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298. 翌朝、出陣を前に

主人公たちの動向に戻ります。

 リスタとコスモがナギナ支部のバソに乗って明朝9時に中央駅宿舎に迎えに来る、ということまで決めて、由真たちとラルドたちは解散した。


 宿舎に戻ると、メリキナ女史が受付窓口に向かう。程なく、彼女は封書を持って由真たちのところに戻ってきた。


「尚書府より、大至急の雷信がありました」

 そう言って、メリキナ女史は封筒から取り出した紙を由真に見せる。


 その紙は、冒頭に「大至急 晩夏の月12日22:27受信」と記されていた。内容は、ナギナ支部から送信された3通の魔物速報はエルヴィノ王子の目にも入り、王子は「関係諸官」に対して指示を行ったのでこれを通知する、というものだった。


 由真とユイナと冒険者たちに対しては、「功績を大いに称える」とした上で、「まずは十分休息を取り、一致協力してイドニの砦に対する抜本対策の完遂に当たること」と続けている。

 他方で、北シナニア県知事に対して「コーシア伯爵を初めとする冒険者及び神官の活動を最大限支援すること」と指示している。

 さらに、関係各省に対しても、「内政の健全性回復に向けて」「調査その他の措置を講じること」としている。


「これ……アトリアは、夜中の11時半、ですよね」

 由真の言葉に、メリキナ女史は、ええ、と頷く。

「殿下が、そんな時間まで……」

「少なくとも、あの魔物速報の第一報が入ったら、冒険者局は、夜通し警戒に入るはずです」

 メリキナ女史は淡々と言う。当然、民政省の官吏である彼女も、「夜通し警戒に入る」覚悟はあるということだろう。


「これで、エストロ知事は殿下から閣下がたを支援すべき旨の明示的な職務命令を受けたことになります。それに従わなければ、殿下の権限において処分を下すことも可能です。少なくとも、エストロ知事が明後日アトリアに入るまでは、それを覆すことはできないかと」

「え? これ……職務命令に、なるんですか? ここ、シナニアですよね?」

 メリキナ女史の言葉に、ふと心に浮かんだ疑問を由真はそのまま口にしていた。


 カンシアが知事を指名し、これだけアスマ公爵をないがしろにしている北シナニア県が、アスマ公爵の命令を受ける立場にあるはずが――


「はい。ここは旧アスマ総州の旧シナニア辺境州です。先代アスマ大公の頃と同様に、当代もアスマ公爵の指揮監督権が及ぶ範囲です」

 当然といった口調でメリキナ女史は答える。

 実際に、それが「当然」の「常識」で、それに従わないエストロ知事の態度は――不見識の極みというよりないのだろう。


「ともかく、後方の雑務は、私が処理いたしますので、閣下がたには、このご指示のとおり、今夜は十分休息をお取りください」

 メリキナ女史は、雷信に記されたエルヴィノ王子の言葉をもって続ける。


 確かに、まだ右も左もわかっていない由真たちが気を揉むよりは、民政省のエリートであるメリキナ女史に任せるべきだろう。

 それに、明日からイドニの砦に挑む以上、何より重要なことは「今夜の休息」だった。



 部屋に戻り、光系統魔法で体の汚れを最低限洗い落として、着替えて床についたら――目が覚めたのが朝6時半だった。

 さすがに疲労が蓄積していたらしい。


 由真は、形意拳の五行拳を一通り行うと、夏用セーラー服に着替えて出発の用意をする。

 今日から始める「現地調査」は、泊まりがけのつもりもない。敵に遭遇してしまった場合に備えて、棍棒と弓矢を用意する程度でよい。


 全員が7時半に由真の部屋の応接室に集まって朝食を取る。この日も、昨日と同じ豚肉のシナニアうどんを注文した。


「閣下、ナスティアより、未明にこちらが送信されて参りました」

 従業員が退出した直後、メリキナ女史がそう言って封筒から由真に紙を差し出した。



至急

晩夏の月13日2:57受信


ナギナ中央駅宿舎気付

コーシア伯爵ユマ閣下


 陛下より、 別添の アスマ公爵殿下宛勅書を至急伝達するよう仰せつけられましたので、謹んで送信いたします。


大陸暦120年晩夏の月12日

 ナスティア市副市長 サリモ・ラミリオ


(別添)

アスマ公爵ノーディア王子エルヴィノ殿へ


 空前の規模を以てナギナに襲来せる魔族魔物をコーシア伯及其盟友連がナギナ五人衆と倶に撃退しける旨は予も聴きたり。

 コーシア伯以下の勲功を予は深く嘉賞す。

 更にイドニの砦を確実に攻略し以て後顧の憂を断つべく関係諸官を統率して一層尽力すべし。

 尚王国軍官衙部隊にして予が名代たるコーシア伯以下の活動を妨げむとする者に対し魔法を以て之を制するは予の本意に適ふ所にして苟も王国官吏たる者は当然に如此措置を断行し以てアスマの安寧を保持すべし。


