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28. 実戦試合 -晴美の戦い-

晴美さんの見せ場です。視点も彼女です。

 由真を毛利剛と戦わせる。


 全くもって理解不能なその指示。晴美は、それを唯々諾々と受け入れるつもりはなかった。しかし――


「……大丈夫です、ご主人様。私は、つとめを果たしますので」

 他ならぬ由真が、そんな口調――ユイナも含めた「身内」のときは一度も口にしたことのない「従者」のそれで、笑顔とともにそう言った。


 今はまだ、この場を強引に覆すべき時期ではない。由真のそんな意図を言外に察した晴美は、ひとまず試合に向かった。

 対戦相手は桂木和葉。敏捷性に優れており、剣術にもいち早く順応した人物。加えて、晴美が魔法を学んでいる間――午後の選択コースの時間も武芸に打ち込んできた。本来容易な相手ではない。


「アイザワさん、カツラギさん、位置についてください」

 この試合の審判は、なぜかユイナがつとめるらしい。度会聖奈と嵯峨恵令奈の「戦い」は「魔法勝負」ではない、という意図を示したものなのか、などと晴美は思う。


 5メートルほどの距離を置いて、晴美と桂木和葉は相対する。

 晴美は木槍を長刀の中段に構える。桂木和葉は木剣を中段に構えて――というより、ラケットを持つ要領で手にしていた。

「それでは、始めっ!」

 ユイナが宣言し、試合が始まる。桂木和葉はすがさず踏み込んできた。その動きは、さすがに速い。


(けど……)


 しかし、ここは相手が悪かった。

 晴美は、桂木和葉と「乱取り稽古」をする心のいとまもなかった。振り上げられた木剣が槍の間合いに入ったところで、剣の上から槍を当ててそのまま下へ受け流す。

 そこから送り足で踏み込みつつ、体勢の崩れた相手に向けて槍を振り返すと、革鎧の胴部にあっさり命中した。


「それまで! 勝者、アイザワさん!」

 ユイナが宣言した。


 いかに桂木和葉が「スポーツ少女」として優れていても、長刀の鍛錬を続けてきた晴美にとっては、「真剣勝負」の成り立つ相手ではなかった。

 青ざめた表情の桂木和葉と「互いに礼」をして試合を終えると、晴美はそのまま由真たちの方に向かった。



「なっ、ちょっと、なによこれ?!」


 駆け寄った晴美の目に入ったのは、毛利剛が由真を押し倒している姿だった。

 柔道の「縦四方固」の型ではあろう。しかし、仰向けになった少女を屈強な男が正面から押し倒しているその様は、男女の交わり――女が男に強いられているそれを想起させる。


「っ!」

 毛利の体の下から、由真のうめき声が聞こえる。由真は、床を二度ほど叩いて――そのまま脱力した。


「ちょっと待って! 【観察(ベオプアハトゥング)】!」

 光系統魔法の観察術式を使う――と、由真はすでに失神していた。


「なにしてんのよ!」

 眼前で由真が「落とされた」。その光景を前にして、晴美は駆け出していた。


「なっ! 試合を邪魔するな!」

 審判役のグリピノ神官が、そういって晴美に木剣を振り上げた。

(五月蠅い!)

 もはや言葉を向けるつもりもなかった。相手の剣が緩慢に降りてくるより先んじてその頭を強打して、転じてその穂先を床に転がった毛利に向けて振り下ろす。


「もう止めなさい毛利君。由真ちゃんは落ちちゃってるじゃない」

 うなじ――延髄の位置に槍を当てられて、毛利はびくりと反応し、顔を上げた。


「んだよ相沢。邪魔してんじゃねえよ」

「何の邪魔? 試合? 柔道なら、押し倒して一本、押さえ込んで一本、落として一本、勝負が3回ついてるわよ」

 粗野な毛利の言葉に対して返したその声は、平坦で低い。晴美自身がそれに若干驚いていた。


「ここから先は、剣術でも槍術でも柔術でも何でもいいわ。ここを突き刺してあげるから」

 そういって槍の穂先で延髄をつつくと、毛利は舌打ちとともに由真から離れた。グリピノ神官は、額から血を流して昏倒している。そして由真は、セーラー服姿のまま、蒼白な顔で意識を失っていた。


