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294. 前後の「敵」と戦うこと

右岸(東側=市街地側)から左岸(対岸=敵陣側)に渡る途中……

 魔族78体、タイタン773体、オーガ7528体、ゴブリン76169体による総攻撃。

 アスニア川右岸からの迎撃によって、オーガとゴブリンの「雑兵」は、ほぼ壊滅に至った。


 他方で、魔族とタイタン、そして何より敵を率いる紅虎は、未だ残存している。

 その敵を掃討するため、由真、晴美、ウィンタにラルド、フルゴ、さらに「前衛」として衛と和葉も左岸に渡ることになった。

 グニコ、リスタ、コスモ、それにユイナは、留守部隊として右岸に残る。


 一行を乗せたナギナ支部のバソは、いったん高水敷に降りて、潜水橋の「県道アスニア橋」を渡る。


「由真ちゃん、さっきのあの術は……」

 バソの中で、晴美が問いかけてきた。


「あれは、地系統魔法の術式だよ。特定の属性を持つ個体を霊的要素から掌握して、その相手だけを選択して、肉体を石化して砂塵化して土に返す、っていう感じだね」

 隠し立てすることでもないので、由真は素直にそう答える。


「……え?」

 振り向いたフルゴが、ぎょっとしたような目で由真を見ている。その隣で、ラルドも目を見開いていた。


「それ……でもなんでそんな面倒なこと……例の即死魔法でもよかったんじゃない?」

 晴美がさらに問いかける。


「……即死魔法を使うと、連中の死骸が8万近く転がっちゃって、後始末が大変だよね?」

 そう答えると、晴美もあっけにとられたような表情を見せた。


「まあ、即死で霊魂まで消すのと、肉体と精神を分離してから肉体部分だけ術をかけるのと、面倒くさいのはどっちもどっちだから、後が残らない方がましかな、って思って」

「そんなの、今まで聞いたこともなかったわ。それ、いつ開発したの?」

 今度はウィンタが問いかけてきた。「魔法学博士」の彼女も、類似する術式には心当たりがないらしい。


「あ、それは……ここに来る途中、ですね。アスマ軍に攻撃されたとして、撃退しても死傷者13000人の処理があるかな、って思って、それで、物理的に後腐れがない状態に持って行く術式を考えた、ってとこですね。

 敵が、軍隊みたいに固まって進んできたから、『軍の(スピーリトゥース)魂を(ミリターレース)』を『魔の(スピーリトゥース)魂を(ディアボリコース)』に置き換えて転用しただけです」

 由真はそう答える。実際、あの術式は、「魔族・魔物専用」という訳ではない。


「それじゃ、あれ、アスマ軍にやるつもりだった、ってこと?」

「魔物連中と挟み撃ちにされて、にっちもさっちもいかなくなったら、だけどね」

 和葉に問われて、由真はそう答える。


 昼に襲撃してきた征東騎士団に対しては、反撃することに何の躊躇も感じなかった。

 ここで「アスマ軍に背後から襲われたらどうするか?」と問われたら、「即死魔法も躊躇なく使う」と即答できる。

 しかし、「無辜の住人13000人を殺すのか?」と問われてしまうと――躊躇は当然ある。セプタカに入った直後に行動を共にした雑兵隊の人々を思い出せば、むしろ攻撃を忌避したいという思いが先に立つ。

 それこそ「属性」を明確に識別できるなら、「住人」は一時的に意識を失わせる程度にとどめ、「臣民」は数日行動不能な程度に身体を損壊させ、そして「騎士爵」以上の「貴族」は単に「石化」だけして永久にさらし者にさせてやりたい、などという思いも走る。


 コーシア県庁の知事室にいるときは、「住人を巻き込む戦争は避ける」という「大方針」を何度も口にできていた。

 それなのに、ナギナの現場に来て、アスマ軍の部隊との「実戦」に巻き込まれてしまうと、「戦争」のための「残虐な攻撃法」を次々と考えてしまう。

 この異世界に来て「無系統魔法」という力を手に入れたことで、自らの醜悪な本質が表れたのか。

 そんなことを思いつつも、やはり「住人を巻き込む」ことはできるだけ避けたい、という感情も常に去来する。


(いや、今は、迷ってる場合じゃない、か)


 バソは、すでに潜水橋を越え、左岸の段丘面にさしかかろうとしている。

 今この時点で由真が戦うべき相手は、後方の右岸で蠢動しているアスマ軍ではなく、前方の左岸に残りナギナ市街地を窺う魔族と魔物、そしてそれを率いる紅虎だ。

 今日開発して、先ほど成功したばかりの術式「地の浄化」。それは、現に迫っている戦いにおいては、「魔族・魔物専用」のものとして使うことになる。

 この世界で、「マ」を持つ人間と「ダ」を持つ魔族・魔物とが対立している限り、「人間」の側に立つ者が「魔族・魔物専用」の攻撃術式を使うことを躊躇する必要はない。


(本当は、違うのかもしれない。……けど、それを迷うのも、今することじゃない)


 由真が使うのは、「マ」でも「ダ」でもない「ヴァ」。それは本来、「人間」と「魔族・魔物」の対立に幕を引くための「力」なのかもしれない。

 しかし、少なくとも今、そんなことを考える余裕などない。


(今は、迷ってる場合じゃない。とにかく、目の前の敵を排除しないと)


 闇夜の中の目的地を見つめながら、由真はそう自らに言い聞かせていた。

補足説明回になってしまいました。

「住人」(このお話では「人権を認められていない下級階層」。主人公は当初ここに入れられました)は巻き込みたくない、という考えと、「アスマ軍死すべし、慈悲はない」という阿修羅状態の間で、主人公は揺れています。

また、このお話の世界では、「人間」(含む召喚された人たち)と「魔族・魔物」は決定的に相容れない、という背景事情もあり、「魔族・魔物」に対してはまさしく「慈悲はない」とならざるを得ない状況です。


新開発された呪文は、ラテン語で"Spiritus diabolicos capiam. Ab corporibus per lapides ad harenas. 'Purificationes terrestres'"。

冒頭を"Spiritus militares"に置き換えると、本文の通りの意味に変化します。

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