32 続・太極拳入門
頭のいい女神官さんが教えを請います。
優秀な人に詳しく説明している(という設定の)話なので、読み流していただいてかまいません。
翌日――週明けからは、それまでと同様に、午前前半座学、午前後半武芸、午後は選択講座という時間割に戻った。
目新しいところとしては、「生物学」の講義が加わった。その「生物」の中には――「魔物」も含まれている。すなわち、この科目で習うのは、実際には「魔物の生態学」である。
とはいえ、初回は地球と同様の生物分類だった。
それでも、この世界の生物も、動物・植物の分類の下に、動物が哺乳類・爬虫類・両生類に分類されるなど、地球と同様の体系である――という事実は、少なくとも由真にとってはそれ自体が有意義だった。
他方で、「魔法組」のうち、島倉美亜や七戸愛香は、適性スキルのある「経理」の訓練を受けることになった。
「生産職のスキルも、せっかくですから磨いていただかないと」
ユイナはそう言って彼女たちの指導に当たる。指導を受ける側も、手応えがさっぱりな魔法より、こちらの方が熱心に取り組める様子だった。
一連が終わると、由真たちは自主練に入る。
晴美と仙道衛は、二人で剣術の練習を始めた。仙道が平田との試合で苦戦したため、剣術を本格的に強化したい、ということで、長刀の心得がある晴美が協力することにしたという。
そしてこの日から、島倉美亜と七戸愛香も加わった。この二人は、昨日由真が教えた太極拳の練習に取り組む。
その初日は、晴美とユイナに加えて仙道さえも興味を示したため、主にこの三人に向けて、「左右野馬分鬃」と「白鶴亮翅」をやや詳しく解説する。島倉美亜と七戸愛香も、その説明を聞きながら試行錯誤し、昨日よりは形になってきた。
「ところでユマさん! これ、1番、2番、3番と23番、ってお話でしたけど、4番から22番も教えていただくことはできますか?」
ユイナは、身を乗り出してそんなことを言い出した。
「え、まあ、……僕も、見よう見まねレベルですけど、それでよければ……」
「是非お願いできますか? これ、とても興味深いです!」
この女神官がここまでのハイテンションぶりを示すのを見るのは、由真にとっては初めてだった。
ともかく、本人が熱心に希望しているということで、第四式「左右摟膝拗歩」も教えることにした。
「第三式『白鶴亮翅』の『右足に重心をおき右手を上げて左手を払い下ろした状態』から入る。腰を軽く左に回して右手を見つつ顔の前で払い下ろし、腰を右に回しつつ左手を見ながら顔の前に払い上げ、左つま先を右足に寄せながら右手を見つつ手首が肩の高さに来るまで上げて左手は胸の前におく」
「ここから腰を軽く左に回し、上体はそのままに左かかとを左斜め前に踏み出し、左足を踏み込み重心を左足に移しつつ左手は下腹部におき、右かかとを蹴り出して左脚は膝を曲げて弓なりにする『弓歩』をとり、これと併せて右手を前に突き出す。上体はそのまま、重心を右足に移し、浮かせた左つま先を左斜め45度に開いた上で、重心を左足に移す」
「右つま先を左足に寄せつつ、右手を顔の前で払い下ろして、左手を見ながら手首が肩の高さに来るまで上げて右手は胸の前においてから、『かかとから踏み込んで重心を移しつつ手を突き出す』動きを左右逆に行い、さらにこの一連を左右逆に行う」
「何が何だかさっぱりわかんない」
ユイナ向けの説明を聞いていた島倉美亜の感想が、これだった。
「セレニア先生、すご……ちゃんとついてけてる」
七戸愛香が嘆息する。
「これを覚えるのは大変そうね」
さしもの晴美もそう言った。そして仙道も、途中から理解するのをあきらめた様子だった。
「まあ、難しいね。だから、4つだけピックアップするときは、これは外すのが普通だね」
由真はそう答える。
「でも、これ、すごくいい運動になりますね」
そしてユイナは、そう言いつつ、由真が教えたとおりの動作をこなしていた。
ユイナ・セレニアは、優秀な若き神官であり、その理解力も優れていた。
火曜日は、第五式「手揮琵琶」と第六式「左右倒巻肱」を教える。
第五式「手揮琵琶」――
「第四式『左右摟膝拗歩』の『踏み出した左足に重心をおいて右手を突き出した状態』から入る。右足を半歩引き寄せてから、重心を右足に移しつつ腰を右に回して、右手を見ながら腕の前に引き左手を肩の高さまで上げて、左足を軽く浮かせて腰を少し左に回して左つま先で接地」
第六式「左右倒巻肱」――
「第五式『手揮琵琶』の『右足立ち・左つま先接地で左手を上げた状態』から入る。腰を軽く右に回しつつ右腕を緩め、右手を見ながら右腕を上げて左手を上向かせて、左手はそのままに左足を一歩後ろに下げつつ右手を頬に寄せ、重心を左足に移しつつ右手を押し出し左手は腰まで引き右足はつま先接地となる」
「この状態が『最初の状態の左右逆』となるので、そこから左右逆に同様の動作を行う。これをもう1往復する」
続く水曜日は、第七式「左攬雀尾」と第八式「右攬雀尾」を教える。
第七式「左攬雀尾」――
