278. 出発準備 (6) 「仮想敵」
宿に戻って、「仮想敵」を巡る情報を整理します。
TA旅客との間の手続などはメリキナ女史たちに任せて、由真たちは知事公邸に戻った。
ユイナ、晴美、衛、和葉、ウィンタに加えて、この日は愛香も知事公邸に宿泊することになった。
由真の秘書官でもあるクロド支部長とメリキナ女史も、やはり今夜はここに泊まる。
知事公邸に戻った由真、ユイナ、晴美、衛、和葉、ウィンタに愛香は、小会議室に入って夕食を取る。
「ユイナさん、つかぬ事なんですけど……」
その席で、由真はユイナに問いかける。
「なんでしょう?」
「アスマ軍って、精強部隊みたいなのは、いるんでしょうか?」
ユイナに尋ねるようなことでもないものの、他に聞く相手もいない。
「精強部隊……ですか? 紅虎様とか、魔王四天王とかと戦えるような戦力は、ありませんよ?」
首をかしげてユイナは応える。もとより、由真もそれはわかっている。
「それは、そうだと思いますけど、……あの詔書が出たせいで、敵が追い詰められて、主力部隊を僕たちに直接ぶつけてくるんじゃないか、って、それがちょっと心配になって……」
最大の仮想敵「アスマ軍」。
由真の想定の斜め上を行く手段で、徹底的に立ちはだかってきた彼らが、ここですんなり引き下がるとは到底思えなかった。
「ユマさんは、第13中隊は見てますよね? あれが、王国軍の普通の部隊です。アスマ軍は、ここ何年かで急速に数を増やしましたけど、その分は、カンシアの住人を根こそぎ動員して仕立て上げた急ごしらえの部隊なので、むしろ弱いらしいですね」
確かに、10年足らずのうちに8個師団も増員したもの――それも社会経済が脆弱なカンシアから住人を動員して編成したものが、強かろうはずもない。
「ただ、アスマ軍には、征東騎士団というのが常駐していて、この騎士団は、王国でも最強クラスと言われてますね」
ユイナの言う「せいとう」騎士団が「征東」という意味だということは、由真は直感でわかった。
「征東騎士団? それって、白馬騎士団とかみたいな……」
由真がこれまで聞いてきた「騎士団」は、いずれも「勲章」と一体の栄爵騎士団だった。
「あ、いえ、ああいう栄爵騎士団とは別の、武門騎士団と言われるもので、剣術とか格闘術とかを内部で継承している、武芸集団です。まあ、セントラ宮中席次だと、B級の中で優遇されるので、栄爵の側面もありますけど……」
「それって、『騎士団秘伝の剣術』とか、そういうのがあったりするの?」
そこに晴美が問いかける。
「そう言われてますね。征東騎士団も、それなりの剣術を受け継いでいるらしいですし」
ユイナは間接話法で答える。
「その征東騎士団は、今どこに駐留してるんでしょうね?」
「征東騎士団は、アスマ軍憲兵司令部直属で、普段はアトリアにいますね」
その答えが――由真はすんなり腹落ちした。
「え? その精鋭部隊、憲兵なの?」
そこに晴美が問いかける。衛も和葉も、眉をひそめていた。
「王国軍の『精鋭部隊』って、昔から憲兵にいるのよ。他の部隊を取り締まって、士気が低いとこは力尽くで戦わせる。それが、ノーディアの憲兵の仕事。だから、参謀の次に人が集まるのが憲兵、って訳」
ウィンタが、そう言って吐き捨てるようにため息をつく。
「男爵クラスは、師団司令部と憲兵司令部の参謀を勤めて、師団参謀長か師団憲兵司令官を通って、師団長になる、というのが出世の道筋になってますね。騎士爵の子弟だと、憲兵隊長を目指していく、という感じで……住人から動員された兵卒が憲兵になることは、絶対にありません」
ユイナも、やはり深いため息をつく。
「それ……軍として致命的にダメですよね」
由真は、そう口にせずにはいられなかった。
人材――と呼べるほどの水準でもないとしても、人的資源が「内向き」の憲兵に集中し、本来の「外向きの戦い」に臨む実戦部隊は装備も訓練も不足した「住人から動員された兵卒」で構成されている。
そんな組織が、「外向きの戦い」で力量を発揮することなどできるはずもないだろう。
「それで、よく戦争に勝てたものよね」
晴美も、あきれかえったという趣をあらわに言う。
「あの、前回の魔王討伐から、アスマ征服、メカニア・ソアリカ戦争のときは、マリシア元帥とボルディア元帥、先代の『勇者様』と『賢者様』が中心になって、冒険者も相応の階級で動員されているんです」
「魔法師団も、戦闘向きの人間が中心になって、志願制の『魔法部隊』を作って、軍に加わってたのよ。もちろん、A級は将軍、B級も士官っていう扱いでね。
今は、非戦闘系も含めて、全員『士官』って扱いだから……かえって練度は落ちてるわね」
ユイナとウィンタが「現地人」として「現地情勢」を答える。
要するに、肝心な「戦争」のときは、部外の人材を借りているということだった。
「やっぱり、王国軍は、『内側の敵』と戦うことには長けている、そういう組織なんですよね。そうなると……」
そう言って、由真はいったん息をついた。
ちょっと短いですが、この先は次回に続きます。




