288. 対決 由真パーティー vs 征東騎士団 前編 開戦
(勝手に決められた)「魔法禁止」という条件の下、王国最強クラスの騎士団50人を相手に、剣技での対人戦が始まります。
「スキル【板東神岳流剣術】、限定解除」
そう口にして、由真は「スキル」を「限定解除」した。
板東神岳流剣術。
それは、渡良瀬家の祖先が柳生新陰流に学んで開発した剣術で――道場は開かずに、渡良瀬家の身内だけで細々と継承してきたものだった。
由真は、本来の継承者である「宗家」に不測の事態が発生した場合に備えての「控え」として技を一通り学んでいた。
現代日本で使う機会などない「剣術」のスキルは、長いこと封印状態だった。
この世界に召喚されてからも、ゲントから棍棒を受け取るまでは「刀剣類状の武器」とは無縁だったため、この「剣術」は使ってこなかった。
しかし、魔法の使用が「禁じ手」とされたところに、50人を擁する騎士団が真剣を手に襲撃してきた以上、他に使える手立てもない。
棍棒を正眼に構えた由真の前に、「先駆け」とばかりに迫ってきたのは7人。
対する由真は、すでに光系統魔法による身体強化を済ませ、さらに右手の摩擦係数も上昇させてあった。
八相から振り下ろされる剣の動きを見切って、由真は左足から踏み込む。
向かって左側に並ぶ2人。前方の1人の剣が降りる前に左から胴を打ち、次いで剣が降りた後方の1人を右から袈裟斬りする。
右斜め前に3人、斜め後ろに2人。斜め前の1人が硬直している隙を突いて左足から踏み込み胴を打ち、転身して斜め後ろにいた2人へ右足から踏み込むと、左袈裟、右袈裟と打っていく。
2人目を打ったところで転身して駅側に向き直り、踏み込んできた残り2人を左から胴、そして逆袈裟と打ち、そして正眼の構えに戻る。
最後の1人が倒れると、3メートルほど先の後続部隊が見えた。
「なに?!」
「バカな?!」
そんな意味のない叫びが上がる。
「くっ! 先に小娘を捕らえよ! 2班! かかれ!」
後方で先ほどから叫んでいた男――おそらくはこの騎士団の団長が、金切り声を上げる。
それを受けて、後ろから左右に分かれて騎士団員たちが駆け出した。右手3人、左手4人が接近する。
「晴美さんたちは、ユイナさんを」
前方に注意を残しつつ、由真はわずかに後ろに振り向いて、晴美たちに告げる。
「任せて!」
晴美の声で、短い答えが返ってきた。
「おのれ村娘! 討ち取ってやる!」
由真が目を戻すと、前方の集団の1人が叫ぶ。
「「ラーーッッ!!」」
そんなかけ声とともに、6人が踏み込んでくる。やや後ろにいる指揮官らしき男は、ゆっくりと歩みを進めていた。
今度は、右手の2人の動きが先走っていた。由真は右足で踏み込み、左足を踏み出しつつ1人目を左袈裟、次いで右足を踏み出しつつ2人目を右袈裟と打つ。
左側の3人の動きが硬直する。眼前の1人に右から胴を打ち、左足から踏み込んで左側中央に左胴打ち、残り2人のうち支部よりの方の背後へと右足を進め、身を翻して右袈裟でその背中を打つ。
残り1人に向かって左足から踏み込んで右胴打ち。そして6人を率いていた1人を右足から踏み込んで左胴打ちで仕留めた。
「おっ、おのれっ!」
「「ラーーッッ!!」」
その先から、さらに7人が駆け出してきた。どうやら、彼らは班長1人に班員6人の7人1班で、7班49人に団長1人の合計50人という構成らしい。
今度は、前方4人と後方3人に距離が空いた。右足から踏み出して左足で踏み込み、左手後方を右袈裟、前方を左胴でたたく。
硬直した右手2人に向かって右足から踏み込んで、前方を左胴、後方を右袈裟で仕留める。
後ろの3人が、遅れて剣を振り下ろしてきた。しかしその動きは緩慢だった。由真は、敵の動きに先んじて左足から踏み込み、左胴、右胴と続けざまに打って、残り1人も左袈裟で倒した。
(これで21で、あっちが7、残りは22)
棍棒を正眼に構えつつ、由真はその数を確認する。
6・7人がかりで襲いかかる敵を、由真が華麗な太刀さばきで次々と伸していく。
程なく、左右から合計7人が、後方にいた晴美たちに迫ってきた。
「前左右、聖柱設定、結界展開」
ユイナが詠唱し、前方に結界が展開される。しかし、男たちはそれにかまわず踏み込んでくる。
「仙道君はユイナさんをガードして! 和葉は右翼を処理して!」
最重要の「本尊」ユイナの身柄は仙道に頼み、3人と少ない方を和葉に委ねて、晴美は左翼の4人に向かうことにした。
「イエスマム!」
「わかった!」
和葉と仙道が応える。程なく、両側から敵が間合いに入った。
「覚悟しろ、不良召喚者ども!」
左手後方の1人が叫ぶ。
この状況でも、罵詈雑言は忘れないらしい。見事な「騎士道精神」の主だ。
左手から真っ先に踏み込んできた2人に向けて、晴美は槍の穂先を左から右、右から左と操り、剣をかざしたその腕を斬る。
足止めされたその横から抜け出そうとした敵に、晴美は槍の穂先を下段に回してその大腿部を斬った。
「ていっ!」
和葉が、気合いとともに1人の切り込みを「怒りの斬撃」で受けると、すかさず「十字斬り」で切り返し、敵の左肩を斬る。
そこで「雄牛の構え」になった和葉は、そのまま前に踏み込んで、続く1人の左肩も貫いた。
しかしそちらは、残る1人が隙を突き、ユイナに迫ろうとする。
「ラーーッッ!!」
そんな雄叫びとともに、敵は「上段斬り」よろしく斬りかかり――
「ふっ」
仙道が、軽く息をつきつつ、その剣を「怒りの斬撃」で受ける。
そこからのつばぜり合い。敵は歯がみして青筋を浮かべながらも下に押され、仙道は息を乱すことなく着実に敵を抑え込む。
そして、仙道は一転して剣を敵の右肩に突き刺して、その動きを止めた。
「くっ、おのれっ、ラーーッ……」
残り1人が、雄叫びとともに斬りかかる。晴美は、槍を正面から突き込んで、穂先をその首筋の真横で止めた。その刃先は、敵の頸動脈に触れる直前の位置にあった。
「これでチェックメイトね。……神祇官猊下の御前で、首から大出血は避けたいけど」
晴美のその言葉に、敵は剣を振り上げたまま硬直した。
残り6人は、いずれも腕、肩、脚を斬られて戦闘不能になっている。
「上様から逃げたら、お庭番に斬られるんだから!」
「盾はなくても、この程度なら問題はないな」
和葉と仙道が、そんな敵を見下ろして言う。
「このまま、っていうのも面倒だから……」
そう言って、晴美は敵の首筋に突きつけた槍を斜めに引き、敵の左肩を斬っておく。これで、この男も戦闘不能になった。
「これで、後は……」
前方に目をやると、すでに半数を倒した由真に、敵が左右から一斉に襲いかかろうとしていた。
「道場は開かずに、渡良瀬家の身内だけで細々と継承してきたもの」である「板東神岳流剣術」は、当然ながら実在せず、モデルもありません。
「上様」には、紛れがないようにルビを振っています。
上様()の立ち回りから、お庭番()が斬っていく場面が挿入されて、次回に続きます。




