277. 出発準備 (5) 詔書渙発
表題のとおりです。
「ナスティアのラミリオ副市長から、詔書の伝達があったとのことです」
マリナビア内政部長のその言葉に、タツノ副知事、ウルテクノ警察部長、そしてクロド支部長とメリキナ女史が一斉に目を見開いた。
「詔書……ですか」
「はい。すぐ持参するように指示いたしました」
タツノ副知事の言葉に、マリナビア部長はそう応える。
程なく、知事室の扉がノックされ、通信室の係員が紙を捧げ持って入室してきた。
「失礼いたします! 詔書伝達文を、お持ちいたしました!」
そう言うと、係員は捧げ持った紙を由真に差し出す。
「お疲れ様です」
そう答えて紙を受け取ると、由真はそれを机の上に載せる。
大至急
晩夏の月10日17:56受信
コーシア伯爵ユマ閣下
陛下より 別添の詔書を 閣下に至急伝達するよう仰せつけられましたので、謹んで送信いたします。
大陸暦120年晩夏の月10日
ナスティア市副市長 サリモ・ラミリオ
(別添)
アスマ公爵ノーディア王子エルヴィノ殿へ
卿が本日の上奏は聴きたり。コーシア伯セレニア神祇官及其盟友連が勲功を予は深く嘉賞す。
紅虎様が 魔族の策謀に因りて荒ぶ時に入りたるは艱難の極にして此勲功高き冒険者神祇官をして事態に対処せしむるは喫緊の課題ならむ。
如此情勢に於てアスマ軍総司令官北シナニア県知事等コーシア伯が活動を妨げむとする輩の在るは夫れ遺憾の極なり。
仍て予は茲に宣す。
北シナニア県に於ける魔族魔物の討伐が為コーシア伯を予が名代と為し伯に刃向かひ其の活動を妨げむとする者は仮令王国軍官衙部隊と雖も之を予に叛く者と看做す。
伯及其盟友連に対し如此叛徒を手段不問にて討伐する儀を允す。アスマ州庁諸官衙に於ても如此叛徒は容赦せず掣肘すべし。
イドニの砦に拠る魔族魔物の輩を討伐し以てアスマの民心の安寧を堅持すべく州内一致団結せむ事を庶幾す。
卿夫れ予に代り克く之を統べよ。
御名親署
大陸暦120年晩夏の月10日
神祇長官 ナイルノ神祇官タルモ
宮内大臣 ワスガルト子爵モルト
「これは……ここまで踏み込んだ内容を、しかも詔書として渙発されるとは……」
タツノ副知事が、呆然とした面持ちで言う。
「これ……『仮令王国軍官衙部隊と雖も之を予に叛く者と看做す』ということは、アスマ軍総司令部も……」
内容の核心と思われる箇所について由真は問う。
「それだけではありません。官衙という場合、参謀本部と軍務省も含まれます。つまりこの詔書は、三長官全員を牽制するものといえます」
タツノ副知事がそれに答える。
王国軍三長官――参謀総長、軍務大臣、アスマ軍総司令官。
その全員に対して、「由真たちの討伐活動を妨げるなら国王に逆らうものとみなす」と宣言しているということだった。
「『如此叛徒を手段不問にて討伐する儀を允す』とあるのは……」
「端的に申し上げれば、『上意討ち』を認める、というものです。王国軍の憲兵隊が攻撃してきた場合、閣下がたがこれを返り討ちにして……殺してもかまわない、という意味になります」
タツノ副知事のその言葉に、今度は晴美たちの顔が硬直する。
晴美たちも、「冒険者」となり、セプタカのダンジョンやガルディアなどで、何体もの「魔族」「魔物」は殺してきた。
しかし、今ここでいう「討伐」とは、敵対しているとはいえ、「人」を「殺す」という意味になる。
外見が人類とは異なり、また敵意をもって激しい攻撃を仕掛けてきた相手を返り討ちにするのと、多少武装していても「同じ人間」である相手を斃すのとは、全く勝手が違う。
「……これは、勅書ではなく詔書、なのですね?」
由真は、あえて話題をそらす。「人を殺す」云々の懊悩より先に、まず片付けなければならない「課題」がある。
「はい。神祇長官台下と宮内大臣が副署しておりますので、こちらは略式ながらも詔書となります」
その問いに、タツノ副知事が答える。
「そうなると、アルヴィノ王子の『上意』云々で、これに対抗することはできない、ということですよね?」
「もとより、詔書は臣下の責任をもって陛下の勅許を賜り渙発されるものです。アルヴィノ殿下が『令旨』を発せられたとしても、この詔書を覆すことはできません」
由真の期待通りの答えだった。
「それなら……もう、軍用列車運行命令におびえる心配は、ありませんよね」
今この時点の最優先課題、それは由真たちの移動を妨げる「軍用列車運行命令」の可能性だった。
「はい。軍務大臣が軍用列車運行命令を発出し、それによって閣下のナギナ入りが1日遅れれば、それだけで、この詔書によって軍務大臣は『叛徒』と認定されます」
タツノ副知事は、引き締まった微笑とともにそう答えた。
「こちらは、尚書府から陸運総監府を経て、TA旅客にも程なく伝達されます。リフティオ社長も、これを見れば、もはやアスマ軍に遠慮する必要はない、と、そう判断することでしょう」
今度こそ、由真たちのナギナ入りの道筋はついた。「詔書」という最強の手段によって。
午後6時20分に、TA旅客のリフティオ社長から通信が入った。
『明日の『白馬5号』の12号車を空けた上で、それ以外は軍用列車とする、ということで、先方に最終の回答をいたしました。当社が詔書に叛くことになる、と告げましたところ、イスカラ総参謀長も反論できなくなりました』
リフティオ社長は、通信でそう報告した。やはり、強硬な態度を示した相手はイスカラ総参謀長だったらしい。
『それと、宿の方ですが、市内の宿屋全体に対して、ユマ様がたを宿泊させるな、という指示が下りているそうです。仕方ありませんので、ナギナ中央駅の宿舎を用意いたしました。ナギナ市内でも最高水準の施設ですので、ご不便もないかと思われます』
面倒な交渉の合間で、宿の方の話も進めてくれていた。
「何から何まで、ありがとうございます。おかげさまで、とても助かりました」
『いえいえ、この程度のことでしたら、いくらでも協力させていただきます』
由真の言葉に、相手はそう応えてくれた。
「明日11時42分に出る『白馬5号』の12号車、洗面所つきの三等車だけど、これを空けてもらって、僕らが乗れるようにしてもらった。それと、ナギナ市内の宿屋全体に、僕らを泊めるな、って通知が出てるらしくて、ナギナ中央駅の宿舎に泊めてもらうことになった」
由真は、明日同行する晴美たちにそのことを報告する。
「ナギナ中央駅の宿舎は、3年前にできたばかりで、きれいで快適ですよ」
ユイナがそう応える。
「これで、ようやく前進した、ってことかしら?」
そう口にした晴美の表情には、詔書を受けた直後の「人を殺す」云々の懊悩の色は見えなかった。
「そうしましたら、今日はもう遅いですから、皆さんは知事公邸にお移りいただいて、明日に備えてゆっくりお休みください」
「発券手続などは、私のほうでコーシニア中央駅と適宜調整いたします」
タツノ副知事とメリキナ女史にそう言われて、由真たちは知事公邸に移ることにした。
国王の強い一手で、やっと道が開けました。




