29. 第2回レベル判定
中間報告になります。
その日の午後は、魔法組も武芸組も「自習」とされた。毎日の練習で疲労が蓄積しているクラスメイトたちは、ほとんどが居住区画に戻った。由真は、晴美と仙道の二人とともに、いつも通りの「自主練」に取り組む。
翌日、召喚されてから2週間ぶりのステータス判定が始められた。前回と同じ判定器具で、立ち会うのもユイナだった。
「ハルミ・リデラ・フィン・アイザワ殿、お願いします」
その呼びかけの丁重さが、前回との決定的な違いだった。
「ハルミ・リデラ・フィン・アイザワ殿、レベル72、クラス『聖女騎士』レベル26です」
今回は、すでに判明しているギフトではなく、クラスのレベルが読み上げられた。当初「レベル64・『聖女騎士』レベル21」だった晴美は、基礎レベルで8、クラスレベルでも5上昇させたことになる。
「シュウスケ・アオキさん、どうぞ」
――前回Cクラスだった青木修介の順になるや、ユイナの呼び声もとたんにぞんざいになる。ふと見ると、その背後にはモールソ神官とグリピノ神官もいる。昨日の応接はさておき、今日は彼らに対して下手に出ているということだろう。
その青木修介は、「レベル7・クラス『衛兵』レベル2」という結果だった。以後、出席番号順に判定が続く。
上位陣は、桂木和葉が「レベル34・クラス『遊撃戦士』レベル27」、嵯峨恵令奈が「レベル31・クラス『魔法導師』レベル25」、仙道衛が「レベル35・クラス『守護騎士』レベル27、ただし守護対象未定」だった。
「マサシ・リデロ・フィン・ヒラタ殿、レベル48、クラス『勇者』レベル17です」
――ユイナの声は、淡々としていた。背後のモールソ神官とグリピノ神官は、由真の目にもわかるほどに失望の色をあらわにしている。
「あら、『勇者様』、レベル6しか上がってないのね」
晴美は、傍らの由真に言う。その美貌には冷笑が浮かんでいた。「ラ」をかき集める術式が施されていたにしては、その成長は緩いと言わざるを得ない。由真もさすがにそう思う。
「ツヨシ・モウリ殿、レベル25、クラス『拳帝』レベル17です」
昨日由真を「落とした」毛利は、レベルが「3」しか上昇していなかった。
「あれは『手加減を強いられていた』のかもね。本人の実力が及んでいなかったせいで」
晴美の態度は、平田に対するそれよりさらに冷淡だった。
「セイナ・ワタライ殿、レベル26、クラス『賢者』レベル13です」
――クラスメイトたちの多くは、それに目立つ反応を示さなかった。他方、モールソ神官とグリピノ神官の顔に浮かぶ当惑の色は、遠目にもわかる。
(レベルが「1」しか上がってない)
Cクラスの一部を除けば他にない水準の「停滞」。由真はさすがにそのことに気づいた。とはいえ、今の由真は、「聖奈の幼馴染み」としてではなく、「晴美の従者」として生存を得ている以上、表だって深く追求するつもりにはなれなかった。
「以上、召還者39人のステータス判定、これで終了しました」
ユイナの声が響く。見ると、彼女ははっきりと由真に目を向け、眉をひそめて軽く頭を下げていた。
「ユイナさん、今日はあっちに譲ってるのね」
「たぶん、昨日の午後に幹部会の類があったんだと思う」
晴美のつぶやきに、由真はそっと答える。「自習」とされた時間。今後の「初期教育」のあり方について「議論」と「意思決定」がなされ、アルヴィノ王子とドルカオ司教の意を受けたモールソ神官が主導権を保つ方向が決まったのだろう。
彼らの言う「召還者39人」の枠から外されている由真のステータス判定は行われることなく、この場は解散となった。
常より早く自室に戻って、晴美と由真は手持ちぶさたになる――かと思ったそのとき。居室の椅子に晴美が腰掛けた瞬間、由真は、自らと晴美に向かう「ラ」と「マ」の流れをはっきり感じた。
「あれ? なにこれ?」
晴美も気づいた様子を見せる。今週に入って魔導書に手を出した晴美は、魔法解析も身につけていた。
「なんだこれ……『ア』の線の上に、『マ』を流す線と『ラ』を流す線? 基本線は……これはユイナさん? けど、それに乗ってるのは……これはモールソ神官か。……あえて術者を分けて、効果を強めたつもりか。けど、これはこれで好都合だ。……モールソ神官の奴だけを……」
由真は、その「術式」をさらに詳しく解析し、「対抗策」を考えてすぐに実行した。
