296. 明日の方針
夜の戦いが終わって、一行は元いた右岸に戻ります。
アスニア川左岸を襲った魔族・魔物のうち、撤退した紅虎以外をすべて掃討した由真たちは、県道アスニア橋を渡って右岸に戻る。
川の水かさは、来たときよりも若干上がっていた、南西のシクラ川戦線が収束して、コスモがそちらのに消火の放水を行ったのだろう。
「あ、皆さんお疲れ様でした」
右岸に戻ってバソから降りた由真たちを、ユイナがそんな言葉で迎える。
「シクラ川とクルティア川も終わりましたので、ひとまず、こちらを整理いたしました」
そういって、メリキナ女史が3枚の紙を差し出した。
魔物速報(襲撃)
大陸暦120年晩夏の月12日
ナギナ支部発信
1 時点
大陸暦120年晩夏の月12日21:00頃
2 場所
ナギナ市西町 アスニア川周辺地域
3 個体概数
魔族 発見数46 討伐済46 交戦中0 逃走0
タイタン 発見数452 討伐済452 交戦中0 逃走0
オーガ 発見数4253 討伐済4253 交戦中0 逃走0
ゴブリン 発見数44058 討伐済44058 交戦中0 逃走0
その他 発見数1 討伐済0 交戦中0 逃走1
4 その他
上記の「その他」は、紅虎様 本体とみられる。
魔物速報(襲撃)
大陸暦120年晩夏の月12日
ナギナ支部発信
1 時点
大陸暦120年晩夏の月12日21:00頃
2 場所
ナギナ市旧町 シクラ川周辺地域
3 個体概数
魔族 発見数21 討伐済21 交戦中0 逃走0
タイタン 発見数215 討伐済215 交戦中0 逃走0
オーガ 発見数2208 討伐済2208 交戦中0 逃走0
ゴブリン 発見数21073 討伐済21073 交戦中0 逃走0
4 その他
魔物速報(襲撃)
大陸暦120年晩夏の月12日
ナギナ支部発信
1 時点
大陸暦120年晩夏の月12日21:00頃
2 場所
ナギナ市クルティア町 クルティア川周辺地域
3 個体概数
魔族 発見数11 討伐済11 交戦中0 逃走0
タイタン 発見数106 討伐済106 交戦中0 逃走0
オーガ 発見数1067 討伐済1067 交戦中0 逃走0
ゴブリン 発見数11038 討伐済11038 交戦中0 逃走0
4 その他
最初は「あり得ない数字」と思われた敵が、悉く「討伐済」となっていた。
西町に関しては自分たちが手を下したものの、その結果がにわかには現実のものと思われない。
「差し支えなければ、こちらを雷信いたします。こちらは、魔物速報ですので、北シナニアギルド本部の統制とは無関係に、民政省本省にも送信されます」
メリキナ女史が続けた言葉で、由真は我に返った。
「わかりました。よろしくお願いします」
メリキナ女史にはそう応える。何よりも、情報の伝達が最優先だった。
「って、こちらだと、普段は、雷信とかは、本部に統制されてるんでしょうか」
由真は、往復をともにしたラルドに問いかける。
「はい。ナギナ支部の場合、魔物速報以外の雷信は、すべて本部で止められて、いったん検閲されます。特に問題がないと判断されたものだけが、本部から改めて送信されますし、逆もしかりです。クシルノ支部長が裏ルートで入手したもの以外は、基本的に流れてきませんので……」
苦々しいという感情をあらわに、ラルドは答える。
「コモディア支部は、裏でコーシアギルドにも雷信網を引いてますし、ノクティノ支部も、コモディア支部につながってますから……」
ユイナがそう言ってため息をつく。
河竜対策の最終局面で、ノクティノ支部を介して雷信を交わすことができたのは、そういう裏事情があったからということだろう。
「そうなると、この情報は、エストロ知事とかアスマ軍とかには、どうなるんでしょうね」
「本部にいる検閲係がこれを受信して、エンドロ男爵に報告が上がることになると思います。普段なら、エンドロ男爵がエストロ知事に報告して、必要があれば知事からシナニア師団なり総司令部なりに連絡が行きますが、今回どうなるかは……」
由真の問いに、ラルドがそう答える。
