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276. 出発準備 (4) 軍用列車を巡って

案の定、軍用列車運行の要求が来て、交渉の局面に入ります。

 アスマ軍が明日の下り「白馬」全6便を軍用列車に振り替えるよう要求してきた。

 そのことを前提に、明日ナギナに入る人員は最小限に絞り込むように、という趣旨が冒険者局から通知される。

 結果、現地入りするのは、現在ガルディアで現場検証に当たっている内務省国土局河川部の官吏と民政省冒険者局魔族魔物対策部の官吏のみとなった。

 ガルディアにほど近いコモディアから乗車するのが最適ということで、コモディアを現地13時27分に発車する「白馬5号」を使う。

 コーシニア中央駅を発車するのは11時42分、ナギナ中央駅に到着するのは現地17時42分となる。

 最悪、明日の夜に魔物たちが大挙して襲撃してきたとしても、夕方6時前に到着していれば、直接迎撃に向かうこともできる。


 そこまでの方針を整理して、午後5時15分に愛香がTA旅客のリフティオ社長に通信で連絡する。


『承知しました。『白馬5号』の三等車1両は留保する前提、ということで、先方に返答いたします』

 リフティオ社長はそう応えた。ここから、アスマ軍との交渉になる。由真たちは、その結果を待つしかない。


 30分ほど経って、リフティオ社長から通信が入った。


『敵は、ことのほか強硬です』

 リフティオ社長はそう切り出す。

『三等車1両を空けるなどもってのほか、軍用列車に民間人が乗るなどまかりならぬ、の一点張りでして……州庁の文官がたの移動もあると返したところ、『州庁の小役人を軍用列車に乗せるとは、王国軍を侮辱するつもりか』と来て、果ては『これ以上王国軍に逆らうなら、上意をもって反乱勢力と認めるぞ』と恫喝してきました』

 そう言葉を続けたリフティオ社長が深いため息をついたのが、通信越しにもわかる。

 伝え聞くその口ぶりは、おそらくイスカラ総参謀長だろう。


「そうなりますと、このまま御社が了解しなければ軍用列車が運行できない、ということですから、敵は、軍用列車運行命令に踏み切るおそれもありますか」

 タツノ副知事が言葉を返す。

『はい。当社としましても、それをおそれております。運行命令になりますと、適正対価とは名ばかりの二束三文の運賃・料金にされてしまいますので……』

 苦々しい、という趣をあらわにリフティオ社長は応える。


「それは……御社にそのような負担を強いる、ということは……」

『あ、いえ、そこは……交渉が決裂して、あちらがいきなり運行命令を振りかざしたら、そのときは、致し方ないと覚悟しております。殿下の上奏にも、アスマ軍の軍用列車の件は明記されていることですから、当社としましても、明日の損失は、いやしくもアスマの企業として、負う所存でございます』

 リフティオ社長は、ことのほか強い声で言い切る。


 タツノ副知事は、ちらりと時計に目をやる。時刻はもうすぐ5時50分だった。


「セントラも、もう午後ですから、アルヴィノ殿下と軍務省も、すぐに反応できるでしょう。交渉が揉めるようであれば、今日のところはアスマ軍に譲ることも、やむを得ないところでしょう。その点を含め、夜に改めて奏上した上で、明日以降の進展を待つよりありません」


 コーシアでも適用されるアトリア時間とナスティアでも適用されるセントラ時間は、時差が5時間ある。

 現在、王都セントラは午後0時50分。「午後一」で反応が来る可能性も十分ありうる。


『……タツノ長官……』

「勅旨のお示しでもない限り、王国軍に対抗はできません。御社も、くれぐれも無理はなさらないよう、お気をつけください」

 タツノ副知事のその言葉に、相手は、かしこまりました、と答えた。



「敵は、三等車1両たりとも渡さない、と強硬な態度を示しているそうです。このままでは、軍用列車運行命令が下るおそれがありますので、リフティオ社長には、無理に抵抗することは避けるよう示唆しました」

 通信を聞いていなかった面々に、タツノ副知事がそう告げる。


「副知事、その、『運行命令』というのは……」

 由真は、その副知事に尋ねる。

 先ほどの会話の途中から出てきたその言葉は、明らかに重大なものだった。


「軍用列車運行命令は、117年鉄道法で導入されたものです」

 険しい表情で、タツノ副知事は口を切る。

「117年」と言われただけで、アルヴィノ王子が主導する軍に都合のいい制度なのだろう、ということは容易に想像がついてしまう。


「それまでは、軍用列車に関しては、軍務大臣は鉄道大臣に運行を要求することしかできませんでした。しかし、117年鉄道法により、軍務大臣は列車運行事業者に対して軍用列車の運行を命ずることができるようになりました。

 運行を命ずる際には、適正な対価を支払う、と、法律上はそう規定されておりますが、実際には軍務省の『言い値』となり、二束三文程度の額しか支払われない、という状態になっています。

 もとより、この命令のとおりに軍用列車を運行しない場合、列車運行事業者には、3年以上の犯罪奴隷、それと50万デニ以上の罰金が科されるとされています」


 ――あきれてものもいえないほどに「軍に都合のいい制度」だった。


「この命令には、勅許は必要ありません。ですので、アルヴィノ殿下の独断で命令を下すことも可能です。アスマ軍から事の次第が報告されたら、アルヴィノ殿下は、すぐさま運行命令を出させるかもしれません」


 確かに、あの王子なら、事業者や地域社会に重大な悪影響を及ぼす措置でも「すぐさま断行する」危険性は極めて高い。


「そうすると、全体が一日遅れる、ということに……」

 ユイナが、眉をひそめて問いかける。

「やむを得ません。三等車1両さえも譲らない、と、敵がそのような態度である以上……無理はできません」

 応えるタツノ副知事も、苦々しいという趣をあらわにしていた。


 そして由真も、内心にわいてくる暗い憤りをこらえがたくなる。


(あの王子と王国軍は、とにかく好き勝手ができる。僕らは、正面からは対抗できない。それに、マクロを持った平田君も『あっち側』だから、それだけでも、ゲントさんだって戦うのは厳しいだろうし……

 そうなると、やっぱり、あの王子と取り巻きの貴族連中……殺す覚悟で、戦わないといけない、ってことに……)


 暗い憤りは、由真の内心で黒い誘惑へと転じていく。


(僕を殺そうとした、アルヴィノ王子とドルカオ司教、その尖兵の、平田君、毛利君、それに……)


 浮かびかけた少女の笑顔。幼なじみのその表情の記憶が――


 そこに内線の呼び出し音が鳴って、由真は我に返った。


「はい、知事室です」

 マリナビア内政部長が受話器を取り――その表情がたちまちに硬直した。

「……それは、すぐにお持ちしてください」

 そう言って通信を切ると、マリナビア部長は上体を由真たちに向ける。


「ナスティアのラミリオ副市長から、詔書の伝達があったとのことです」

主人公「闇堕ち」直前で、新たな知らせが入りました。

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