27. 実戦試合 -毛利vs由真-
てこ入れ()のため、バトル要素が入ります。
由真の形意拳は、月曜の時点で「三才式」と「跟歩」がようやく安定した。
その実感を得て、火曜から、由真は次の段階――「五行拳」の「套路」に移った。
金行劈拳――拳を振り下ろして「劈く」動き。
水行鑚拳――「鑚」でうがつように拳を突き上げる動き。
木行崩拳――敵を「崩す」中段縦拳突き。
火行炮拳――「炮」のごとき勢いをもって順手は斜め上に振り上げ逆手で敵を突く動き。
土行横拳――腕を「横」にねじり込む動き。
いずれも、実際には「三体式」とも呼ばれる三才式からの跟歩に伴う精緻な全身運動によって実現される。
由真が教わったのは、この「五行拳」までで、その先の「十二形拳」を学ぶ前にこの「異世界召喚」に巻き込まれてしまった。
それでも、「五行拳」は鍛錬を重ね、由真自身としては「化勁」から「無勁」に進めたと認識していた。
晴美に買ってもらったジャージのおかげで身軽になり、由真の「套路」は安定を保った。
「変わった動きね。カンフーとも違うけど、太極拳とも違う感じ?」
由真の動きを見て晴美が尋ねてきた。
「一応、大きく分けると太極拳の仲間かな」
由真はそう応える。太極拳とともに「内家拳」に分類される形意拳は、カンフーアクションのベースとなった南方の詠春拳などとは大きく異なる。
「太極拳はやらないのね」
「あれで健康体操を超えるのは、この年齢だと無理だからね」
由真は、そう答えて「套路」に集中する。
この「異世界」で生き残るためには、「男子」として蓄積してきた「功夫」を少しでも取り戻さなければならない。そう思いつつ、由真は入念に「套路」を続けた。
「明日、二度目のステータス判定を行う」
金曜日の朝、モールソ神官が2年F組の面々に告げた。
「これまでの二週間の鍛錬により、基礎レベルもクラスレベルも、相応の向上が見られたはず。我々は大いに期待している」
そういう彼の目は、主に平田正志に向けられていた。晴美は魔法も武芸も上達しており、由真もある程度の運動能力を取り戻してはいるものの、神殿側には関心などないのだろう。
午前後半の武芸実習になって、担当神官は「完全実戦形式の試合」を指示した。
「剣を持つ者は木製模擬剣を持ってかまわない。また、革鎧は召還者全員が装着すること。その上で、真剣勝負の試合をしてもらう」
その指示を受け、Cクラスの島倉美亜や七戸愛香も含む39人全員が革鎧を身につけた。由真は「召還者」の数には入っていないらしく、革鎧の支給もなかった。
実戦形式の試合は、4グループに分かれて行われることになった。最初はCクラス組。ろくな指導を受けなかった彼ら彼女らの動きは、ぎこちなく、あるいは危なっかしい。
島倉美亜と七戸愛香が対戦すると、二人ともおっかなびっくり木剣を振り――というよりは木剣に振り回されて、偶然胴に一撃を当てた七戸愛香が「勝者」とされた。
Cクラスが終わると次はBクラス。こちらも、「チャンバラごっこ」の域を出ない打ち合いばかりだった。
AクラスとSクラスは合計7人。2人ずつ組ませると1人余る。さらには男女の性別の問題もある。
Sクラスの「勇者」平田正志はAクラスの「守護者」仙道衛と、同じくSクラスの「聖女騎士」晴美はAクラスの「遊撃戦士」桂木和葉と組み、そしてAクラスの「魔法組」度会聖奈と嵯峨恵令奈が組む。
毛利剛が余ったのを見て、担当の男性神官は「見物人」に目を向ける。
「おお、そうだ。おい! 小娘! 出てこい!」
突然のその声。その意図は、由真にもわからない。
「聞こえなかったのか、このバカ娘! 貴様のことだ! さっさと来い!」
神官は、つかつかと歩み寄り、由真の左腕を乱暴につかんで、そのまま前に引きずり出した。
「モウリ殿に今更腕試しなど必要はないが、手加減を強いられていた様子だったからな。ちょうどいい。小娘、貴様が練習台になれ。モウリ殿、相手は只の小娘、一切遠慮は無用ですぞ」
その言葉に、えっ、という声がそこかしこからはっきりと上がる。試合を終えて見物していたクラスメイトたちだけでなく、自らの試合に向かおうとしていた晴美や仙道などもこちらに振り向いている。
「え? グリピノ神官、どういうことですか? ユマさんは、これまで一度も練習に参加してませんし、それ以前に彼女は女の子ですよ? モウリさんの武術の相手というのは……」
「何を言っている、セレニア神官。この小娘は住人だ。臣民とは違うのだ。手加減なしに壊せる『ヒト』は他にいないではないか」
ユイナの問いかけにグリピノ神官が答えると、場は明らかにざわついた。
「ちょっと待ちなさい。いきなり何を……」
「貴殿は自分の試合に向かわれよ、アイザワ殿」
険しい表情で近づこうとした晴美に向かってグリピノ神官が言う。
「いやちょっと」
「……大丈夫です、ご主人様。私は、つとめを果たしますので」
止まろうとしない晴美に向かって、由真は「よそ行き」の敬語で言い、さらに微笑を向ける。この神殿を支配する論理。グリピノ神官が体現するそれは、晴美や由真の理解など超えている。しかし、この場でそれを蹂躙するのは、未だ時期尚早だった。
「まあ、俺はいいけどよ。渡良瀬ぶっ壊していいってんならな」
由真の背中に響く野太い声。わざとらしく指を鳴らす音。由真は、大きく息をついて、その相手――毛利剛に向かう。
「では、それぞれ試合に入られよ」
グリピノ神官が宣言する。由真の意図を察したのか、晴美は眉をひそめたまま自らの試合場に向かった。
毛利剛と向き合う。この男が自分に対して向け続けていた敵意。由真は、それを十分に理解していた。
おそらくは、人間的な相性の問題なのだろう。あるいは、度会聖奈を巡る「恋敵」という認識もあったのかもしれない。
いずれにせよ、毛利は、聖奈なり平田なりから抑止されなければ、由真を「壊す」こともいとわない。そういう破壊衝動をにじませていた。
毛利は、木剣は握らなかったものの、革鎧は装着したままだった。穏当な「柔道」の試合であれば、襟や袖をつかむことができない状態は、対戦相手にとって相当の不利になる。
対する由真は、常の「見学」の時と同様に、セーラー服のままだった。革鎧も身につけていない。その華奢な女体をもって頑健な男に対処するには、あまりにも無防備だった。
「よいか? では、始め!」
グリピノ神官は、一切の躊躇なく、そう宣言した。すかさず毛利が踏み込んできて、由真のセーラー服の右袖と左襟をつかんだ。
(大外刈か)
由真が直感した直後、毛利の力が由真の全身に襲いかかる。
肩を押し込まれ、脚を払い飛ばされて、由真は背中から床に転ばされた。受け身は取ったものの、床は石造りだったため、予想以上の痛みがわき上がる。
毛利は、そのまま由真の身体を正面から押さえ込んだ。
(縦四方固……もう逃げられない)
柔道の試合なら、後は「一本」になるまでの時間を待つばかり、という状況で、由真には打つ手がなかった。
これは、バトルというより、ただのイジメですね…
明朝、続きを予約投稿します。