確かに、この「非常時」――エストロ知事やイタピラ総司令官が大上段に叫ぶ「概念」とは異なる、現実の「非常事態」に面して、彼らの「危機管理能力」がいかに発揮されるかは、現地のラルドにも予想できないのかもしれない。
「それなら、明日以降の方針をここで決めた上で、今夜は僕たちは本拠地に戻って休息するのが最善手ですかね」
エストロ知事やエンドロ男爵は、拙速に妄動することはあっても、迅速に対処することはないだろう。ならば、最低限のことだけ決めて、後は休息に充てた方がよい。
「はい。それで、明日以降は……」
「そうですね。敵の大軍を一気に葬ることができた訳ですし、敵が勢力を盛り返す前に、イドニの砦を攻略した方がいい、とは思います。そちらの方は、戦士職もいる僕たちが中心になるつもりです」
ラルドに問われて、由真はそう答える。
「それは……明日、攻略する、という……」
「いえ、それはさすがに……紅虎は、ああ言ってましたけど、とりあえず、まずは調査からだと思います。あちらは、16年前に敵の手に落ちてから、ろくに状況もわからなかった訳ですし、実際、都合8万もの大軍が動員できた、とわかったのも、今日初めてですから」
ナギナ支部が想定していた「百の巨人族、千の大鬼、万の小鬼」。
敵は、その約7.5倍もの勢力をもって進軍してきた。つまり、ナギナにおいてすら、イドニの砦周辺の魔物生息の状況が極端に過小評価されていた。
それほどまでに情報が不足していたということだった。
イドニの砦そのものの現状も、現時点では未知数といえる。
敵が「地の大魔将」だということを考えると、陥落前に関する情報は、地形すらも当てにならないおそれがある。
「……もっとも、敵の魔王四天王、地の大魔将ダクト・オリステロ・フィン・ガロが、紅虎を連れて僕たちを迎え撃つ可能性もありますから、攻略できるだけの体制で臨む必要はある、とも思いますけど……」
それもまた、否定できない。
相手の立場からすれば、情報を持たず地の利がない敵が「調査に来る」という状況は、「鴨が葱を背負ってくる」も同然といえる。
そこで最大限の戦力を投入して一気にたたく。それも十分有効な戦術だろう。
「そうしますと、我々も、加わった方がよろしい、ということでしょうか」
ラルドはそう問いかけてきた。
拠点攻略戦は、魔法導師には向かないと言われているものの、由真たちが攻略に当たるというのを前にして、彼らもそれを傍観している訳にもいかないのかもしれない。
「それは……アスマ軍に背後から来られる可能性もあるので、シナニア師団と増援部隊、合計13000人を相手取ることができる魔法戦力は、ナギナ市内……市街地の方に残しておいていただけると助かります」
由真はそう答える。
前門の魔物どもは今し方片付けた。しかし、イドニの砦に最終攻略を図っているところで、アスマ軍に後背から挟撃されては、壊滅の危険性が極めて高くなってしまう。どうしても「後方の安全」は確保する必要がある。
「それなら、うちの若いの2人、リスタとコスモをお預けします。ナギナは、俺たち3人で守る、ってことで、どうでしょうか?」
そう提案してきたのはグニコだった。
「って、グニコさん?! 急に何言ってんすか?!」
その隣で、他ならぬリスタが慌てる。
「ん? リスタ、お前、まさか怖じ気づいたか?」
兄弟子だというグニコは、からかうような目を向けてリスタに問い返す。
「いや、それは……そういう訳じゃないっすけど、あたしとか、ユマ様がたのおともって、足引っ張ったりとか……」
「それなら……足引っ張ったりしねぇように頑張るんだな」
グニコにそう言われて、リスタは「わかったっすよ」といって深くため息をつく。
「コスモは、大丈夫か?」
フルゴが問いかけると、コスモは無言で頷く。
「そうしたら、明日は、僕たちとリスタさんにコスモさんイドニの砦の探索に入って、ラルドさん、グニコさん、フルゴさんは、市街地の警戒、特にシナニア師団対応の方をお願いする、ということで、大丈夫でしょうか」
確認のため由真が問いかけると、その場の全員が頷いた。
開戦時点で午後9時、すでに夜中近くになっています。
砦に向かう面々を決めて、行動は翌日からとなります。