「第六式『左右倒巻肱』の『右足重心・左足つま先接地で左手を押し出した状態』から入る。腰を軽く右に回しつつ右手を見ながら右腕を肩の高さに上げて、左つま先を右足に寄せつつ右手は胸の前・左手は下腹部におく」
「腰を軽く左に回して、左かかとから左斜め前に踏み出し、重心を左足に移しつつ右手は下ろして左手はその前まで上げ、右かかとを蹴り出して左脚は膝を曲げて弓なりにする『弓歩』をとり、これと併せて右手は股関節の位置まで下げる」
「腰を軽く左に回しつつ左腕を肩の高さに上げて右手をその手首の下まで持って行き、重心を右に移しつつ腰を右に回して左手を見つつ両手を下腹部まで下げて、重心を右足において右手を見ながら肩の高さまで上げて左手は右肩付け根に移す」
「腰を左に回しつつ左手は胸の前に移し右手を内側から左手首に添えて、前足となっている左足に重心を移しつつ両手を押し出す。そこから両手を肩幅まで開き、後足となっている右足に重心を移しつつ両手を下腹部まで下げる。そこから前足となっている左足に重心を移しつつ両手を押し出す」
第八式「右攬雀尾」――
「第七式『左攬雀尾』の『前足となっている左足に重心をおいて両手を押し出した状態』から入る。上体はそのままに後足となっている右足に重心を移し、腰を右に回して左つま先を内側に入れ、前後逆に至ったところで左足に重心を移し、右足を左足に寄せつつ左手は胸の前・右手は下腹部におく」
「これが『左攬雀尾』の左右逆となるので、そこから左右逆に同様の動作を行う」
木曜日には、第九式「単鞭」と第十式「雲手」。
第九式「単鞭」――
「第八式『右攬雀尾』の『前足となっている右足に重心をおいて両手を押し出した状態』から入る。上体はそのままに後足となっている左足に重心を移し、右手を下腹部まで下げて、腰を左に回していく」
「左手を腰の高さに下げて右手を肩の高さに上げてから、右手を胸元・左手を下腹部において重心を両足均等にする。そこから重心を右足に移し、左足を右足に添えつつ右手は前に向け左手を右肩付近まで上げてから、右手で『つまみ上げる』動作をする」
「腰を軽く左に回して、左かかとから左前に踏み出し、右かかとを蹴り出して左脚は膝を曲げて弓なりにする『弓歩』をとり、これと併せて左掌を前方に押し出す」
第十式「雲手」――
「第九式『単鞭』の『左に踏み込み左掌を前方に押し出した状態』から入る。重心を右足に移して、左手を下腹部に下げて、腰を右に回していく」
「右手を『つまみ上げる』状態から『掌を開く』状態に変えて、左手を見ながら肩の高さに上げて右手は腰の高さに下げて、腰を正面に回して重心を両足均等にして左手は胸の前・右手は下腹部におく」
「腰を左に回しながら重心を左足に移し、右足を左足に寄せつつ左掌を前方に向ける。右手を見ながら肩の高さに上げて左手は腰の高さに下げて、腰を正面に回しつつ右手は胸の前・左手は下腹部におく」
「腰を右に回し重心を右足において左つま先を左に伸ばしつつ右掌を前方に向ける。左足を踏み込み、左手を見ながら肩の高さに上げて右手は腰の高さに下げて、腰を正面に回して重心を両足均等にして左手は胸の前・右手は下腹部におく」
「『腰を左に回しながら重心を左足に移』すところから同じ動作を繰り返した上で、腰を左に回しながら重心を左足に移し、右足を左足に寄せつつ左掌を前方に向ける」
第十一式は第九式と同じ「単鞭」で、前半の両足の位置(第九式は開かれているのに対して第十一式はそろっている)以外は同じ。
金曜日には、第十二式「高探馬」を教えた上で通しで練習する。
第十二式「高探馬」――
「第十一式『単鞭』の『左に踏み込み左掌を前方に押し出した状態』から入る。右つま先を半歩引き寄せ、重心を右足に移しつつ両掌を上に向けて右手を見る」
「第六式『左右倒巻肱』と同じ要領で右手を頬に寄せてから前に押し出す。その際、左足を浮かせて重心を完全に右足に預けてから、左足つま先を前方に接地させる」
――このような勢いで次々と教えられた形を、ユイナは片っ端から会得していく。
(まあ、この人、やっぱりエリートなんだろうな)
本人はあまり自己主張しないものの、その人となりや地位から、それは容易に想像がつく。その知的好奇心に触れたためか、水が砂にしみこむように、彼女の学習は進捗していく。しかし、このまま二十四式太極拳の練習を進めるには、一つの大きな問題があった。
ユイナは、ここまでの練習に当たって、常の神官服から着替えることはなかった。「高探馬」までは、本人の脚さえ動くなら問題はない。しかしその先に進めるのは要注意だった。
―踊りの動きを文章で説明するのは大変です。
『逃げ恥』の「恋ダンス」とか、踊ると1分半でも、解説動画を見るとすさまじいことになってますよね。
助走をつけて殴られないように太極拳を説明しようとすると…読み返したとき何がなんだか解読できなくなります。
本文は、一応DVDつき解説書を参照してyoutubeの動画も見ながら書いています。わかりにくさは、完全に力不足です…