283. 宿舎に入って
特急は終着駅に到着しました。
午後5時42分に、「白馬5号」はナギナ中央駅に到着した。
今回は、11号車より前には、先ほどの「上意通知」で由真たちを討伐する「お墨付き」を得たアスマ軍が乗っている。
そのことを考えて、由真は普段抑えている「ヴァ」による「ラ」を強めに解放した上で、列車から降りる。
前方から降りてきた将兵は、一瞬高揚し、直後にはひるんだ――のは魔法解析でわかった。
「閣下、お疲れ様でございます。宿舎の方へご案内いたします」
ホームに迎えに来た駅員――名札には「駅長」の肩書きが記されていた――が、そう言って由真たちを誘導する。
いったん階段を降りてコンコースに出て、右に折れて「南口」と表示された自動改札を抜けると、すぐに「ナギナ中央駅宿舎」という看板が見えた。
看板の真下から伸びる階段を上った先の2階に、ロビーのような空間がある。
「後は、こちらで手続きをいたします」
メリキナ女史が駅長に告げる。
「かしこまりました。お疲れ様でございました」
そう言って一礼して、駅長は階段を降りていった。
メリキナ女史は窓口に向かい、中の係員を呼んで手続きに入る。程なく、彼女は全員分の鍵を持って戻ってきた。
「この階は、食堂、ロビー、大会議室で、皆様のお部屋は3階になります。こちらが、皆様のお部屋の鍵となります」
そう言って、メリキナ女史は、由真、ユイナ、晴美、和葉、衛、ウィンタの順で鍵を渡していく。
その鍵は、鍵と棒の組み合わせで、ジーニア支部の部屋と同じ形だった。
由真に渡されたものには「特別室」などと記されている。ちらりと見ると、ユイナの鍵には「301」、晴美の鍵には「302」と記されていた。
メリキナ女史に先導されて、由真たちは3階に上る。
階段を上った先は、北側に窓、南側に部屋の扉が並ぶ廊下だった。窓の下には、駅のホームが広がっている。
部屋割りは、和葉が303号室、衛が304号室、ウィンタが305号室で、メリキナ女史は309号室だった。
「食事は、2階の食堂『アトリア』で用意してありますので、お部屋に荷物を置かれたら、ロビーの方にお集まりください」
そう言われて、いったん解散となる。
部屋の配置は番号通りで、ユイナの301号室のさらに奥に、由真に割り当てられた「特別室」があった。
扉を開けると、まずはエントランスがあり、右手には目算8人ほどが収容できる応接室があった。
その手前には階段があり、上った先には寝室と居室、トイレに浴室が備えられている。
それは――メゾネット形式ながらも、れっきとした「スイートルーム」だった。
荷物――背嚢、弓矢、棍棒を置いて、由真はすぐにロビーにとって返す。
そこには、すでにメリキナ女史の姿があった。
「閣下、お疲れ様でございます」
そのメリキナ女史は、由真の姿を認めると、すぐにそう言って腰から頭を下げる。
「メリキナさん、あの部屋、スイートですよね」
「ええ。閣下は尚書府副長官格ですので」
メリキナ女史は淡々と応える。
「そんな、別に贅沢な部屋は……」
「ですが……スイートでしたら、応接間で皆様の打ち合わせもできますので」
そう言われてみると、確かにあの応接室なら、ユイナとメリキナ女史も含めたメンバーで「打ち合わせ」もできそうだった。
「はあ、まあ、そういうことなら……」
手配はすべてメリキナ女史に任せた「お仕着せ」ということもあり、それ以上の追求は止めることにした。
ロビーに全員がそろったところで、メリキナ女史に先導されて、一行は食堂に向かう。
その「食堂」は、いくつかの店舗に分けられていて、奥まったところに、収容力40人程度の「アトリア」があった。
「州庁尚書府のメリキナです」
「お待ちしておりました。お部屋はこちらとなります」
メリキナ女史が従業員とそんな言葉を交わして、由真たちは奥まったところにある個室に案内された。
「こちらは、この宿舎の中でも、アトリア料理を中心に提供しているところです。今夜は、アトリア焼鴨を用意しております」
今夜のメニューは、アスマに来たときに特急「ミノーディア11号」で提供されて以来の「アトリア焼鴨」だった。
「明日以降は、夕刻は警戒態勢となる恐れが高いと予想されましたので、今夜は、波静かなら多少豪華に、と思った次第です」
メリキナ女史も、単に「コーシア伯爵閣下のための贅沢」だけを考えている訳ではないのだろう。
先ほどの「スイートルーム」を巡る「応接間で皆様の打ち合わせもできますので」という言葉からも、それは推察できる。
由真たちが落ち着くと、早速お茶が給仕される。
それを口に含み、料理が届けられるのを待つ。そこで、突如慌ただしげに扉がノックされた。