「ちょっと待ってて……『シュテレン・ディー・ヴェルケ・イーレス・ケアペアス・ヴィーダーヘア』(その身の働きを回復せん)」

 晴美は、由真の傍らにひざまずき、槍の穂先をその身体に当てて「ア」と「ラ」を観想し、その回復を祈願する呪文をドイツ語で唱えた。

「【治癒(ハイレン)】」

 宣言とともに「マ」を込める。由真の血流は程なく回復し、そしてその目がゆっくりと開いた。


「由真ちゃん! 大丈夫だった?!」

 晴美は、由真の体を抱き起こし、そしてきつく抱きしめていた。

「はるみ……さん……」

 晴美に抱きしめられた由真は、そんな声とともに、ゆっくりと息をつき始める。

「ごめんなさい、私、やっぱり放っておけなくてっ……」

 そんな由真に触れて、晴美の力はさらに強まる。


「グリピノ殿! 誰だ、グリピノ殿に手を出したのは!」

 二人の空間が、そんな叫び声に引き裂かれた。それだけでも、晴美の心に怒りの炎がわき上がる。


「そんなこと……わざわざ確認する必要があるのかしら? 私以外に、この破廉恥漢を殴り倒すことができる人が誰かいるの?」

 由真に対する声とは打って変わって、毛利を相手取ったときと同様に、晴美の声も口調も冷酷になっていた。

「きっ、きさまっ……って、アイザワ……騎士殿……」

 声を荒げた男は、晴美の目線と声に面して、にわかにしぼんだ。


「せっ、セレニア! はっ、早く、早くグリピノ殿に治癒を!」

「待ってください。今、センドウさんの傷を治してるところですから」

 男に呼ばれたユイナは、やはり冷淡に答える。


「はい、これで大丈夫です。……けど、防御強化を身につけていただかないと、今度は肋骨にひびでは済まなくなりますよ。勇者様の一撃は、相当重くなっていますから、十分気をつけてくださいね」

 そんな言葉が聞こえて、数秒後、ようやくユイナが姿を現した。


「セレニア! 早く……」

「ユマさん! あ、ハルミさんが治癒したんですね。あの、大事にならなくて何よりでした」

 ユイナは、男の声を無視して由真たちに声をかけてきた。この優秀な女神官は、離れていても由真の様子を察していたらしい。


「セレニア! きさま……」

「私、これでもA1級神祇官候補生ですよ? わかってますよね? アルモ・コルネオC3級武芸官さん?」

 ユイナは、自らの「地位」を明言して相手を制する。それは、この2週間で晴美が抱いてきた印象とはかけ離れた態度だった。

 とはいえ、晴美の全身に燃え上がっている感情――「怒り」を共有しているとしたら、十分理解もできる。


「ええい、何を騒いでいる!」

 そこに響いたのは、モールソ神官の声だった。武芸実習には今まで一度も顔を見せてこなかったこの人物が、今日はここにいたらしい。

「たいしたことではありません、モールソ神官」

「いや、グリピノが頭から血を流して倒れておるではないか。それが……」

「それが、どうかしましたか?」

 口調こそ丁寧ながら、ユイナはモールソ神官に対しても萎縮の気配を見せない。むしろせめぎ合いを演じているようにすら見えた。


「そうそう。そろそろ、アスマ公領に定期報告をする時期でした。今回は、お伝えしないといけないことがたくさんありますね」

「くっ……【治癒】」

 苦虫をかみつぶしたような表情で、モールソ神官はグリピノ神官に治癒の術式を施した。

「今日の武芸実習は、これで終了とする!」

 そのままモールソ神官が宣言し、この場はそれで終了となった。

晴美さんはTUEEEのです。

そしてユイナさんも、なめてはいけない相手です。


ドイツ系クオーターな晴美さんの視点なので、ドイツ語の呪文に日本語をつけています。

この先も、晴美さん視点の場合に限り、このように記すつもりです。


ちなみに、綴りは次のとおりです。

「ベオプアハトゥング」:"Beobachtung"

「シュテレン・ディー・ヴェルケ・イーレス・ケアペアス・ヴィーダーヘア」:"Stellen die Werke ihres Körpers wiederher."

「ハイレン」:"Heilen"

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