大陸暦120年晩夏の月12日

御名親署


同日

 臣侍従兼王都理事官兼王都ウェネリア県ナスティア市副市長 サリモ・ラミリオ 奉る



 ――昨夜の魔物の件が国王の下にまで報告され、そしてエルヴィノ王子に宛てた勅書も発出されていた。


「……2時57分?」

 背後の晴美の声で、由真は我に返った。


「あ、それは、カンシア時間だから、あっちだと……午後11時少し前だよ」

 由真はとっさに答える。シナニア時間とカンシア時間の時差は4時間になる。


「これは……『王国軍に魔法を使っていい』という、そういうご趣旨、なんでしょうか?」

「最終段落に、あえてこのように記されている以上、主眼はその点にあるものと思われます」

 由真の問いに、メリキナ女史は淡々と答える。


 一昨日の「上意通知」によって「禁制」とされた「魔法の使用」。

 それにあえて言及した「最終段落」こそが、この勅書の最大の要点ということだろう。



 シナニアうどんで腹ごしらえを済ませた由真たちは、いったん部屋に戻って荷物を整えて、8時50分にロビーに集まった。

 晴美・衛・和葉は、いずれも夏服に革鎧で、衛と和葉は剣を佩びている。衛は盾を、晴美は槍を持っている。

 ユイナは常の黒い神官服に錫杖、ウィンタもワンピース型の服に杖という姿だった。


 後は、リスタとコスモが迎えに来るのを待つばかり――


「神妙にせよ!」

「あんたら、あたしたちを捕まえるつもり?!」


 ――そこへ階下から響いてきた、男性と女性の声。後者は、昨日何度も聞いたリスタのそれだった。


「黙れ国賊め! 抵抗すれば、ただでは済まんぞ!」

 続いて聞こえたその声に、由真は階段に駆け出す。その後ろには――最も階段よりにいたメリキナ女史がついてきた。


 1階に降りると、革鎧を身につけた男たちが剣を抜き、杖を構えた若い男女の周りを取り囲んでいた。

 その男女はリスタとコスモ。2人を囲む革鎧の男たちの数は、29人に及んでいる。7人1班が4班に指揮官1名だろう。


 その空間――150万都市のターミナル駅のコンコースにいた大勢の通行人は、異様な状況を前に悲鳴を上げて逃げ惑っている。


「何の騒ぎですか?!」

 由真は、騒ぎを制圧するため、あえて大声で問いかける。


「貴様……主犯の村娘が、のこのこと現れたか」

 革鎧の男の1人が、そんな言葉を返してきた。それは――警察の任に当たる者の台詞ではなかった。


「今すぐ退散してください。さもないと……」

 そう言いつつ、由真は掌をかざす。「王国軍に対する魔法の使用」は、すでに勅書によって公認されている。昨日のような遠慮など――


「閣下。ここは私にお任せください」

 そんな言葉とともに、メリキナ女史が由真の後ろから進み出てきた。


「え? メリキナさん?」

「閣下はこれよりイドニに向かわれる大事な身。このようなところで気力を無駄遣いされてはいけません」

 メリキナ女史は、そのまま由真の前に立ち、右足を軽く前に踏み出す。


「貴様、村娘の下女(げじょ)か。丸腰の女ふぜいが……3班・4班! あの下女から捕らえよ!」

 男の言葉に、敵の半数14人が駆け出して――


「……【光の盾】!」

 その声は――ユイナのそれではなかった。


 軽く右手をかざしたメリキナ女史がそう口にすると、14人の面前に一斉に「光の盾」が現れる。

 直後、その物理障壁に全員が勢いよく激突し、その場に崩れ落ちた。


「……きっ、貴様っ!」

「ふざけるなっ!」

 そんな叫びとともに、残り15人が一斉に動き出す。


「【光の刃】!」

 メリキナ女史が手をかざしたまま宣言すると、今度は光系統の「ラ」が刃となって敵に襲いかかる。

 14人は、肩や脚などを貫かれてたちまちうずくまる。残ったのは、最初に由真たちに応じた、指揮官らしき男だけだった。


(あれは……強めのアマリトか)

 28人の隊員よりレベルの高いアマリトによって、メリキナ女史の魔法攻撃を防いだ――ということは、魔法解析ですぐにわかった。


「貴様! 下女の分際で、ふざけるな!」

 その男は、叫びつつ剣を大上段に構え、メリキナ女史に向かって踏み込んで――


「【脱力】」

 そちらに手をかざしたメリキナ女史が宣言する。


「がっ……ぐっ……」

 うめき声とともに、男の動きは止まる。その手から剣が落ち、そして本人も膝から崩れ落ちた。


「……あの……メリキナさん? 今のは……」


 闇系統魔法により、男の心身の「ラ」を一気に弱め、立つことすらできない状態に至らせた――ということは、魔法解析でわかる。

 ただ、このエリート書記官が、この場でこんな「技」を使ったのは――


「私も、冒険者ギルドの末席を汚す者として、最低限度の技は心得てございます」

 メリキナ女史は、直立の体制に戻ると淡々と答える。


「最低限度……ですか……」

「はい。光系統魔法と闇系統魔法は、一応レベル6まで鍛えてあります」

 淡々と答えたその「レベル」は、ベルシア神殿で召喚者たちの指導を主導していたモールソ神官のそれと同じだった。


(それ……アスマがすごすぎるのか、カンシアがダメすぎるのか、どっちなんだろ……)


「由真ちゃん、大丈夫……って、これ……」

「うわ、由真ちゃん、なんか、すごい地獄絵図だね……」

 続けて降りてきた晴美と和葉が、呆然とした面持ちになっていた。


「魔法が使用できるなら、私も憲兵隊ごときに人質に取られるようなことはございません。後顧の憂いなく、イドニの砦の攻略を、よろしくお願いいたします」

 そう言って、メリキナ女史は一礼する。由真は、「わかりました」と応えるしかなかった。

殿下の危機管理に、陛下も素早くご対応されました。

その結果……魔法が解禁されると、この受付嬢さんも実は強かったりします。

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