「ギルドのクシルノ支部長が、抗議のため、こちらに来られました。扉を開きます」
そんな言葉とともに、こちらの返答を待たずに扉が開かれる。向こう側には、従業員が初老の男性を伴って立っていた。
「北シナニア冒険者ギルド、ナギナ支部長ヨルド・クシルノ、理事長エンドロ男爵閣下の命により、冒険者ユマ一行の無断入境への抗議、及び即時の退散の要求に来ました」
その物騒な文言とは裏腹に、相手は感情を見せない無表情だった。
「……とにかく、他のお客さんの迷惑になりますから、中に入って扉を閉めていただけませんか?」
由真は、とりあえず相手にそう言葉を返す。
相手は由真の言葉の通りに入室し、そして扉を閉ざすと、腰から深く頭を下げた。
「コーシア伯爵閣下、このたびは、一連の不手際、並びにただいまの非礼、誠に、申し訳次第もございません」
その声も口調も、先ほどより格段に強かった。
その様子を前にして、由真もさすがに「事情」がわかった。
「その、顔を上げてください、クシルノ支部長。……憲兵の監視が厳しいことは、よくわかりました」
この食堂の周囲にすら、憲兵の目がある。少なくとも、地元に住むクシルノ支部長は、そう警戒せざるを得ない。
それ故に、「理事長エンドロ男爵閣下の命」に忠実に振る舞っていると見せなければならないということだろう。
「恐れ入りましてございます」
そんな堅苦しい言葉を返してから、支部長はその頭を上げた。
「本来であれば、当支部のA級冒険者5人……少なくとも、そのマスト格、オムニコ男爵ラルドも、こちらに参るべきところでございましたが、警察部長ダクテオ将軍、民政部長エンドロ男爵は、ユマ様を排除せんとして結託して、監視をことのほか強化しておりますので、彼らを中央駅に入らせることは極めて難しい状況でございます」
支部長ですら「演技」を強いられる状況では、最上位の冒険者たちは身動きもとれないということだろう。
「それは、支部長にご足労をいただいただけでも、申し訳ないくらいです」
「いえ、とんでもございません。それで、尚書府の通知では、明日、当支部へ来られるとのことでしたが……」
相手が問いかけてくる。
「それは、そちらとしては、何時頃がご都合がよろしいですか?」
由真はそう問い返す。
「オムニコ男爵とフォルド男爵は、自宅から通っておりますので、出勤は8時半となります。フラスト騎士、ルティア騎士、アムリトの3人は、支部内に居住しておりますので、いつでも差し支えございません」
「そうしたら、こちらも準備がありますので、10時にお伺いする、ということで大丈夫でしょうか?」
「10時ですね。かしこまりました」
由真の言葉に、相手はそう言って頭を下げる。
「それと、こちら、関係の書類を入れてございます」
支部長は、顔を上げると、足下の鞄から封筒を取り出し、メリキナ女史に手渡した。
「それでは、明日10時に、お待ちしております」
そう言って再び丁重に礼をして、クシルノ支部長は部屋を後にした。
支部長が退室して、メリキナ女史は受け取った封筒を開く。中には、紙が2枚入っていた。
「その紙、メリキナさんに、何かの言づてとかですか?」
「いえ。参考まで秘書官に渡した程度のものかと」
由真が問いかけると、メリキナ女史は、そんな答えを返した。
「それは、いったい……」
「このようなものです。……こちらは、お目汚しのたぐいです」
そう言って、メリキナ女史は由真に2枚の紙を見せる。
1枚はクシルノ支部長名義の通知書、1枚は尚書府長官官房長名義の通知書だった。
クシルノ支部長名義の方は、「北シナニア県民政部長兼北シナニア冒険者ギルド理事長エンドロ男爵閣下」の指示を伝えるもので、内容の大半は、ユイナや晴美には見せるのもはばかられるような罵倒の文言だった。
もう1枚の「尚書府長官官房長」名義の方は、由真一行の日程が記されている。それは、他ならぬ由真が朝に示唆したものだった。
「え? 何が入ってたの? ……って、これ……」
「なになに? ……うわ、これ、マジ?」
「……これは……」
晴美と和葉と衛も群がり、メリキナ女史が「お目汚しのたぐい」と称した方――支部長名義の通知を目に入れてしまう。
「これ、ユマちゃんを『村娘』、ユイナさんを『小娘』って、……正気を疑うわね」
「まあ、私は、元々住人なのは事実ですから、別にかまいませんけど、……ユマさんに、これは、さすがに……」
ウィンタとユイナも、やはりこの紙を見て、そんな言葉を漏らした。
「なんて言うか、エンドロ男爵閣下、って……予想以上に重症みたいですね……」
そして由真も、そんな言葉を抑えることができなかった。
支部長さんは「面従腹背」のために腹芸を駆使しています。




