33. ちょっとアブない(?)太極拳実演
普通の人が見ている話―ではあります。
土曜日午前後半。必修の武芸実習。兵士たちを相手に実戦稽古をするクラスメイトたちをよそに、監督のユイナと見学扱いの由真は手持ちぶさたになった。
「そうだユイナさん。いま、ちょうど暇ですし、『二十四式太極拳』、全部通して見てみます?」
「え? いいんですか? 是非、是非お願いします!」
由真の提案に、ユイナは即座に食いついてきた。
「え? 由真ちゃん、太極拳実演?」
「あの6分かかるってやつ?」
稽古が成り立たずに時間をもてあましていた島倉美亜と七戸愛香も反応する。本来の「対象者」もこちらに目が向いているのは、ちょうどいい機会だろう。由真はそう思いつつ、直立して息を整える。
「それじゃ、『二十四式太極拳』、始めますね」
そういって、由真は、ゆっくりと足を開いて「起勢」に入った。
まず直立し、深呼吸をしてから、ゆっくりと両足を肩幅まで開いていく。両手をいったん前に挙げて腰のところに落ち着ける。
両腕で円を描いてそれをゆっくりと回しつつ、かかとから足を踏み出して、上体を伸ばしたまま前後に重心を動かす。
左、右、左と続けたところで、右手を上げて左手を下ろす。
それは、島倉美亜と七戸愛香も毎日練習している「左右野馬分鬃」と「白鶴亮翅」だった。しかし、由真の動きは、悠然として全く緩みがない。その優雅さに、彼女たちは魅入られてしまう。
セーラー服に身を包んだ少女の動きは続く。
右手を横に大きく伸ばし、転じて左へ踏み込みつつ右手を押し出す。次いで左手を横に大きく伸ばして、右へ踏み込みつつ左手を押し出すと、さらに右手でもう一度繰り返す。
右手は引いて左手を伸ばし、体を左にひねりながら右手を顔の横に上げ、重心を引きつつさらに前方へ押し出すと、体を右にひねりながら左手を顔の横に上げ、重心を引きつつさらに前方へ押し出す。さらに、右手押し出し、左手押し出しと繰り返す。
やがて、Cクラス仲間が、さらにはBクラス衆すらも、制服姿の少女が演ずる華麗な舞に目を奪われていく。
右手を右に大きく伸ばし、左に踏み出しつつ左手の甲を前にして押し出す。そこから右に戻って右手を伸ばすと、今度は左手に右手を添えて左へ押し出す。両手を開いていったん腰に引いてから、両手を再び押し出す。
体をいったん右にひねり、左に揺り戻して左手を左に大きく伸ばすと、右手の甲を前にして押し出し、左に戻って左手を伸ばし、右手に左手を添えて押し出して、両手を開いていったん引いてから再び押し出す。
右手を下げて、体を左にひねり、右手を上げて左手を下げて、正面に向いて右手上・左手下で円を描く。そこから右に移りつつ右手を横に伸ばし、猫の首をつまむような形を取って、左に踏み出しつつ左手を前に押し出す。
体を右にひねり、右手を開くと、左に戻りつつ左手上・右手下で円を描く。そこから重心を左に移しつつ左手を押し出して、戻りつつ右手上・左手下で円を描く。同じように右手を押し出してから左手上・右手下に戻る。
さらに左手を押し出してから、右手を下げて、体を左にひねり、右手を上げて左手を下げて、正面に向いて右手上・左手下で円を描く。そこから右に移りつつ右手を伸ばし、猫の首をつまむような形を取って、左に踏み出しつつ左手を前に押し出す。
そこで両手を上向けて、右足立ちになってから左かかとを床につけつつ右手を前に押し出す。
左足と右手を戻して、左前に踏み出しつつ両手を大きく開いて伸ばし、両手を下ろしつつ右足を左足に揃える。
そして両手を交差させて持ち上げると、右足が床から離れる。
右膝は胸元まで持ち上がり、そして両手を大きく開くと同時に、右足が高く掲げられた。
「えっ?!」
「あっ!」
女子たちと男子たちのそんな声が交錯する。蹴り上げられた右脚とまっすぐ伸びた左脚、その間にある白い布が、前方の視線にさらされた。
右足が床に戻り、両足を開いて重心を移して逆向きになると、由真は、今度は左脚を同様にして跳ね上げる。
そこから前方に踏み出すと、方向を転じて左脚を伸ばしたまま右膝を曲げる。その屈伸運動により、短いスカートの裾からみずみずしく張りのある脚が一瞬さらされた。
手足の動作は彼女たちの知識にある「太極拳」のそれであり、全身の動きは優美にして凜然としていた。少なくとも女子たちは、その動きに見ほれるばかりだった。
「十字手」で交差した手を下ろして「収勢」。一連を終えた由真は、深く息をついてユイナに目を向ける。
「ユイナさん、これが、『二十四式太極拳』の全体です。……気づいたと思いますけど、途中、ユイナさんがその格好でやるには若干問題のシーンが二箇所ほどあって……」
「由真ちゃんがその格好でやるのも十分問題のシーンだったけどぉ?」
ユイナに話しかけたつもりの由真は、島倉美亜の声に一瞬対応できなかった。
「由真ちゃぁん? ハイキックとかはぁ、見せパンかアンスコを穿いてやらないとダメよぉ?」
「深夜アニメならサービスショットかもだけど、剣と魔法の異世界でそれは、さすがにやりすぎ」
島倉美亜と七戸愛香に言われた由真は――数瞬後、ようやくその意味に気づく。
第十三式「右蹬脚」と第十五式「転身左蹬脚」に含まれる「上段蹴り」。ワンピースの神官服でははしたない――という以前に、自らが今現在身につけているセーラー服ではもっとはしたない。しかも膝上15センチほどの短い丈のスカートではなおさらだ。
「え? あ、でも、ほら、別に他の誰かが、見てた……わけじゃ……」
自らに集まる目線の多さ。ここに至って、由真はようやくそれを認識した。
Bクラス・Cクラスのおよそ全員が、演武をしていた自分の姿をしっかりと見つめていた。当然、そこに含まれていた「上段蹴り」と、その結果として発生した――
「いや、あの、その、あの……」
――まともな言葉が出てこない。頭には熱が上がり、顔がしびれてしまう。
「あ、あの、大丈夫! 由真ちゃん、すっごいかっこよかったし!」
「そ、そうそう! うん、あの程度、ちょっとした放送事故! よくあることだから!」
「いや、放送はしてないし……」
女子たちのフォロー(?)の声。由真は、うずくまったまま身動きもとれなくなってしまった。
該当箇所にハイキックがあるのは事実です。
実演する際には、中国っぽい上着とズボン(『らんま1/2』の乱馬が着ているような服)でやりましょう。
―簡単にしようと試みたものの、どうしてもすっきりしません。
由真ちゃんの視点でよければ、「「十字手」で交差した手を下ろして「収勢」」だけで済むのですが…
後で加筆修正するかもしれませんけど、お話は明日予約投稿分により先に進めます。