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31. 太極拳入門

由真ちゃんの中国的健康体操、すなわちアレです。

「え?」

「なにそれ? 由真ちゃん、なんか知ってるの?」

 由真の提案に、島倉美亜と七戸愛香はとたんに食いついてきた。

「たいしたことはないけど、見よう見まねのレベルでよければ、太極拳くらいなら……」

「あれ? この間、太極拳はやってない、って言ってなかった?」

 由真が言いさすと、晴美が問いかけてきた。それで、由真は形意拳を巡る晴美との応接を思い出す。


「健康体操の域を出るには時間がかかるから、武術としてはやってないだけで、健康体操程度としては、一応かじってるよ」

「え? じゃあ、なんでそっちをやらないで、あの形意拳をやってたの?」

「この世界だと、とにかく『武術』が必要かな、って思って。きちんと覚えてるのは形意拳だけだし……それに、太極拳は通すと6分ちょっとかかるから」

 最重要の理由は「きちんと覚えてるのは形意拳だけ」というところにあったが。


「え? なに、あれ6分かかるの?」

「まあ、なんかゆる~りって動いてるから、すぐには終わらないとは思ったけど……」

「『二十四式』っていう制定の形を通してやると、だいたい6分だね。まあ、健康体操の代わりとしては、24の形のうち4つくらいピックアップすれば十分だけど」

「ふうん、そのくらいなら、なんかできそう?」

「太極拳教えてもらえるとか、ちょっと興奮ものかも」

 由真がいうと、島倉美亜と七戸愛香は、二人とも興味がわいた様子だった。

「それじゃ、ごく簡単に説明するよ」


 由真は「ごく簡単に」説明した。

 教えるのは、二十四式のうち、第一式、第二式、第三式、第二十三式。


 第一式「起勢」――「直立してから両足を肩幅に開いて、両腕をまっすぐ伸ばしてから両手を腰のところに落ち着ける」。

 第二式「左右野馬分鬃」――「最初は右腕を上・左腕を下において両腕でボールの形を作り、左足を左斜め前に踏み出しながら両腕を回して左腕を上げ右腕を下げて、体重を後ろに戻してから前に踏み出す。続けて左右逆、さらに左右を逆にして元の動作を繰り返す」。

 第三式「白鶴亮翅」――「左手上・右手下から右足を左足に寄せて、重心を右足に移しつつ右手を上げ左手を下げて交差させて左手を払い下ろす」。

 第二十三式「十字手」――「両手を開いて右に半回転して、両手を下げてから交差させて上げる」。


 ――心得のある人に言ったら助走をつけて殴り飛ばされそうな「説明」ではあったものの、明らかに運動が苦手な二人に「飽きずに」「見よう見まねで」やらせてみるため、正確性など完全にかなぐり捨てた。

 由真自身は、「起勢」のスタートの「直立」だけで1週間、続く「両足を肩幅に開いて」の両足間体重移動だけで1週間、「両腕を(中略)落ち着ける」の姿勢変化は2週間にわたって仕込まれたものの、同じことができるはずもない。

 その乱雑きわまりない説明に、その場にいた晴美とユイナも耳を傾け、やはりまねをしていた。ユイナはともかく晴美に妙な癖をつけさせてはいけないと思い直して、由真は多少丁寧な補足を加えることにした。


 口先の説明はともかく、手本を見せるに際しては、由真は当然手抜きをしなかった。晴美やユイナはもとより、本来の指導対象たる島倉美亜と七戸愛香も、実際の動きの柔軟さと慎重さは十分認識できたようだった。

 そもそも、それ相応に「意図通りの動作」をしない限り、「二十四式の動作」は「健康体操」にすらならない。


「『起勢』の終わりで膝の力は抜くものの崩れたりはしない。背筋と腰は鉛直を保つ」


「『野馬分鬃』で『ボールを抱くように輪を描いて』といっても肘を無造作に折り曲げてはならず、逆に不用意に開いてもいけない。掌の向きは腕の動きと密接に関わるので決しておろそかにしてはならない」

「『野馬分鬃』の『左足を左斜め前に踏み出』す動きは、腰を左に回す動きを伴い、右足からかかと一つ分は左側まで開いて、踏み出す際は、まずかかとを接地させ、それからつま先まで踏みながら体重を徐々に移す」

「『左腕を上げ右腕を下げ』る際には目線は左手におく。目線と身体の線の関係は太極拳の要諦の一つなのでくれぐれも注意する」

「『体重を後ろに戻してから前に踏み出す』ときは、前足はかかとを残しながら後足に重心をおき、転じて前足を踏みながら重心を移す。その際、上体は変化させない」


「『白鶴亮翅』で『右足を左足に寄せ』る際は半歩近づけるに止める」

「『重心を右足に移』す際には併せて腰を右に回す」

「『右手を上げ』る際には腰を回し始めるより前に額付近まで上げておく。以降右手は動かさない」

「『左手を下げて交差させる』際には脇を締めすぎない。『左手を払い下ろす』動きは進行方向への腰の回転を伴う」


「『十字手』の『右に半回転』のうち、前半90度程度までは右足と左かかとで体重をさせつつ腰を回し、両手は動かさない。後半は左つま先を内側=正面に向け、右つま先を外に向けつつ右肘を右膝の上まで運ぶ」

「『両手を下げ』る際に、重心を左足におき右つま先は正面に戻してから左足側に寄せていく」

「『両手を交差させて上げる』ところでは両足は肩幅=『起勢』と同じ状態とする」


 ――という程度のところまでは、小一時間の練習を通じて一応の「理解」を得るに至った。実践できるか否かはさておき。


「これ、すごく難しい全身運動ね」

 補足説明を受けた晴美は、そう言って笑った。

「この体操、今までの異世界召喚でも伝わってませんでしたよ! 『ニホン』って、ほんとにすごいですね!」

「……これは日本の体操じゃなくて中国の武術ですけどね」

 ユイナの言葉に、由真は苦笑交じりで応える。彼女たちにとっては、由真たちの「地球」そのものが「ニホン」なのかもしれないが、中国武術を「ニホン」云々と言われてはさすがに申し訳が立たなかった。

ガンジーの代わりに助走をつけて殴るのは誰でしょう…

李書文先生だったら即死ですね…

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