280. ナギナへ出発
いよいよ出発です。
夕食を終えて部屋に戻ると、置き手紙が届けられていた。
コーシア伯爵ユマ閣下
コーシニア中央駅より明日11時42分に発車する「白馬5号」12号車の座席を確保いたしました。乗車券及び特急券は出発の際にお渡しいたします。
ナギナ中央駅宿舎客室7人分につきましても、現地明日より当分の間予約しております。
旅程の詳細につきましては、明朝改めてご説明いたします。
晩夏の月10日
ラミナ・メリキナ
メリキナ女史らしい簡潔で要を得た手紙だった。
事務作業のたぐいは、彼女に任せておけば間違いはない。
安心しつつ、由真は早めに就寝することにした。
翌朝、朝食の席に、由真たち6人と愛香に加えて、クロド支部長とメリキナ女史も同席して、「旅程の詳細」の説明となった。
「11時42分発の『白馬5号』にて、現地17時42分にナギナ中央駅に到着いたします。荷物車はアスマ軍が占用するため、手荷物は直接お持ち込みいただくことになります。
食事ですが、TA旅客は、12号車のために車内販売を用意するとのことでしたので、昼食はそちらで対応いただきます。
ナギナ中央駅の到着は、アトリア時間でも午後7時前ですので、夕食は中央駅宿舎にてお取りいただきます。なお、現地で緊急事態が発生した場合は、閣下のご指示により対応いたします」
メリキナ女史が手元に紙をもって言う。「現地で緊急事態が発生した場合」とは、魔物が今夜襲撃してきた場合のことだろう。
「昨日の段階で、ナギナ支部との通信は支部長からのものを最後に接続できておりません。雷信は、県庁民政部経由となりますので、こちらも通じておりません。従いまして、現地に入ってから、先方からの連絡を待たざるを得ない状況です」
現地の「民政部の締め付け」は厳しくなっているらしい。
「それなら……いっそのこと、こちらから乗り込む、というのはどうでしょうか」
由真はそう切り出してみる。
「こちらから、ですか?」
クロド支部長が問い返してきた。
「ええ。あちらも、憲兵の監視がついていて、クシルノ支部長なりA級の5人なりは身動きもとれないでしょうし、そもそも僕が彼らに『依頼する』という体裁でもある訳ですから、僕の方から支部に行く、というのも筋は通るような気もしますし」
「その場合、閣下がたに憲兵隊がつきまとう恐れがありますが……」
クロド支部長は、すかさずその懸念を口にする。それは、由真も十分理解している。
「そうでしょうね。まあ、憲兵隊が僕に張り付く分には、詔書の件もありますから、適当にあしらうなり排除するなり、どうとでもします。彼らに手間をかけさせるよりは……」
「……かしこまりました。では、閣下がたがこの旅程で本日ナギナに入り、明日ナギナ支部に訪問する、という予定を、内務省経由で通知いたしましょう。副長官のご予定として全県宛で送信すれば、北シナニア県庁も破り捨てることはできないでしょうから」
そうでもしないと、北シナニア県庁は由真の予定に関する通知を「破り捨てる」ということなのか。
「それと、支援体制ですが、閣下がナギナに向かわれますので、クロド秘書官と、シチノヘ理事官以下本省冒険者局関係者は、12時2分発の『コーシア34号』にてアトリアに戻ります。閣下がたには、私が随行させていただきます」
淡々とした趣で、メリキナ女史はそう言う。それは――
「メリキナさんが、ナギナに? あの、四天王とか紅虎様とかが、襲ってくるかもしれないところ、ですけど……」
「それは承知しております。ですが、細々した事務作業もございますので、秘書官として同行させていただく所存でございます。もとより、魔族や魔物の襲撃を受ける危険は……冒険者ギルドの末席を汚すものとして、覚悟しておりますので」
メリキナ女史は、穏やかな口調のまま、決然と言い切った。
受付嬢――ではなく民政省の上級官吏である彼女も、彼女なりに「冒険者ギルド」の使命に対する覚悟ができているということだろう。
今回は、「イドニの砦を陥落させる」までナギナにとどまることになる。それまでに何日かかるか、全く見通しは立たない。
ただ、コモディアやガルディアとは異なり、行き先は150万都市であり、宿も中央駅の宿舎となる。
魔族と魔物の襲撃で市街地が破壊されない限り、その機能に頼ることができる。
そして、「市街地壊滅」などという事態を招くということは、すなわち由真たちの「敗北」に他ならない。
それは絶対に避けなければならない。
武器に関しては、美亜が作ってくれた袋に棍棒を入れて、さらに弓矢も自分で持つ。
その代わり、筆記用具に関しては、メリキナ女史が同行するという前提で、最低限のものだけ持つことにした。
野営に関わるたぐいの道具は、当然持つ必要はない。
結局、「アタックザック」としている25リットルの背嚢に荷物は収まった。
由真たちは、10時50分に知事公邸のロビーに集合する。
そこで、メリキナ女史が由真たちにそれぞれの切符を配った。
11時過ぎに、由真たちは知事公邸からバソで出発する。20分後にアトリアに向かうクロド支部長と愛香も同じ車に乗った。
コーシニア中央駅に到着すると、一般客と同様に自動改札を通る。
3番線・4番線ホームにさしかかったところで、GTOの磁励音が聞こえてきた。
時計を見ると11時25分を指している。
ホームに上ると、モディコ200系がちょうど到着したところだった。
「ご乗車お疲れ様でした。終点、コーシニア中央です。ファニア線は3番線、シナニア東線は4番線のお乗り換えです」
そんなアナウンスも流れる。
見上げると、3番線には「普通 クシトナ行 11:35 6両」「停車駅:各駅 サイトピアまで快速 二等-1号車前側」と表示されていて、銀地に緑色の帯の列車が止まっている。
(そういえば、ここに来たのって、先々週の日曜……第7日だったっけ)
今到着したモディコ200系は、特急「コーシニア125号」。タミリナ駅を10時ちょうどに出発してくる。
先々週の第7日に、由真たちは「ゴブリン出現事件」のために、この列車でこの駅に到着して、乗り換えてアクティア湖に向かった。
あのときは、このような騒ぎに巻き込まれるとは想像もしていなかった。
4番線の方は、「白馬5号 ナギナ中央行 11:42 12両」「停車駅:ユリヴィア、カリシニア、コモディア、オプシア、ナギナ中央」「三等-12号車 他全車両は軍用列車につき立入厳禁」と表示されている。
11時35分に3番線の普通列車が発車すると、そちらの案内が「特別快速 ファニア3号 アクティア湖行 11:50 8両」「停車駅:サイトピア、エピコア、カプマナ、クシトナ、ファニア、アクティア台、アクティア湖 特等・一等-1号車 二等-2・3号車」になる。
軍用列車以外の部分は、河竜の襲撃以前に戻っている。
ナギナに入って、最後の敵――魔王四天王と紅虎を倒せば、事件前の状態を完全に回復できる。
ホームに立ち、由真はそのことを改めて自らに言い聞かせた。
乗り換えたのは「168. コーシニアにてお乗り換え」です。
こんなに文字数がかかるとも思っていませんでした……




