35. 実戦試合第2ラウンド ーvs 桂木和葉-
再びバトルです。
由真ちゃんが、そろそろ牙を剥きます。
座学の内容が具体的となりきな臭さを帯びるにつれて、武芸実習もまた「実戦」を想定した内容に移行した。魔物の種類に応じた「討伐手順」のシミュレーションが盛り込まれ、その「実戦」演習も進められる。
さすがに本物の「魔物」と戦わせることはできないので、実戦稽古で使う武器が「刃引きされた銅剣」とされ、防具にヘルメットが加わり、内容が「魔物との戦いを想定したもの」とされた程度だったが。
その週の金曜日、午前後半の武芸実習で、2週間ぶりの「完全実戦形式の試合」が行われることになった。CクラスからBクラスまでは、前回と同様に4区画に別れて試合を行う。
島倉美亜と七戸愛香の試合は、前回に比べると長足の進歩を遂げていた。二人とも、それぞれの剣をしっかり振るい、攻めては防ぎ、防いでは攻めるという動作ができている。
試合そのものは、島倉美亜が胴を狙った一撃を七戸愛香がしのぎきれずに押され、それで島倉美亜の勝ちと判定された。
ともあれ、太極拳に取り組んでいただけとはいえ、運動を習慣化し、身体運動感覚を鍛えた成果は小さくなかった。
SクラスとAクラスについては方式が変更された。
魔法組、すなわち相沢晴美・嵯峨恵令奈・度会聖奈は試合を行わない。武芸組は「勝ち抜き戦」として、桂木和葉が「小手調べ」として由真と戦い、その勝者が毛利剛と戦う。その勝者が仙道衛と戦い、その勝者が平田正志と戦う。
「それ、最初の試合に意味あるの?」
この方式を提案したグリピノ神官に、晴美は正面から問いただした。
「カツラギ殿をいきなりモウリ殿と戦わせては、さすがに不利だからな」
グリピノ神官はもっともらしく言った。
「丸腰で防具もない由真ちゃんがいきなり桂木さんと戦うのは不利じゃないの?」
その問いに対する答えはなかった。
「たぶん、桂木さんが僕をたたきのめしても、僕が勝ったことにして、そのまま毛利君にぶつけるってことだと思う」
晴美の耳元で、由真は自らの推測を口にする。
「……そんなの……」
「まあ、僕も、さすがに自衛くらいはするから」
由真は、「穏やかな微笑」を顔に浮かべつつ、晴美にそう答える。
この「教育」も後半に来ている。神殿側が由真に示す悪意は今更云々するまでもない。由真としても、「生き残る」ための自助努力をすべき時期だった。
試合会場を1箇所にすることで状況を制御下に置いておく。
桂木和葉に「勝てる相手」をぶつけることで戦闘力に対する自信を保たせる。
平田正志の「試合回数」を最小限にとどめることで、不測の事態としての敗戦を避ける。
――そんな「敵の意図」は晴美にも推測できた。
普段の訓練からは徹底的に排除している由真を、ここ一番というところでは「かませ犬」として使おうとする。それを恥と思わない神殿側に対しては、怒りを通り越してあきれるよりない。
「まあ、僕も、さすがに自衛くらいはするから」
由真本人は、穏やかにそう告げた。あたかも晴美を心配させまいとするかのように。
由真は、形意拳と太極拳の心得があり、加えて魔法についても「エリート」のユイナすら脱帽する力量を潜めている。2週間前は、毛利によって「締め落とされた」彼女は、その「隠し持つ力量」によって、この場を自ら打開していこうというのだろう。
由真を信じるしかない。そう思いつつ、晴美は、試合を始めようとする二人に目を向ける。
ジャージ姿で革鎧を装備し刃引きされた銅剣を手にした桂木和葉。その面差しは険しく、顔色がやや青ざめて見えた。
常のセーラー服姿のまま立つ由真。力みもゆがみもなく、ごく自然に、彼女は「直立」を保っている。由真から太極拳の「さわり」を教わった晴美は、由真が保っている「直線」は、一瞬成立させることすら容易ではないことを強く認識させられていた。
審判はグリピノ神官がつとめる。
「では、始め!」
その宣言と同時に、桂木和葉は銅剣を振り上げつつ踏み込む。その動きは――
(この前と同レベル?)
