279. 出発準備 (7) 「殺し合い」の覚悟
前々回スルーした話に踏み込みます。
「そうなると、僕たちは、アスマ軍の憲兵……その征東騎士団とも、直接対決する可能性も、あるってことですよね」
由真は、その懸念を口にする。
「それは……あの詔書が出ている以上、アスマ軍がユマさんに刃を向けたら、即『叛徒』になる訳ですから、さすがに、もう手出しはしてこないと……」
「ユイナさん……あのアスマ軍が、それにアルヴィノ王子が、そう簡単に『まとも』になる、と思いますか?」
眉をひそめたユイナに、由真は正面からそう問いかける。
「アスマ軍の部隊がナギナに入るのに、明日一日は取られますから、その間で、『本国』から対抗措置が執られる可能性はある、と、僕はそう思ってます」
「対抗措置……ですか?」
由真が言葉を続けると、ユイナは首をかしげる。
「ええ。あるとすれば、アルヴィノ王子の『上意』を突きつけて、それで詔書の『上書き』をする、とか、そういう手でしょう」
彼らの行動様式を振り返れば、それが最もありうる手段だった。
「あの詔書で、僕たちは『上意討ち』の権利が与えられた形です。アスマ軍もそう認識すれば、あちらは、僕らを討ち取るつもりで来るでしょう。その場合、僕らは、アスマ軍の中でも『精鋭部隊』の部類と、『殺し合い』をすることになります」
先ほど、タツノ副知事に説明されたとき、あえて避けて通った「そのこと」を、由真はこの場で明言する。
「もちろん、僕がいる限りは、みんなは巻き込まないようにする。一応言っておくと、僕の『即死魔法』は、『ヴァ』を使うから……相手が持ってるものが『ダ』だろうと『マ』だろうと、どっちにも効く。つまり……人間が相手でも、同じように発動できる」
晴美、衛、和葉の3人を念頭に、由真はそう言い切る。
愛香が冗談口で言う「由真ちゃんの即死魔法」。それは――少なくとも理論上は「実際に使える」ものだった。
「だから、征東騎士団が僕たちに攻撃してくるようなら、僕は、遠慮なく『即死魔法』を使う。みんなの手は、血で汚すつもりはないから、今の時点では、心配はしなくていいよ。
ただ、この先、アスマ軍と……ノーディア王国全体と、僕たちが戦うような事態になってきたら……最悪、みんなも、自衛のために、剣で人を斬る、っていうことを、迫られるかもしれない」
3人の仲間たちを前にして、由真はついに「そのこと」を口に出した。
「僕は、もう覚悟はできた。そもそも僕は、こっちに来たあの日、殺されかけた『恨み』もあるから、王国軍も……その頂点に立つあの男、アルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディアも、殺すつもりはある。
それに、あの男の片棒を担いでる『勇者様』ヒラタ子爵マサシも、その『お仲間』の、モウリ男爵ツヨシも……そして……」
アルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディア、ヒラタ子爵マサシ、モウリ男爵ツヨシ。
その3人の顔を脳裏に浮かべ、「殺意」に躊躇はないことを確認した由真は、次に――
「……そして……」
その笑顔が脳裏に浮かぶ。
続けて口にしなければならない、「その名前」。
由真の「敵」であるノーディア王国にとって貴重な魔法戦力である「賢者」。
その人物に対しても、「殺意」を向け、それを実行に移さなければならない。
さもなければ、自分はノーディア王国に殺され、この地の住人たちは「彼ら」の圧政に屈服させられることになる。
だから、その名前を口にして、皆の前で「殺意」を示さなければならない。
なのに、その名前が口から出てこない。
言わなければならない。言わなければ――
「……そして、『賢者』ワタライ男爵……」
「由真、もういい。もう止せ」
その声で、由真は我に返った。
両手の拳が、衛の手に覆われていた。自分をまっすぐ見つめるそのまなざしが、潤んだ視界の向こう側に見える。
「由真ちゃん、いつも言ってるでしょ? 一人で背負い込まないで、って」
そんな声とともに、晴美の手が由真の肩に触れた。
「由真ちゃん、そんなつらそうな顔されたら、こっちもつらくなるから……だから、もういいよ」
そして和葉も、そう言って由真の腕に手を触れる。
「由真、その拳、開いてみろ」
衛の言葉で、由真は、自らが拳を握りしめていたことを初めて自覚した。
言われたとおり開いてみると、両手の指の後が、掌にはっきりと残っていた。
「俺は、由真の守護騎士だ。由真が危なくなるときは……俺は、『由真の敵』に遠慮は一切しない。やむを得ない状況になったら、当然、『敵』は……殺す」
「私たちだって、『由真ちゃんの敵』は、『私たちの敵』よ。命が危なくなるなら、……殺し合いだってするわ。あんな王国軍が相手なら、遠慮なんてするつもりは一切ないもの」
「そうだよ。あんなアスマ軍みたいな連中が相手なら、あたしたちだって、何だってするよ」
衛が、晴美が、和葉が、そんな言葉を口にする。愛香も、由真にまっすぐ目を向けて、様子をしっかり見守っているように見えた。
「みんな……僕は……」
その声が震えていることを、由真はようやく自覚した。
「それに……自覚が薄くて配慮が足りない平田君とか、頭と精神の性能に問題がある毛利君とかと……度会さんは違うわよ。彼女は……アルヴィノ王子に乗せられて私たちに刃を向けるとか、そういう子じゃないわ」
そう口にした晴美は、苦笑を浮かべているようだった。
「……あの、ハルミさんの言うとおりだと、私も思います。『賢者様』は、アルヴィノ殿下と『勇者様』の正義に、最後まで殉じるような、そういう性格ではない、と、……一月半の印象ですけど、私は、そう感じました」
そして、ユイナも言う。
彼女は、晴美たちとは異なり、彼女――度会聖奈との関係は、他の38人と同様の「担当教官」と「教え子」というものに過ぎない。
それ故に、その言葉は客観的なもののだと、由真はそう感じていた。
「そう……ですね……」
そう言葉を返し、そして深く息をついて、由真は心中で渦巻く「気」を吐き出した。
心を鬼にしようとして、完全に「鬼」に堕ちかけた主人公を、仲間たちが救ってくれました。