今回は、術式の「線」が二段階になっていた。基本となる「線」は「ラ」と「マ」を安定して流すためのもの、その「上」のレイヤーに、以前のような「洗脳」と「『ラ』の収奪と再分配」を可能とする「別の線」が張られている。
前者はユイナが、後者はモールソ神官がそれぞれ展開したもの――ということも、線をたどればすぐにわかった。
由真は、自らと晴美に向けられたこの「線」のうち、ユイナによる「下位レイヤー」のものは残して、モールソ神官の「悪意」に満ちた「上位レイヤー」の方にだけ対処した。
ただし、単純に無効化すると相手に感づかれる恐れがあるため、「順調に機能している」という認識が「マ」として伝わるように偽装する術を追加している。
由真は、そのことを晴美に説明する。
「なりふり構わず、ってとこね」
心底あきれ果てた、という表情で晴美がため息をついたちょうどそのとき、来訪者の到来を告げるベルが鳴る。その相手は、他ならぬユイナだった。
「ユマさん、相変わらず対応が速いですね。それに、やり方も巧妙になって……」
入室してきたユイナは、由真に向かって苦笑しつつ言う。
「ユイナさん、由真ちゃんからだいたいは聞いたんだけど……」
晴美に問われて、ユイナは、由真が推測したとおりの術が先ほど施されたこと、由真が即座に対抗策を打ったことに自らは気づいているものの、モールソ神官は気づいていないと予想されることを説明した。
「昨日の午後の幹部会では、勇者様が伸び悩んでいること、それにハルミさんが力をつけすぎていることが、『問題』になったんです」
神殿全体(ユイナを含むかどうかはさておき)の意向に反して、「勇者」平田はレベルが「6」しか上昇しなかったのに対して、「まつろわぬ者」である「聖女騎士」晴美は「レベル64」という水準からさらに「8」もレベルを上げている。
それは、神殿幹部連にとっては「問題」であろう。
「ハルミさんの『レベル72』は、大陸全体で見ても、ここ百年で、ハルミさんで4人目の水準なんです」
「ちなみに、普通の最大値はどのくらい?」
「今現在の王国最高は、ナイルノ神祇長官台下で、レベル51です」
「それなら、『勇者様』の『レベル48』って、かなりの水準ですよね?」
由真が口を挟むと、ユイナは一瞬目を背けた。
「まあ、ハルミさんの『レベル72』の前には、全部かすみますから。……あと、ワタライさんとモウリさん、特にワタライさんの停滞も、かなりの問題になってまして……」
「そういえば、彼女、レベル『1』しか上がってなかったわね。待遇は、悪くないんでしょう?」
「それはもちろん。お二人とも、Aクラスとして、専用個室に従者がついて、毎日お肉が食べられる生活です。ただ、センドウさんとカツラギさんが『8』、サガさんも『7』上がっていますから……」
他の「同格の者」が順調に成長しているが故に、「停滞」云々が問題になるのだろう。レベルが「0」のままのはずの由真には無縁の「贅沢な悩み」だった。
「今日のステータス判定でその辺りが明らかになったので、あの、センドウさん、カツラギさん、サガさんの『ラ』をワタライさんとモウリさんに集中的に振り直して、他の皆さんの『ラ』も、勇者様とこのお二人に集中させるということで、あの、そういう術式を展開したんです」
「ひどいえこひいきね。こっちは、こんなものまではめさせられてるのに」
そういって、晴美は左腕の腕輪を示す。「氷系統魔法を封じる腕輪」。晴美の能力は、このような道具まで使って抑圧されている。その傍らで、「できの悪い子たち」には強力なてこ入れがなされる、というのでは――
「あ、それ、もう無難に解呪できるけど?」
その腕輪を見て、由真は晴美に進言する。
これを「単純に」解呪するだけであれば、先週の段階ですでに対応できた。
しかし、それでは神殿側もすぐに気づいてしまう。それに対応するには、「術は未だに効いている」と「誤認させ続ける」術式を併用する必要がある。そのために、由真は「持続的な認識操作」の術式を研究していた。
その一つの成果が、つい先ほど施した「モールソ神官の術式に対する『対抗策』」だった。
由真は、そのことを説明した上で、「持続的な認識操作」付きの解呪を行った。
「ユマさん、もう何でもありですね」
そういって苦笑するユイナに、晴美も由真も苦笑を返すしかなかった。
ユマさん、もう何でもありですね。
――少なくとも魔法に関しては。