。他方には「勇者」平田正志が進み出る。
「渡良瀬、お疲れ」
すれ違ったちょうどそのとき、仙道は由真にそう声をかけた。
「ん、仙道く……」
軽く応じようとした由真は、そこに向けられる「ラ」に気づいた。
(モールソ神官、仙道君にデバフをかけまくるつもりか)
桂木和葉戦で自らに向けられた術式。それを仙道にも向けることで、平田の勝利を確実ならしめるというのだろう。
(面倒だな……ここは……)
対処の方法を一瞬で考えて、由真は仙道に手を伸ばす。
「仙道君、糸くず、ついてるよ」
そういって、由真は仙道のジャージの肩口を軽くつまみつつ、「術」を施した。
「ん、これで大丈夫。……頑張ってね、仙道君」
そういって相手の肩を軽く叩き――「術」を補強して――由真は晴美たちの下へ向かう。
「ゆ~まちゃ~ん? な~んですかぁ? いまのヒロインムーブはぁ?」
由真を待っていたのは、島倉美亜のそんな言葉だった。
「ひろいんむーぶ?」
「『仙道くん! 糸くずついてるよ? ほら、もう大丈夫。それじゃ、頑張ってね、ちゅっ♪』って、どこのスポ根ヒロインですかぁ?」
つい今し方、仙道に「対デバフ術式」を施すためにかけた言葉。それを誇張して解釈すると――
「って、その、そういうんじゃなくて! だ、だいたい、僕は、本来男なんだからっ!」
「でもぉ、今は女の子だしぃ?」
そういって肘で由真をつつく島倉美亜。
「いや、だから、ほんとそういうのじゃなくてっ」
「またぁ、照れなくてもいいのにぃ。なんたって、一月一緒に自主練してきた仲だもんねぇ?」
なおも追求されて、由真は言葉がうまく返せなくなってしまう。
「ほら、そのくらいにしときなさいよ、美亜」
見かねてか、晴美がそういって島倉美亜を止める。それでようやく、由真は我を取り戻すことができた。
晴美たちの傍らに座り、試合場に目を向ける。仙道衛が、平田正志との「最終戦」に挑もうとしていた。
由真ちゃんが本気を出すと、こんなものです。俺TUEEEなのです。
(4週間の間で太極拳指導(そのための復習)などで身体感覚を取り戻してもいますが)
この程度は、ざまぁのうちには入らないですよね。