295. 左岸の掃討戦
対岸に渡って、掃討戦に入ります。
左岸側の段丘面に到着して、一行はバソから降りる。
由真の「地の浄化」とラルドの「破邪の嵐」により、周囲には魔族も魔物も残っていない。
しかし、索敵魔法を展開すると、700メートルから800メートルほど先に、魔族どもの気配を感知することができた。
魔族は、正面に5体、下流方面に4体、上流方面に3体が群れをなしている。
タイタンも、その3つの群れの周りに集まっていた。その数は、正面が21体、下流側が14体、上流側が12体。
オーガとゴブリンも、その周囲に群がりつつあった。
そして最大の敵である紅虎は、正面1キロ強先にいた。
「紅虎は僕が攻撃する。晴美さんは、正面の連中を例の術で殲滅してもらえるかな。あと、右翼と左翼にも群れがいるので、そちらは……」
「自分とフルゴが、雷撃でたたきます」
由真の言葉に、ラルドがすかさず答えてくれた。
「任せて」
晴美も、そう言って槍を構える。
「それじゃ、始めましょう。……【三連最大空雷】!」
「『風よ吹け! 闇の氷を伴いて魔の者どもを討て!』」
由真が紅虎に向けて「三連最大空雷」を放つと同時に、晴美が詠唱を始める。
「「『十重の雷十重連ね群がる賊を灰燼に』」」
下流に向かうラルドと上流に向かうフルゴの呪文が重なった。
「【殲滅の吹雪】!」
「【清めの百雷】!」
同時に発動された術。闇系統の「ラ」をまとった氷が正面の群れを貫き、下流と上流の群れは多数の雷による絨毯爆撃を受ける。
そこへ正面の敵、紅虎が反応して――
「ウガアアアッ!」
「【闇の矢】!」
咆吼する敵に、由真は闇系統魔法の矢を連射する。敵の動きはそれで止まり、晴美の術が奏功して正面はほぼ壊滅した。
左翼・右翼も、ラルドとフルゴの術により、やはり壊滅状態になる。
そこへ、紅虎が正面から由真たちに向かって突進してきた。
その走りは、先日の「神使」よりさらに速い。
「【力の防壁】!」
それを止めるべく、由真は術を発動する。
物理による直接の防壁ではなく、接近する物体の運動、火炎の延焼、強大な電流などを無系統魔法で消し去る術。
それによって、紅虎はあたかも壁にぶつかったように止まった。
「ウグアッ! ガアアアッ!」
咆吼とともに、敵は強力な火炎を吐き出そうとする。
「【反射】!」
由真は、詠唱して対抗術式を繰り出す。敵が吐き出した炎は、そのまま跳ね返って敵自身に襲いかかる。敵はたちまちに火だるまになった。
「ユマちゃん?! 今の、もしかして反射術式?!」
声を上げたのはウィンタだった。さすがに「魔法学博士」だけあって、術式の解析には一日の長がある。
「はい。なので、紅虎が次に仕掛けてきたら、『光の風』で火をあおってください」
「わかったわ。……『衆生を活かす光の風、集いて我に与すべし』。【光の風】!」
由真の言葉に、ウィンタは頷くと、すぐに「光の風」――高濃度の酸素を空中に出現させた。
「グルウッ……ウグアアアッ!」
紅虎は、焼けただれた状態から咆吼して、「ダ」を高めて身体の損傷をすぐ修復した。
「ウガアアアッ!!」
さらに強い咆吼。そして、一段と激しい火炎が吐き出される。
「【反射】!」
「【光の風弾十連・収束】!」
由真の反射術式とウィンタの「光の風弾」が同時に放たれる。
先ほどと同様に跳ね返された火炎は、ウィンタの術による酸素と相まって、紅虎の身体をより激しく焦がしていく。
「これ……あとどのくらいやればいいのかしらね……」
紅虎の「神使」と前回戦ったウィンタは、杖を構えて警戒しつつつぶやく。
「ここは、とりあえず追い返せばいい、って考えた方がいいと思います」
由真も棍棒を構えたままそう応える。敵の「底」が見えないうちは、功を焦るべきではない。
「……ウグアアアッ!」
またしても咆吼して、紅虎は「ダ」を高めて身体を元に戻した。
しかし、それは――
「……『汝の生を滅ぼさん』!」
一切の予備動作なく、由真は自らの「ヴァ」を高めて、紅虎に向かって詠唱する。
次の瞬間、紅虎の身体は地に崩れ落ちた。
「え?」
「うそ?」
「紅虎が、一発で?」
ウィンタ、和葉、晴美の声が上がる。
「いえ。殺したのは、紅虎の一番弱い形態だけです」
由真がそう応えるのと同時に、紅虎の背中からまばゆい光が放たれて、そして一回り大きな紅い虎が立ち上がった。
「冒険者ユマ・フィン・コーシア。人間の分際で、我の第一形態を殺すとは、大したものだな。さすがはS級冒険者……と褒めてやろう」
四つ足で立つ紅い虎は、明瞭な言葉を発した。
「我の兵力は殲滅された。我自身も少なからず損害を受けた。今夜のところは、これで引き下がってやる。だが……この借りは、明日きっちり返してやる」
そう言うと、紅い虎は素早く身を翻して走り出す。
「なっ、逃げる気?!」
「くっ、おのれっ!」
晴美とラルドが叫び、術を仕掛けにかかる。
「いえ、今夜は、おとなしく逃がしましょう。ここで無理をして、明日以降に障ったらまずいですから」
そう言って、由真は二人を止める。
「一応念のため……『我らの周りの魔の物を滅さん』」
ガルディア堰堤のときと同様に、広範囲の即死魔法を使い、周囲の残党を悉く掃討する。
「これで、敵は『その他1』を除いて全滅です。今日は、もう戻りましょう」
由真のその言葉に、異を唱える者はいなかった。
最強の敵は撤退したので深追いせず、残りはすべて討伐して、今夜の掃討戦は終了です。
ちなみに、「reflexio」は「reflection」(リフレクション)の語源となったラテン語です。