前回剣と槍を交えた晴美の目には、その速度に「向上」は認められなかった。晴美自身であれば、また槍でいなすことは造作もない。
その剣は、右足の踏み込みとともに切りつけられる。バドミントンのスマッシュの要領であろう。この集団の中では突出した鋭い動きが、由真の肩から袈裟斬りにかかる――
由真は、右足をわずかにステップバックさせて、上半身の位置を自らの左側にずらす。桂木和葉の剣は、由真の眼前数ミリの空間をむなしく斬っていく。
桂木和葉は、踏み込んだ右足を軸に左回りに身を翻し、すぐさま次の斬撃を由真の正面に放つ。しかし、由真は巧みな足さばきで右に身を移し、やはり紙一重で攻撃をかわしてしまう。
間合いの中にはとどまっている由真を前に、桂木和葉は右足を踏み込んで、右に左にと続けざまに斬りつけていく。しかし、その斬撃は由真のセーラー服にかすりもしない。すべて紙一重でかわされる。
「なっ! なんだとっ?! どうなっている?!」
グリピノ神官が叫ぶ。Aクラスで敏捷性が高い桂木和葉の斬撃が、「レベル0」の由真にことごとくかわされる。それは、「ギフト」と「クラス」を絶対視する彼らにとっては、ことさらにあり得ない事態なのだろう。
「くっ、小娘! 逃げるなっ!」
金切り声が上がる。見ると、モールソ神官が、対戦する二人に杖を向けていた。
(これ、弱体化術式!)
これまでの学習と訓練で、晴美もその程度はわかるようになった。
(くっ!)
光系統魔法で対抗を――と晴美が意識を向けたその瞬間、モールソ神官の意思力「マ」は、由真の身体に到達し――そして雲散した。
「くそっ! このっ! 小娘がっ!」
ヒステリックに叫びつつ、モールソ神官は弱体化術式の「マ」を放つ。しかしそれは、由真に達するやことごとく霧消していく。
桂木和葉の剣に加えてモールソ神官の魔法攻撃。二正面作戦に直面することになった由真は、セーラー服の胸ポケットに差し込まれていたボールペンを右手で取り出した。
「たっ!」
鋭い声、裂帛の気合いとともに、桂木和葉は剣を由真に振り下ろす。
次の瞬間、由真の右腕が跳ね上がって相手の腕を横から押さえた。桂木和葉の首筋で止められた右手。そこに握られていたボールペンの先が、彼女ののど元に触れている。
「それまで! 勝者、ユマさん!」
そこに通ったのは、ユイナの声だった。あたかも「副審」であるかのように勝敗を宣言した彼女に、モールソ神官もグリピノ神官も硬直するばかりだった。
「桂木さん。……スイングは最高だと思う。あとは、突きを深めれば、剣術としてなお完成に近づくかな」
由真は、試合していた相手――桂木和葉ののど元にペン先を突きつけたまま、そう口にしていた。
桂木和葉の顔は蒼白で、目は見開き口も閉ざすことができずにいる。斬撃をことごとく「紙一重」でかわされ続けたことが、彼女の心に大きなダメージを与えた。それは、由真も十分推察していた。
ユイナの宣言が聞こえ、神官二人がそれを撤回する気配もなかったため、由真は警戒を解き、桂木和葉に軽く会釈した。
相手は、ぎこちなく銅剣を下ろし、硬い動作で首を軽く下げて、そしてふらふらと見学席に戻った。
桂木さんは、全国に通用するバド少女ではあるのです。
ただ、前回は晴美さん、今回は由真ちゃんと、相手が武芸に慣れているのが不幸な訳で…